第6話

紫陽花のように強く、また彼と会うためには、
64
2024/04/16 16:28
私は自分でも思うが、結構冷たい人間だ。

物事を人の感情で考えることはあまりなく、私に悪い影響がでないかだけを考えて判断している(この場合は自分勝手と捉えることも出来るが)

他人はもちろん、驚くことに家族にも自分の素を見せたことはあまりない。

じゃあ本当の自分は?

それは、何か話す度に口が悪くなっていって、次第に相手は私に対して不快な気持ちを顔に出すか、無視を決め込む。

今まで人と関わった事で自分の人生に良い影響か出たことがあまりない。

むしろ悪影響だらけ。

次第に私は人と話す時は常に受け身で、適当に相槌だけを打つ日々であった。

……今回もそのはずだった。

病院に入院してから、早2ヶ月。
残りの人生、僅か約4ヶ月。

私の病気は至って普通で、誰にでもなる可能性のある病気だった。
普通で、尚且つ進行度によっては治療で完全に治すことは不可能ときた。

……私と同時期に同じ病名が発覚して、入院をした男性がいた。

年齢は同い年で、出身地は沖縄らしい。

彼との病室は近く、薬の副作用で身体が痛い時も、副作用で髪の毛が全部落ちたときも、私がどんな状態、気分でも彼はなぜか私のところにきては勝手に色々と喋りだした。

自分の身の上話とか、もしも奇跡的に病気が治ったら是非行ってみたい所とか、生きたいとか、死にたくないとか、生きたい……とか……。

もうそれだのために毎日毎日来るから、私はつい聞いてしまった。

「なんで、どうせお互い死ぬのにこんな会話をするの?」
「この会話に何か意味はあるの?病気が治るわけないのに?」
「もしも私があなたの事を……」

鬱陶しい、と突き飛ばしたらあなたはそれでもここに来るの?

私は最後まで言えなかった。

正直、せっかく全部諦めたところに自分は生きたいだの治ったらここに行きたいだのとペラペラ話してるものだからいい加減どうにかなりそうだった。

でも言えなかった。
鬱陶しいと。

私がしばらく沈黙していると、彼は今度は優しく話くてくれた。

「ごめんね、迷惑だったね」
「でも、生きるって希望を全部無くすと、もしも治るかもしれない病気が治らなくなったとしたらもったいなくない?」
「俺は嫌だな、あなたが死ぬの」

なにそれ……。

私は諦めたのに、あなたが勝手に諦めないとか。

馬鹿でしょ本当。

私はこみ上げてくる怒りと、『なにか』に耐えきれず顔が緩んでしまった。

彼はそれを見て喜んではすぐさま話し始めた。

「うちの死んだばあちゃんがセミの幼虫見る度にノコノコって言うんだけどさ」
「ノコノコ?」
「なんかばあちゃんの地元だとセミの幼虫のことノコノコって言うんだって」
「へえ……ノコノコってうちらの中じゃ某配管工の敵キャラだもんね」
「そうなんだよ、だから某配管工のゲームやってたり道端に転がってるセミの抜け殻見る度にいっつもばあちゃん思い出してさ……」
「そっか……それは辛いね」
「え、別に辛くないけど?」
「は??え、なになんでいきなり裏切るの?」
「いや、裏切ったつもりは……てか裏切るってなにを」
「もういいや……罰として今度院外の自販機からなんかジュース買ってきてよ!」
なんて、
冗談みたいな事も言い始めた。

話してる内に気が付いた。
こうやって冗談言ったり出来る仲の友達作るのって、案外簡単だったんだなって。
それとも彼が特別だったんだろうか?

雨季。

今日は生憎の大雨。
院内ではたまに雷で部屋や廊下全体がカッ!と光る。

中庭の紫陽花は雨に打たれながらも雨粒を跳ね返すだけでジッと佇んでいる。

……希望……か。

未だに延命治療は続いてるが、痛くても悲しくなっても結局死ぬ。
大事に手入れしてた長い髪も今じゃ一本もない。
副作用でいっつも体全体が痛くなるし、心も急に哀しくなったりする。

こんな状態でまだ希望をもて、なんて言われてもてる人なんていないと思う。

彼以外は。

彼は今の行為を、本当に意味のあるものだと思ってる。
だから毎日私のところにきて喋りだす。

芽吹くのだろうか。
私にも希望が。

雨にも負けない、風にも負けない、希望という花は私の元に咲いてくれるだろうか?

ああ、でも今は。

私は彼の他愛ない話を聞きながら、今日もまた、二人で笑う……。




*





小さな掌は傷だらけで、身体は泥まみれ。
およそ人の家の猫とは思えないほどのやんちゃをしすぎてしまった。

自然を損なわない程度に置かれた遊具がどこか淋しげに見えるこの公園で、私は一人……いや、一匹立ち尽くしていた。

雨が降っていたが構わず

……恐らく彼が掘ったであろう、穴の前で。

『3蜆?440荳?365蝗槭?霆「逕』。

今回もまた彼を救えないような気がしてきた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
この『3蜆?440荳?365』という馬鹿げてるほど絶望的な回数をこなしても尚、成虫になった彼と出会えることすら出来ずにいる。

私がいつも ・ ・ ・ 産まれた時は、既に生温いタオルの上だ。何度も何度も何度も何度も同じところから始まる。

何度も同じ母親からなでてもらって、何度もミルクを与えてもらって、何度も股を擦って、何度も寝床へ連れて行ってくれる。

飼い主からも存分に可愛がられた。

私はそんな人達を裏切って、毎回……最初は分からなかったが、回数をこなす内に特定した……あの森へと走っていった。

距離も遠い。
春の夜はまだ寒い。
外も味方ばかりとは限らない。

だから、毎回ボロボロになりながらその森にむかっていった。

その森に着いたら毎回、成人男性くらいの男に噛みついて、追い払っていた。

毎回、毎回。


いつか、また会えると誓ったあの夜から私は変わってない。

会いたい。
また、会いたい。

私の大好きなあの人に。


私は静かに、じっと、穴の先を見つめた。

猫
……絶対
猫
絶対、会おうね

【7話に続く】

プリ小説オーディオドラマ