『ここ、どこ....?』
参ったな、ずいぶん深い森の中へ迷い込んでしまったようだ。そうユウシは考えた。軽やかな気持ちで買ったはずの懐中時計が、いつの間にか鉛のように重くなっている。
『........うそ、でしょ?なんでこんなに重、っ....!!』
それは、手のひらをすり潰しそうなほど重く、ユウシの手の中で暴れ始めた。
まるで初めから仕組まれていた出来事のように、森の斜面を懐中時計に引っ張られる形で滑り落ちる。
痛くて、苦しい。手のひらに感じる熱さに、ユウシは耐えきれず目を瞑った。
目を開けたそこは、立派な洋館が建っていた。どこか雰囲気が風変わりだけれど、禍々しい色の花が美しく庭園に咲き誇っている。
『....ホテル、か?こんなところあったっけ。いや、とにかくここをでないと』
ユウシは、兎角腹が減っていた。踵を返して、また森の中へ戻ろうとする。けれど、足がそれ以上進むことはなかった。いや、正確には違う。
いくら進んでも、またこの洋館が見えてきてしまうのだ。慌てて手のひらをみると、そこに傷はもうなかった。
『....確かに、さっき転んだはず』
ユウシは一人、呟いた。あの耐え難い痛みと土の匂いは、確かに数秒前に感じたはずだった。
思考がどんどん目の前のホテルと靄に囚われているような気さえしてきて、思わずギュッと強く目をつぶる。
でも、次に目を開けても相変わらずホテルが見えるだけ。
仕方ない、このホテルに入るしかないみたいだ。
豪奢な観音開きの扉に、力を込めて中へ足を踏み入れる。
存外きらびやかな音が鳴り響いて、一瞬動きを止めた。だって、中に人がいないとは限らないから。
でも、そんなユウシの思いもむなしくどこかの映画で見たようなエレベーターの中から出てきたのは、少女だった。
「あ!ユウシ館長、もうお帰りだったんですね。お買い物、楽しかったですか?」
あどけない笑顔で笑った少女の胸元には、先ほど見たばかりのホテルの紋章と" YE-ON "の文字。さしずめ、何かの見習いだろうか。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。ユウシは頭を振る。目の前の少女は、不思議そうに目を細めただけだった。
『ねえ、.....俺が館長って、どういう事?』
きっとこの少女からしたら、自分を館長と呼ぶのが当たり前なんだろう。でも、信じられなかった。だって俺は、つい数分前までただの大学生だったはず。
「.........ぇ?あ、ああ!館長ってば、もうびっくりさせないでくださいよ。お腹すいたんでしょう?リズ料理長が既にディナーの準備をしてますから、どうぞこちらに」
少女は数度瞬いたあと、赤く色づいた頬を持ち上げて笑った。どうやらこちらの世界でも自分は食いしん坊だった様だ。
先ほど彼女が出てきたエレベーターに載せられようと言う瞬間、少女よりも少し大きな女性が、中で待っていた。
「あ、ユウシ館長。おかえりなさいませ........、ちょっと、イェオン」
中で待っていた女性は、髪の毛を不思議な位置で結び、深い青のワンピースに身を包んでいた。どこか冷酷ささえ感じる銀のプレートには、やはりホテルの紋章と " REI "の文字。
それを見たせいか、エレベーターガールと言う職業が、漠然と頭に浮かんできはじめた。
「レイお姉さん?なんでしょう、.....えっ、?は、はい。わかりました...」
イェオンと呼ばれた少女は、身を縮めて女性の話を聞いた。
その女性、レイが何を口にしたか分からないが、イェオンが話を聴き終えた瞬間、信じられないものを見るような目で見上げてきたのを、ユウシとて理解できぬ筈もなかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。