味のしない夕食を無理矢理押し込み、急ぎ足で食堂から出る。少食のショッピは既に食堂から姿を消していて、それを追うように彼の部屋に向かった。
幹部棟、二階の角部屋が彼の部屋だ。始めは他の皆と同じように何の変哲もない部屋を与えられていたが、デスクワークがほとんどの彼が良い部屋を要求して拒否する人物はいなかった。日当たりのいい南向きの角部屋。マンションなら家賃高騰待ったなしの好条件だろう。
普段は鍵がかかり心理的には鋼鉄よりも硬い扉がそこにあるが、今日は少しだけ扉が開いていた。どうやらゾムを持っているようだ。
こんな時にどう対応したらいいのかは大人になった今もよく分からない。とりあえず形だけのノックをして、室内を軽く覗き込む。
彼はいつものようにパソコンと向き合っていた。どうやらゲームをしていたようだ。ゾムがあまり興味のないジャンルの映像が画面の向こうでショッピを呼んでいた。
ショッピはこちらに気付くとヘッドフォンを外し、椅子ごと体をこちらに向ける。
今まで踏み入れたことのない空間に足を踏み出す。足元の書類を避けつつ差し出されたクッションに座り、辺りを見回した。『ショッピの部屋』というよりかは『ただの部屋』だ。
綺麗に整頓されていて、隙の一つも見られない。そこがとても彼らしい。ベッドにはいくつかのぬいぐるみが置かれており、それだけがショッピの自我を表していた。
これだけ見ればロボットのような男だが、実は仲間の中で最も個性的な男でもある。
そんな物思いに耽っていれば目の前に温かい茶を出される。
それと同時に頭の中で鬱の紅茶が重なった。
レモンの浮かぶ優しい味わい。少し考えるだけでも心が安らいでいく。
とはいえ重症だ。突拍子もない所で鬱が顔を出してくる。
自分自身への呆れをため息として吐き出し、マグカップを引っ掴んだ。
チラッとショッピの表情を伺うが、彼の口角は一ミリも上がっていない。鉄のような氷のような男だ。彼と話すのは嫌いではないが言い表せない緊張感がある。
話せば楽なのだが、話そうと決意するまでの時間がかかるのだ。現代社会で言われているやる気がどうのとか言う話と似たようなものだろう。
だが、微かに自然が香るお茶を啜れば精神も安定する。
目の前の男と話すことも可能に思えるのだ。ある意味トントンより緊張させられる人物だろう。
大きく息を吐いて、カップを机に優しく置いた。
心臓のあたりが見えない手に握られている。
心苦しいと言うのだろうか。表現するのが難しいが、そんな感覚から逃げたくて茶を煽る。マグカップの隅に残ったお茶が、こちらを見て笑っていた。
聞きたくない。子供のように耳を塞いで駄々でも捏ねようか。とはいえそんな事をするには羞恥心も育ちすぎた。
残されている道といえば大人しく話を聞いてダメージを喰らうことだろう。
その歯切れの悪さがゾムの首を絞める。
殺すなら一思いに殺してくれ。真綿で首を絞められるような事は望んでいない。
誤解を与えたと思ったのだろうか。ショッピは慌てた様子で否定してくる。
ショッピは神妙な表情でゾムの手元を見つめる。
何か不都合な事を言ってしまったのだろうか。
勝手に不安を感じていれば彼はまた口を開いてくれた。
困ったことになった。
早めに決着を付けたほうがいい問題だと言うのはゾムも同意せざるを得ない。時間が経てばややこしくなるだけだし、何よりこれからも他のことに対して対処していく中で大きな問題を残すわけにはいかない。業務に支障が出るし何より周りからの心象も悪くなる。
だが本当の困りポイントはここではない。今日一日で鬱に対する印象が仲間内でも二分されていることが分かってしまったのだ。そして、ゾムには両方の言い分が理解できる。
トントンが鬱を警戒して慎重に事を進めようとするのは長い間リーダーとして活動してきた経験からだろう。
ショッピが今こうやって短期での解決を望んでいるのは若手ゆえのパッションかもしれない。
立場的に板挟みになっているゾムとしては二人の意見を等しく尊重していきたいが、あまりにも無理がある話だ。
一人は距離を置けといい、もう一人はもっと顔を合わせろと言ってくる。
ゾムは妥協点を探すプロだが、ここまで衝突している意見内で双方が納得できる条件を探すのは難しい。何より自己主張が強い二人だ。お互い譲らないだろうし、ショッピに至っては何年も恨まれる気がする。
二人の意見が天秤に乗せられた。
均衡を保つその二つの意見のうちどちらかを尊重しなければならない。安全を目指して遠回りするか、実績を目指してそのままの道を進むか。
大切なのは結果だけをシミュレーションすることではない。
その過程も大切だ。もしもゾムなら、ゾムならどちらを選ぶだろうか。
不思議にも心に根を張った鬱のイメージを抱えながらも顔を合わせず悶々とした日々を過ごすか、鬱と会話を重ねて計画を進めていくか。
ゾムとしては答えなんて決まっているようにも思えたが、自分ごときが意思を介入させていいのかという気分にもなる。





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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。