放課後の教室は、少し肌寒かった。
周りの生徒たちはそれぞれの帰り支度をしていて、僕も鞄に教科書を詰めていた。
ふと隣を見ると、勇志は窓の外をぼんやりと見つめていた。
「……桜、綺麗だね」
そう呟いた勇志の声は、風の音に溶けてしまいそうなくらい小さくて、
けれど、どこか届いてほしいと思ってるように聞こえた。
「……そうだな」
僕はそれだけ返したけど、どうしてかもう少し話していたかった。
「ここ、いい学校だね。みんな明るいし」
「まあ、うるさいだけだけどな」
勇志が少しだけ笑った。その笑顔は、なんというか
――
痛みを知ってる笑い方だった。
きっと彼も、何かを抱えているんだって、直感した。
その日の帰り道、偶然にも僕たちは同じ方向だった。
歩幅も、歩く速さも、なんとなく合っていて不思議だった。
「前田くんって、さ……」
「“陸”でいいよ」
「あ、うん……陸って、静かだね」
「そういう勇志こそ、初日からぼんやりしすぎじゃないか」
「そう? ……そっか、僕、浮いてるのかな」
「浮いてはないけど、なんか……消えそうだな、って思った」
僕がそう言うと、勇志は一瞬だけ足を止めた。
目だけが、まっすぐ僕を見ていた。
「それ、……意外と当たってるかも」
小さな笑いと共に返されたその言葉に、理由はわからないけど、胸がぎゅっとなった。
帰り道の途中で分かれたあと、僕は空を見上げた。
もうすぐ日が沈む。
春なのに、少し肌寒い。
「……おかえり、って言ってみたかったな」
なぜかそんな言葉が、喉の奥でこぼれそうになった。
初めて会ったはずの君に、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
春風が、そっと吹いた。
勇志の背中が、遠くに揺れていた。
——












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!