第9話

Ⅷ .あなたのこと
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2024/04/17 14:20 更新
積もらなかった雪を残念に思いながらも
僕達は窓の外から視線を外し
ソファに並んで何気なく話していた。

お互いのことをまだ浅くしか知らない僕達。
僕は彼のことをよく知りたかった。

不審がらなくなったといっても
まだ謎な生物(?)であることに変わりは無い。

僕達は出会って4日目にして
今更自己紹介をすることにした。


「名前はソンハンビン。年齢は16で高校1年生。
趣味はダンスで部活もダンス部です。」

「おお〜ㅎㅎ、ソンハンビンって言うんだ」

「ヤ〜それは知ってるでしょ、ㅋㅋ」


わざとらしくふざけるハオヒョンを肘で小突くと、ヒョンは頬骨を上げて楽しそうに笑った。


「ミアネㅋㅋㅋㅋ
ダンスするんだ?」


ヒョンが興味ありげに身を乗り出して言った。
僕はすこしドキッとした。
ダンスのことを人に話すのは少し気恥しい。

僕はソファの背もたれに体重を預けながら
指を組んで、無意識にいじった。


「ダンスは中学の頃からKPOPアイドルにハマって、僕も真似するようになって···それからはずっとダンスしてます。」


緊張で胸をどきどきさせながらそう言う。
こんな話をしたのは、もしかしたら今が初めてかもしれない。

僕は横目でハオヒョンをちらりと見やった。


「ふふ、大好きなんだね。ダンスが」


ヒョンはそう頬杖をついて
目を細めて柔らかく笑った。

僕は次は別のドキドキに襲われて顔を赤くした。

そんな笑い方もするんだ···

不意に訪れたイケメンスマイルに心を乱されながらも、すぐに立ち直る。

ハオヒョンははにかむ僕を微笑ましい目で見つめて、もう一度口を開いた。


「ねえ、今ここでやってみてよ。見たいから」

「え·····?今ですか?」

「うん。ハンビニが得意なやつ」


なんでこの人はこんなに楽しそうなんだろう。
ダンスを踊ること自体は別に嫌では無い。
けど、ハオヒョンに見せるのはまた違うじゃん

僕はおずおずとソファから腰を上げ
少し離れてハオヒョンの前に立った。


「僕の得意なジャンルはワックっていうやつで···」


説明しながら軽く踊りながら見せる。
フリースタイルで感覚のままに踊った。


「あんまりメジャーではないんですけど、それが良さだと思ってます。似たのにタッティングっていうのもあって」


次は手首や肘などの関節を使って
タッティングを見せた。
僕の踊りを見たハオヒョンが目を輝かせる。


「うわぁー!!!わぁ!!
すごい!!腕が蛇みたい!」


キラキラと目を輝かせて僕のダンスを見つめるハオさんはとても楽しそうだった。
ああそういえば、中学の時部活でダンスを地域の人に披露する機会があったときに似たような視線を沢山浴びたっけ。それが嬉しくて、ダンサーになりたいと思ったこともあった。
そんな若い夢、現実的ではないことなど少し大人になってから知ったのだけれど。


「ねぇ僕にも教えてよ、それ」


ヒョンが腕をぐにゃぐにゃと動かして言う。
僕が少しコツを教えると、ヒョンは飲み込みが早く難しいタッティングも難なく成功させてみせた。


「わぁお、上手なんだけど···?ㅋㅋㅋ」

「ほんと?コマウォㅎㅎ」


ヒョンはにんまりと自慢げに笑ってみせた。
それは年上と思えないほど可愛らしい笑みだった。

ひと通り僕の自己紹介を終えて
次はヒョンに自己紹介するよう催促する。
いつの間に淹れたのか、彼はコーヒーを啜りながら話し始めた。


「名前はジャンハオ。年齢は28歳で職業はバイオリニスト。国籍は中国だけど今はすっかり韓国の方が馴染み深いね。あと」

「ちょっ、待ってください」

「なに、遮らないでよ」

「ごめんなさいっ!バイオリニストって···」


僕は耳に入った聞き慣れない単語に戸惑った。
確かに職業は知らなかったけど、まさかそんなアーティスティックなものだとは思わなかった。
中国国籍っていう点も気になるけれど。


「···昔からバイオリンをやってて、他にやることもないから今でも弾いてるだけだよ。聴く?」


僕は全力で頷いた。
彼はちょっと待ってと言って立ち上がる。
あんまり乗り気そうじゃないくせして、かわいらしい頬骨が浮き上がっていた。


ポンッ


とポップな音を立てて現れたのは
茶色くつやがかったバイオリン。
初めて近くで見た実物に思わず感嘆の声が漏れる。

魔法····すげぇ·····

未だに驚いてしまうその能力にはリアクションをおさえた。


「ちょっと待ってね」


そう言って小さな顎をバイオリンに添え
伸びやかな音色を奏でながらペグを回す。
それだけの仕草がどうしようも無く様になる。
チューニングの音が心地よくて僕は目をつぶって聴覚に意識を集中させた。

ハオヒョンが微笑むのを、空気で感じた。

一間置いて流れ出すメロディー
上品な弦の音が耳を震わす。
明るい曲調のそれは僕の心に響いて
なぜだか少し泣きそうになった。

ハオヒョンがバイオリンから顎を外す時には
僕は感動で胸がいっぱいになっていた。


「ㅋㅋㅋㅋㅋ何その顔、泣きたいのか笑いたいのかはっきりしなよ」

「凄く感動しました···バイオリンの音ってこんなに心に響くんですね。不思議です。」

「····今の曲は『Always』。プロになる前、卒業制作としてゼロから作曲した。」

「全部自分で···!?」

「うん·····あ、やっぱ1人じゃないかも。」


ヒョンは無意識に、バイオリンを持つ左手の指輪に手を添えた。
それだけで何を意味しているのかが分かる。

この曲は、その人に向けて作られたものなんだ。

僕は下唇を噛んだ。
どうしようもない感情だった。


「····あっそういえば
中国についても聞きたいです。」


僕はわざと話題を切りかえて明るく振舞った。
ハオヒョンはぎこちなく笑いながら
バイオリンを片付けて座り直した。

代わりに紙とペンをまた空中から出現させて
その上にサラサラと綺麗な字を書いていく。


「本名はこれ」


僕の読めない言語で書かれた”章昊“という文字。
改めて彼が中国人であると言うことを嗤われている気がした。

国籍という壁が急に僕らを隔てた気がして
言い知れぬ恐怖に思わずヒョンの手に触れた。
彼の存在を確かめるように指先を這わせて、するすると上へのぼらせてゆく。

彼はおしゃべりな口を噤んだ。
無音の時が流れて、肌を伝う音が微かに耳を刺激する。
冷たい指が長袖に侵入する時に
彼の息を飲む音が聞こえた。

顔を上げると、ハオヒョンは顔を赤くして
奥に期待した色を浮かべてこちらを見つめていた。
その扇情的な表情に、一種の欲が掻き立てられる。

僕も同じようにいきをのんだ。




ぐうぅぅう


「·········」

「·········」


···なんか前にも

同じことがあった気がする


「·····ごはん、たべよっかㅋㅋㅋㅋㅋㅋ」

「はい、····////」


僕は真っ赤に顔を染めながら
ヒョンのあとをついてキッチンに向かった。


「中国料理作ってあげる」


彼はそういって慣れた手つきで準備をし始めた。

韓国人の僕にハオヒョンの生まれた土地の料理を振舞ってくれるのは、もしかしたらヒョンなりの歩み寄り方なのかもしれない。

たしかに生まれた国は違うけれど
今こうやって巡り会って、暮らしている。
その事が当たり前だとは思ってはいけない。
知っていけばいいんだ、これから、彼のこと。
そして僕のこともたくさん知って欲しい。

どちらかが作らない限り障壁は生まれない。


ごめんねハオヒョン
僕達、壁なんかなかった。


儚い貴方の横顔を見つめて、僕は切ない気持ちに掌を強く握った。










夜、布団に入って考えた。
一週間と言わず、ずっと一緒に居られないだろうか。
可愛らしい笑顔を僕だけに見せてくれないだろうか。

寂しく感じるこの隣に来て欲しいと願ってしまう。
彼の温もりを近くに感じていたい。


「····きもいな」


想像してしまった自分が浅ましく汚い。
僕はひとりではずかしがって布団に顔を隠した。













残り、3日。




まだ、彼は隠された秘密に気づかない。




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