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第3話

後篇
70
2021/11/29 10:36











僕は今死んでいるのだろうか。
分からない程、今の身体は冷えているのだけれど、でも、目の前に倒れた彼女に手を伸ばした理由は分かる。
僕は初め、死にたくて仕方がなかった。
人生がつまらなくて、だから僕が唯一信じた輪廻転生を、僕の人生で実現しようと、自殺を始めた。
でも、輪の紐を持って首にかけても上手く死ねず、包丁を刺そうとすれば手が止まるので、自殺から暗殺業者に頼むことに変えた。
町中で風の噂に、珈琲豆を売っている店の店長は夜に暗殺をしていると聞いた。
思わずそこに手紙を出して、返事を待った。
内容は変わっていただろうが、直ぐに了承する手紙が来た。
それからの毎日は、とても充実していた様に思えた。
本を読むばかりだった日々が、話を聴くという素晴らしい色に変わり、趣味になった。彼女の話し方は、落ち着いていて、聴き心地がとても、とても良かった。内容は小説に書いてあるような、至って主人公という感じであったが、それすらも、今の僕にない目線を感じさせてくれて楽しかった。

夜は桜の樹の下で本を読んだ。彼女が別の依頼をすると思って気を使って、雨の日も同じ場所で眠くなるまで読んだ。
ある時その桜の樹が伐採されているのを見たこともあった。想い出が消えたように思えて心は落ち込んだが、カフェに場所を変えたり、唯 只管に町を散歩したりして、新しい習慣を探した。

彼女は家に帰ると必ず居なくなっていた。分かっていたが、彼女の痕跡があると、虚しさを感じてしまう。だから、彼女のいたソファの上に自分が座って無理やり想いを消していた。

想いと言うのは、.....なんだろうか。
.....あぁ...愛か。
彼女に執着してしまっている、この気持ちはきっと『恋』と呼ぶものなのだな。

だから、今、彼女に手を伸ばし、引き寄せて、抱きしめている。
彼女が自分の心臓へナイフを刺して、まだ、少ししか経っていないのに、冷たくなっていくのがわかった。

僕も数秒後には意識が消えるから、

自分勝手でいいならばと、

引き寄せて、


彼女を感じた。



最期くらいこうしていたかった。



寒い




温かい






ありがとう







君は僕を好きでも嫌いでも無いのだろうが、僕は感謝している











楽しかった











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