第30話

第三十話
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2024/11/02 11:00 更新

俺の勘は正しかったらしく、
目を覚ますと病院だった。
交通事故に巻き込まれたものの、
幸い怪我はそこまでひどくなく、
ただ意識が戻らなかっただけらしい。

検査を終えて無事退院した俺が
真っ先に向かったのは、編集部だった。

電話でもいいと思ったけど、
編集者の顔が見たかったから。
編集
せ、先生……!
折原成
折原成
…………
俺の顔を見た瞬間、
そいつは泣きそうな顔になった。
漫画のことになると熱いけど、
他は淡々としているからちょっと意外。
編集
ど、どこ行ってたんですか……!
連絡も全然つかなくて……!
折原成
折原成
わるい。
事故に遭って一週間寝てたらしい
編集
事故!? 一週間!?
大丈夫なんですか!?
なんで出歩いてるんですか!?
折原成
折原成
さっき退院したから
編集
さっき!?
退院してすぐに来てくれたんですか?
ていうかお身体は大丈夫なんですか!?
あぁでもよかったです筆を折ったわけでは
なかったんですね……!?
折原成
折原成
……まぁ
折原成
折原成
(本当はちょっと
折りそうになってたけど)
編集
あっ座って下さい!
退院したと言っても全快ではないのでしょう?
なんで立たせてたんだごめんなさい!
折原成
折原成
……あんたこんなうるさかったっけ
編集
うるさくもなりますよ!
僕のせいで花織先生が
筆を折ったかもしれないって考えたらもう……!
俺の背中を押して会議室に向かった編集者は、
声を詰まらせて目を拭った。
俺が椅子に腰を下ろすと、
またすぐに勢いよく喋り始める。
編集
僕は花織先生の作品が大好きなんです。
もっと多くの人に見られるべきだと思ってるんです。
だけど、そんな花織先生に
漫画を描きたくないって思わせてしまったら
編集失格です
折原成
折原成
(……そうだ。
ずっとそう言ってくれてたな)
俺の作品を好きになってくれた。
だから声をかけてくれた。
「もっと多くの人に見てもらうべきだ」
って言ってくれていた。

それを俺は、自己満だけでつぶそうとしたんだ。
折原成
折原成
……なぁ、ちょっと長くなるんだけど
『ナチュラルデイズ』について話していいか
編集
もちろんです。
いくらでもお聞きします!
それから、俺は編集者との……
持永もちながさんとの話し合いの時間を
多く設けるようになった。

もっと多くの人に見てもらいたい。
だけど俺は所詮新人だ。
物語の作り方もマーケティングのことも
何も分からない。
だから俺はこういう事が描きたい、伝えたい
っていうことを持永さんに言って
持永さんが案を出してくれる。
妥協はしない。
下手に譲ったりもしない。
お互いがちゃんと納得できるまで、
とことん話し合った。

その結果、『ナチュラルデイズ』は
どんどん多くの人に
見てもらえる作品になっていった。




折原成
折原成
前回の話についてたコメントで
こういう展開を望まれてんな
って思ったんだけど、
これコメント通り過ぎんのも良くねぇよな?
持永
そうですね。
ある程度は期待に応えても良いですけど、
いつもそれだと飽きられてしまう
可能性もあります
持永
いい意味で裏切った方がいいでしょう
折原成
折原成
そうだよな。
じゃあここの展開はこっちにするわ
持永
…………
折原成
折原成
あ?
急に黙り込んだ持永さんを見ると、
顔を覆っていた。
折原成
折原成
おい、なんで泣いてんだ
持永
だ、だって、
花織先生がコメントなんて見て……
折原成
折原成
…………
持永
こんなにいい作品を描くのに、
どこか熱が入っていないような
気がしてたんです
持永
もったいないなって思ってて……
でも、今は読者の声にも
耳を傾けてくれてる
持永
僕は本当に嬉しいんです。
ますます人気も出てきて、
たくさんの人に読んで
らえるようになって……
外した眼鏡を拭いている持永さんの表情は、
本当に柔らかくて優しかった。

『ナチュラルデイズ』の成功を、
まるで自分のことの様に
喜んでくれているのが分かる。
折原成
折原成
(こんな優しい持永さんのことさえも
無視し続けてきたんだな、俺は)
そりゃひとりぼっちにだってなる。
自らひとりぼっちになってたんだよな、俺は。
折原成
折原成
……俺を見つけてくれてありがとうな。
持永さん
持永
せんッ……
折原成
折原成
あー!
泣くなよプロット濡れんだろ!
持永
うぅ……ずびません……




そんな優しくも熱心な持永さんと
一緒に描き続けた『ナチュラルデイズ』。

黒月は見てくれているだろうか。
お前の救いに、俺はまだなれてるか?
折原成
折原成
(多分、お前は見てくれてるよな)
あいつのことを全部知ってるわけじゃない。
けど、わかる部分だってある。
アイツの『ナチュラルデイズ』への熱意は
持永さんと同じものを感じる。
弱弱しい癖に、
譲れない部分に関しては頑固になる。
根っこの部分はおそらく俺や真斗に似ている黒月は、
決して優しくはない。

自分で気付いているかは不明だが
微かにエゴイストの片鱗がある黒月は、
生きる糧を簡単に捨てるとは思えない。
不安がないと言えばウソにはなるが、
それでも俺は黒月が見てくれていると信じて描き続けた。
またアイツに会うために。


そして決まった単行本化。
そしてサイン会開催。


きっと、黒月は来る。
そう信じて、俺は赤いパーカーを羽織った。
あの世界で、
高校生の俺が着ていた赤いパーカー。

本来ならスーツとかの方がいい気はするけど、
でも持永さんも許してくれたし良しとする。
持永
開始までまだ時間があるのに、
結構人が並んでくれてるみたいですよ
持永
あぁ、こんなにも多くの人が
『ナチュラルデイズ』を見てくれてて……
折原成
折原成
泣くなよ
持永
まだ泣いてません
折原成
折原成
ハンカチ握り締めて
泣く気満々じゃねぇか
持永
だって『ナチュラルデイズ』が
こんなにも大きくなって……!
折原成
折原成
お遊戯会見に来た親みてぇだな
持永
もう気分はそれですよ!
そしてサイン会が始まった。
たくさんの人が
『ナチュラルデイズ』のために来てくれて、
好きだと言ってくれる。
読者の言葉一つ一つに、俺は救われていく。


こんなにもたくさんの人の心に届いていたのか。
俺だけの力じゃないのは分かってる。
でも純粋に嬉しかった。
俺を救ってくれる読者がいるから、
俺はこれからも描き続けていける。


だって。



黒月想
黒月想
おり、はら?



折原成
折原成
よう。来てくれると思ってたぜ


俺はもう、ひとりぼっちじゃないから。

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