電気は付いているものの、少し薄暗いこの部屋に、パソコンのブルーライトが光眩しく部屋を照らした。
未だに整頓されていない部屋で、私ともう一人が窮屈に身を寄せ合いながら互いのパソコンに向かい合っていた。
そのもう一人こと奏の名前を呼ぶと、奏は時計を一瞥し、いつもの定位置に腰を下ろした。
静かで凛とした奏の声を軽く聞き流し、控えめに頷いてから手慣れた動作でナイトコードに入って黙々と作業を始める。
最早、恒例となった平坦な会話を交わしながら私達は各々の作業に取り掛かる。
すると、ピコンとこの場にはそぐわない軽やかな音が静かなこの部屋に響いた。
他の三人が会話しているのを聞くともなく聞きながら作業を続ける。
奏が手際よく操作してデモの音源を送信するのを横目で見る。
そのまま他愛ない会話を聞きながら作業を続けてると、ふとある人物が脳裏をよぎった。
私が絵名を呼ぶと驚いたのか、甲高い声がキンと頭に響く。
絵名の言葉に、瑞希と奏が同意の意を示す。
あまり意識したことなかったけど、みんなが言うならそうなのかな。
このまま放っておくと、話が逸れそう。
いつものことだけど。
まさか、私の口から絵名の弟さんに関する話題が出てくるとは考えてもいなかったのだろう。
心底驚いたように、絵名は聞き返す。
二人が同時に話すと、分からないんだけど。
それに、声が大きい。
私は言葉を発さずに頷いた。
興味津々、いや、何か悪いことを企んでいそうな声色で瑞希が話を促してくる。
一体何が残念なのだろう。
瑞希は少し、つまらなさそうに相槌を打った。
奏はいつもの常套句を私に問いかけてくる。
どう思った、私には難しい質問。
優等生の私なら、思ってもいないことをペラペラと口にするのだけど。
そんな私に奏は、真剣な瞳を送ってくる。
そんな思いを無下にするほど、私は薄情ではない……はず。
そう、分からないのだ。
あの熱狂的な歌も、酔いそうなほどの歓声も、全部。
私の五感に触れた途端冷えて、たちまち燃え尽きてしまう。
そして、まるで何もなかったかのように淡々と時間が過ぎていく。
私の答えに、奏は少し悲しそうに目を伏せ、優しく微笑んでくれた。
私の言葉に各々が反応した後、ナイトコードは静まり返った。
どうしたんだろう。
いつもなら思い思いに口を開いてうるさいのに。
Amiaにしては珍しく、言い淀みながらさっきの発言を繰り返してほしいと頼んでくる。
──何故か画面越しでもわかるほど肩を落としている瑞希。
──独り言をブツブツと呟いている絵名。
──唯一首を縦に振ってくれる奏。
三者三様の反応を示しているみんなを、左から右へと聞き流す。
確かに、ストリートと言う熱狂的で盛り上がる系統の曲を聴いても『可愛い』と言う思考にはあまり至らない。
だから絵名は、あの曲の雰囲気と私の発言が結びつかなくて困惑していたのかな。
少し言葉が足りなかったのかも。
合ってるか分からないけど、ウィンクをされたのはファンサと言う認識で合ってるはずだ。
さっきまでの珍しく静かな雰囲気は跡形もなくなり、いつもの賑やかなみんなに戻ってしまった。
……少し心地が良い気がするからいいけど。
言われてみれば、私は周りの人達みたいに歓声を上げたり音楽に乗ったりしなかった。
彰人くんから見れば、あまり楽しそうに見えなかった可能性もある。
折角楽しませようとしてくれた彰人くんになんだか申し訳ないな。
そうだったんだ。
私のために、普段なら絶対にやらない様なことをやってくれたんだ。
そういうところがすごく、格好良くて可愛いんだよね。
それに、絵名も彰人くんの考えてることが分かるなんてやっぱり姉弟だな。
今回ばかりは、姉って感じがする。
前言撤回。
絵名はうるさくて我儘。どっちが年上か分からない。
奏も、こんな我儘放っておけばいいのに。
そんなことより、絵名の話を聞いて彰人くんのことが少し分かった気がする。
人のために行動することができて、自身に対して少し厳しい節がある、とか。
もっと彰人くんを知りたいな。
今、絵名は確かに彰人くんの寝顔と言った。
写真とかなのかな。
当たり前だ。
率直に気になる。
何気に、こんなにも心を突き動かされるのは初めてかも。
戸惑い気味に絵名が呟くと、ピロンと軽快な音がパソコンから鳴った。
通知マークがついたチャットを開くと、絵名が一つのリンクを貼っていた。
リンクをクリックして、突然目の前に映し出された映像に思わず言葉を失う。
瑞希の言葉は、私の心をそのまま代弁してくれていた。
歌っている時にギラギラと鋭く光っていた綺麗な瞳は固く閉じられて伺うことはできないが、少し日焼けた健康肌に長い睫毛。
普段から手入れをしているのか潤っていて可愛らしい唇。
彰人くんの寝顔が液晶一面に広がっていた。
心の準備をせず油断しきっていた無防備な私に、今まで感じたことのない、未知の感情が押し寄せてくる。
彰人くんのことをもっと知りたい。
彰人くんの可愛いところをもっと見たい。
ただその一心で、絵名に強請る。
当たり前だ。
あんな可愛い姿を見て虜にならないほうが可笑しい。
軽口を叩き合いながら絵名から送られた彰人くんの写真を、釘が打たれたかのように眺める。
すると、すぐ傍から温かい視線を感じて奏の方に目をやった。
突然話しかけられて驚いたのか、少し言葉を詰まらせながら奏が答えた。
──楽しい。
奏に言われて気がついたが、彰人くんの話を聞いて胸がざわついたり温かくなったりしている……気がする。
これが楽しいって言う感情なのかな。
私が肯定すると、奏は一瞬目を見開き、口元を弧に描いて目を細めた。
作業はほとんど進歩していないけど、こうやって談笑するだけなのも偶にはありなのかな。
彰人くんのことも沢山知ることができたし、みんなも楽しそうに会話をしているし。
──この時間がずっと終わらないでほしい。
そう思ってしまったのはここだけの話。
ちなみに、結局作業そっちのけで彰人くんの話に夢中になり気がついたら太陽が昇っていて何もせずにお開きになった。
彰人くんが可愛いすぎる件















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。