第6話

オリ「絶対零度。(2)」
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2025/07/28 15:06 更新
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どこまでも、白かった。
広大で、神秘的。
不思議と恐怖心は無かった。
「君たちは神になる。」
長い白と黒が別れた髪と赤い瞳が特徴的な小さな少女は言った。
「想像するだけで自分をも、世界をも変えることができる。」
…どうして?……貴方は誰?
そんな言葉は彼女に届かなかった。彼女は去っていく。後ろ姿は小さくも、とてつもない威厳を放っていた。



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気がつくと爽やかな草原に横たわっていた。目の前には綺麗な澄んだ空がある。横には兄が同じように転がっていた。兄の横に寄り添い抱きつく。一言も発さず、ただお互い空を見ていた。
突然、冷たい風が吹く。俺たちは手を取り合い、近くの洞窟で雨宿りをする。二人くっついて暖をとっても、雨に濡れた服のせいでなかなか暖かくならない。
監禁事件から治らない右手の親指の爪を噛みむしる癖を兄から注意される。目を瞑ってため息をついた。
――目の前にはマグカップに入った暖かいココアがある。
「マシュマロが入っていたらもっと良かったのに。」
――カラフルなマシュマロがマグカップに向かって降り注ぐ。
兄は不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。
「だって、そこにあったかいココアあるでしょ?」
足元には湯気のたったマグカップが二つ。俺が手を伸ばすと兄は俺の手を抑え、毒味と言いながらココアを一口入れる。
「―甘い。姉ちゃんの入れたココアと、全く同じ味。」
…姉のことを思い出して少し俯く。
「……姉ちゃんは、長生きしてくれるといいなぁ。」
震えた声で兄が呟く。もうひとつのマグカップを俺に渡し、腕を回して頭を撫でる。

雨が止み、空が明るくなった頃。
「想像するだけで、全てを変えられる。」彼女の言葉を思い出していた。
「……あのココアはレイが想像した物が現実として反映された物…。」
兄は試しにおにぎりを想像する。…確かにひとつのおにぎりは彼の手に握られる。俺は目を輝かせる。兄に続いて俺は唐揚げを想像する。やはり目の前に唐揚げは現実化し、かつ、ジューシーでかなり美味しい。
兄は犬を想像し現実化しようとする。…反応は無かった。能力を得るには特定のことをしなければならないのか、はたまた俺たちのレベル的なものが足りないのか、それはよく分からなかった。
「自分をも変えられる。」俺はこの言葉を信じて、「神になった」自分の姿を見たいと願った。一瞬、フワッとした感覚に落ちる。
「………綺麗。」
兄の口からこぼれた言葉に目を開ける。同じ身長の兄が少し下に見えた。地面に静かに足を下ろす。裸足のせいで少しむず痒い。兄は鏡を持って俺の姿を見せてくれた。綺麗。自分で言うのもあれだけど、本当にその言葉が当てはまると思った。
兄も同じような姿になる。やはりその姿も綺麗だった。
ふと思う。
「俺たち…本当に死んだんだね。」
現実にはありえないこの全てに、痛感させられる。
「でも……離れなかった。それだけで、今はいいじゃない。」
兄は俺の両手を手に取る。
「俺たちは二人でひとつ。誰にも代われない、かけがえのない存在。それは双子だからじゃない。俺の中のもうひとつ……いや、俺を形作る要素のひとつとして、もうレイは必須だ。」
「…俺は、お兄ちゃんなしじゃ、生きていけない。どんな辛い世界でも、どんな幸せな世界でも。……だから、ね…。」
―――ずっと、一緒にいて。

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俺たちはこの能力…想像物を現実化する能力を「想作」と名付ける。しばらく、女体になったり、好きな物を生み出して遊んでいた。日が暮れる。俺たちは「本当の」姿で互いに抱き合って眠りにつく。
翌朝、この洞窟を深くまで探検しようと兄に誘われる。俺たちが今までいたのは、かろうじて光の入る洞窟の入り口だった。兄と手を繋ぎ、雰囲気のいいランタンを下げて洞窟の深部へと歩みを進める。
長く狭い水の溜まった通路を潜って進む。水から出て顔を上げると、虹色に輝く鍾乳洞が一面に広がる。先程泳いで来たあの澄んだ水もこの鍾乳石の一部だと思うとワクワクする。兄を誘って水を口に含む。甘く、とても清々しくて美味しい。今まで
飲んできたミネラルウォーターなど、比にならないくらいだ。
また少し歩き進めると、謎植物の群生地に着く。辺りは一層暗く、植物が光を吸収しているのではと思うほどだ。慎重に進む。
どれだけ歩いても水の中を潜っても疲れることは無い。翼のおかげで急な凹みも、かなりの高さまで続く壁も、楽に超えることができる。苦労の無い分、寂しくもあるが温室育ちの俺たちには割とちょうど良かった。
光る鉱脈が続く狭い穴を進んでいく。突然、ぶにゅっという感覚とともに足が動かなくなる。兄がこちらを振り向く。その時にはもう、俺はスライムに呑み込まれていた。全身が痺れ、意識が朦朧とする。兄がスライムの中に手を突っ込んで俺の手を握ろうとするも、兄までもスライムに呑み込まれている。兄は一か八かで剣を召喚し、スライムをぶった斬る。スライムは溶け、煙となって消滅した。兄は咳き込む俺に駆け寄って背中を叩く。
落ち着いた頃、俺たちは見た事ない鉱石や虹色の鍾乳石を少し取って、元いた洞窟の入り口まで戻る。
「ほら、妖精さん。」
そうコソコソ話す、子供達の姿があった。
兄の手を強く握る。兄は俺を抱えて洞窟の奥に身を隠す。
子供達は俺たちを捕まえんとばかりに躊躇なく歩み寄ってくる。緊張で震える俺を、強く抱き締めながら子供達の様子を伺う兄。彼もまた少し震えているように感じる。あぁ、また強がってる。今度はその事実に気づいた。
「……お兄ちゃん。…俺……お兄ちゃんばかりに…負担かけさせたくない……。何も出来ないけど…でも……自分の気持ち…我慢するくらい………頑張ってみる…。」
頑張ろうと思う反面、これから向き合わなかった全てを視線に入れる事への恐怖でさらに震え、涙を流しながら拙い言葉で兄に伝える。
「…………そうだね。レイがそう思うなら、勇気を出してみるべきだね。…でも、無理しなくていいんだよ。ダメなものはダメで、体を壊してまで克服する必要なんて無いからさ。」
兄は俺を落ち着かせるように背中をゆっくり撫でる。その手は少し、寂しそうだった。
「…でも。たまにはお兄ちゃんを頼ってよ。俺はレイと一緒にいること、レイを支えることが生き甲斐なんだから。」
兄の言葉に涙を堪えながら笑う。
「みーつけた!!」
兄の頭に網がかかる。目の前の出来事に目を見開いていると俺にも網を被せられ、首を締められる。兄に手を伸ばす。兄はピクリとも動かない。絶望しながら俺も気を失う。

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目覚めた時、すぐ傍には兄が居た。顔を覗いていた。
「逃げるよ。」
兄に手を引かれて部屋を、村を駆け抜ける。近くの森に駆け込む。村人たちが俺たちのことを探して駆け回っているのを見ていた。
「俺たち、あまり人に関わっちゃ、いけないかもしれない。」

―村長さんは言った。この村には食料はおろか、衛生的な服も無ければ、雨風をちゃんとしのげる家屋もないのだと。村長さんはガリガリで苦しそうだった。…せめて、村の人達が飢え死にしないくらいの食料を与えたい、そう思った。そして、まるで脳を覗いたかのように作物が出現する。村長さんは飛んで喜び、俺を崇め始めた。その時まではまだ良かった。しばらく経つと村長さんは俺たちを監禁し、他の村人からその存在を隠した。最低限の食料までなら良いと思っていたが、それ以上の要求、衣服や道具を欲しがった。数時間毎に現れる村長さんの風貌は少しずつ富裕層の人間へと変わっていく。何度も警告した。─貴方がここの「普通」からかけ離れるほど、人々は「異質」を追い詰めると。案の定、村長さんは村人達による暴動の標的になり、現在、逃亡したようだった。

俺たちが彼らを手伝う事は、俺たちが「神」であるが故に、人々が人らしく生きる権利を踏みにじることになるのだと、気づいた。
「じゃあ、俺たち…生かされてる意味って………」
心底疑問だった。ナナシに与えられたこの力は、なんのためだったのか。………もし、これが、他者による神になる試練のようなものなら、俺たちは、とんでもない事をしてしまったのではないだろうか。
俺たちはそっとその場を離れ、人間の姿で森の中を歩いた。ずっと黙っていた。俺も、兄も。

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