エーミールは軽く頭を下げ、トントンの目の前に置かれた柔らかい椅子に腰を降ろす。
ヴィンテージのそれは体重を預けると少し苦しそうに呻いたが、背もたれに体を預けるとえも言われぬ安心感がある。
目の前の男を見つめた。
男というか本体はキノコなのだが、トントンの意識としての存在はキノコの寄生先だ。
横に太い体に無精髭を蓄え、頭のキノコを守るようにニット帽を被っていた。とても国のお偉いには見えない見た目だが、それでも彼はここのトップである。
トントン。
組織の中で最も冷徹な男であり、同時に慈悲に溢れる男。
多くのものが例の魔法使いに対して危機感を失っている今、出会った直後と同じように魔法使いを警戒しているのはトントンしかいないだろう。他のものは皆魔法使い、もしくは魔法使いから渡される貢物の魅力を堕ちた。残念ながらそれは事実であり、トントンの次に警戒心の高いゾムでもも半ば陥落しそうになっている。というか恐らく堕ちている。
むしろ鬱の人柄を真正面から雨のように浴びた後も彼を信用しないというのはなかなか難しい話だろう。
だが、トントンはその程度では屈しない。
どれだけ相手が敬意を示して弱点を晒してこようとも、完全に受け入れることなど無い。
普段は影に身を潜めて相手を伺い、向こうが失態を晒した瞬間に襲いかかり噛み千切るようなハイエナのような男だ。当然と言えば当然の事だ。
例えどれだけ血縁関係が深かろうと、交友年数が多かろうと、裏切りは冷徹に斬り殺す。だがもし無害だと彼に判断されれば、一生彼の鉄の傘に守られる権利を獲得する。そのために皆はトントンに媚び、頭を下げ、壊したくもないプライドをへし折るのだ。それでもトントンの信頼を得られるのは極一部のものだけだが。
エーミールが腰を降ろしたことでふわりと煙草が香ったのか、トントンは鼻を摘んで顔をしかめる。そうしてわざとらしく目の前で手をひらひらさせた。
エーミールは世間体でいう『器がでかいおじさん』のような大らかな性格の男らしい見た目ではあるものの、実体は車の窓を閉じたまま相手の許可なく煙草をスパーするこれもまたやばい男だ。
トントンもトントンでかなりおかしい男ではあるが個々の組織のものは全員それに勝るとも劣らずの狂気を孕んでいる。
この地位まで登り詰めるのには人生の上で大切なものを捨てる力も重要だ。
だがトントンの仲間やトントンは人類として生きるにおいて捨ててはならないものばかりを捨ててしまったため、普通のお偉いよりもイカれたものが集団になっているとんでもない集団と思われていることも事実だ。
それにより相手を怯えさせたり利点もあるのだが、変な噂を立てられるのは気に食わない。
だが否定することはできない、と目の前の男を見ていると思うのだ。こんな変な男が一人ではなく何人もゴロゴロしているのだ。恐ろしい組織だと怖がらせてしまうのは当然だろう。
ケラケラと明るくそして重量のある笑いが部屋を包む。エーミールも釣られてしまい、微笑みをこぼす。しかし我慢できずに声を出してわりってしまった。
数秒もすれば二人とも落ち着き、仕事スイッチを入れる。
トントンの瞳にはまたも冷淡で無慈悲な炎が燃え上がった。そして机の上に重ねられたエーミールの資料に手を伸ばす。
どのような指摘をされるか考えると胃の奥が重くなるが、いい方向に想像することによって気を紛らわせた。
二人の脳裏に浮かんだのはゾムが嬉々として鬱の元に出向く姿だ。皆気が緩んでいるが、彼は他のメンバーよりもあからさまに重度だ。
これは少し前にショッピなどとも話したのだが、やはり彼の気の緩みは業務をこなす上で支障となっていくだろう。
それを防止するためにも彼には一度焼きを入れなければ。
トントンは引き出しにある大量のチョコレートバーを無造作に掴み。パッケージを乱暴に開けて頭上のキノコの口へと突っ込んだ。体長の二倍はあるであろうそれをキノコは蛇のように口に含み咀嚼していく。
そして飲み込めばもう一本、また一本と合計で五本のチョコレートバーを食べきった。先程まで疲れてくたびれた表情だったトントンも心なしか目が輝いていて、肌もつるっとしている。太る理由がここにあるだろう。明日のニキビが楽しみだ。
エーミールはトントンからのお叱りを受けなかったことにホッとし、怒られないようにそそくさと部屋を後にした。
それを見届けたトントンは無意識にもう一本のチョコレートバーを本体に押し込み、気づいた時には既に無くなっていた。
何も考えずに食べるなんて損をしたなと思いつつも机に置かれたゴミを捨てて椅子に沈み込んだ。疲労を誤魔化し、大気中に吐き出す。
ゾムには文句を言われるだろうな、と思いつつもインカムを手に取る。しばらく手の平の中で転がしていたが、観念したのだろう。渋々と言った様子で電源を入れた。繋ぐ先はもちろん一人しかいない。
プツッ、と音を立ててインカムが切れる。淡白な会話だが確執があるわけではないのだ。とはいえ頭の中で思い出すとあまりにも口調が荒いので心配になる。
まあ今まで喧嘩になったことも無いし、もし喧嘩になってもお互い様だ。漠然とした不安はその言葉で消えた。
一息をつく前に扉が叩かれる。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。