本題に入る前にお知らせがあります!
前の話はもう更新したので、そちらもぜひ読んでください! このアプリについてまだよく分からないので、もし読みづらかったり通知が届かなかったりしたらごめんなさい!
本日のエピソードも少し長くなります💦
謙杜 side
ピッ
その瞬間だった。
風が止まった。周囲の喧騒が遠い海の底に沈んだように、世界から音が消える。
鼻腔の奥に、甘いようで、落ち着くようで、 でも……胸の奥が鉛のように重くざわって震える、あの匂い。
あれ?
なんで僕はこんなに苦しいん?
視界が、一瞬でセピア色に塗りつぶされた。
目の前のみっちーと恭平の顔が歪み、視界の隅が暗い煤で覆われる。
苦しい、胸が、何者かに内側から鋭い爪で掻きむしられるように痛い。
足に力が入らへん。
頭がクラクラする。指先が痺れて曲がり、勝手に痙攣し始めた。体が、自分の意思から完全に独立してしまった感覚。
「謙杜!どこや!!俺の声聞いたら返事しぃや!!」
誰?今の誰?誰の声?
みっちー?
いや、ちゃうわ。
みっちーはもっと優しい声や。
じゃあ、恭平か?
いや、恭平のちゃう。
この声は、過去のフィルムが乱暴に巻き戻された音だ。
あれ?待って。
息ができない。
喉の奥が締まり、呼吸を拒否される。
え、なんで?
なんで息ができないの?
「謙杜!!!」
またあの声や。
「しっかりしぃや!俺が助けるからな!!」
なんであんたの声が頭から離れへんの?
てか、誰なん…?
みっちーの声が、水を通して聞くようにぼんやりと届く。
みっちーが触れようとする手が、遥か遠い異次元のものに見える。
恭平もなんかめっちゃ焦ってる。
初めてこんな恭平を見た。
あ、兄ちゃんや。
こっちに走ってる。
兄ちゃんの足音が聞こえた瞬間、凍りついていた何かが、心臓から一気に溶け出した。
助けて。
助けて、兄ちゃん。
兄ちゃんがひざまずき、そばに来てくれたとき、僕はすぐに兄ちゃんにしがみついた。
みんなめっちゃパニックになっとる。
え、これやばいやつ?
僕、やばいの?
後ろ診察室の扉が、ゆっくりと閉まる。さっきまで耳の奥で鳴っていた心臓の音が遠のいていくのに、胸の奥のざわざわだけは、まだ完全には消えてくれへん。
顔を上げれば、そこにはみんながいた。
みんなめっちゃ不安な顔していた。
迷惑かけちゃったな。
僕のせいで、みっちーと恭平はこんな時間に僕をここまで連れて来させてしまった。
僕のせいで、兄ちゃんは大学のイベントの練習できない。
僕のせいで、大吾くんはわざわざ車を出さなければいけないんや。
兄ちゃんははあの看護師に呼ばれ、診察室に入った。
みっちーが、そっと手を差し出してくれた。
無理に掴むんじゃなくて、触れていい?って確認するみたいな、やわらかい手のひら。
その目も、いつものキラキラで優しいな雰囲気とは違って、どこか必死で。僕の呼吸ひとつひとつを見逃さんように、全部受け止めようとしてくれてる。
僕の隣に座る恭平はペットボトルを僕の前に押し出しながら、あきれたふりしてるのに、その視線の奥には明らかに焦りがある。
声は低くて落ち着いてるふうやのに、手の甲がうっすら震えてる。さっき、僕が倒れかけたときに真っ先に支えてくれた恭平の手や。
お礼言わんと。
大吾くんは目の前に立ちながら、僕の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
ほどなくして、兄ちゃんは診察室から強ばった笑顔で出てきた。先生から何を言われたんやろ。
僕は弱く頭を振った。
今はまだ足に力が入らへん。
すると、みっちーが急に僕に背を向けてしゃがみ込んだ。
僕たち5人はその後、大吾くんが車を停めた駐車場へ向かった。僕は後部座席に座り、みっちーと恭平が隣にいた。
まだ回復しきっていない体力を感じ、思わず恭平の肩に頭を預けた。すると恭平は、より楽になるよう体を寄せてくれた。 みっちーは僕の手を握り、優しく撫でてくれた。
道沿いのネオンサインが視界を照らすにつれ、僕の気持ちはますます複雑になった。
僕は一体どうしたんだろう?
病気か何かにかかっているのか?
でもなぜその匂いを嗅いだ時にだけ症状が出るんだ?
それに、頭に響いてくるあの声は誰のものなんだ?
そんなことを考えているうちに、気づけば僕の家の前に着いていた。
今度は兄ちゃんが僕をおんぶしてくれた。
あぁ~僕やっぱみんなに迷惑かけたな。
背中が壁に遮られて見えなくなるまで、僕たちは2人を見送った。肌を撫でる夜の風が、今日という日をさらに重く感じさせた。
今日は楽しい始まりだった。みっちーの罰ゲームから、恭平とのゲームまで。今日だって楽しい終わり方をするはずだった。なのに、どうしてこんな終わり方になるんだ?
こんな終わり方、嫌だ。
部屋に連れて行かれ、ベッドに寝かされた後、僕は兄ちゃんの腕を引いた。医者が何と言ったのか聞こうとしたんだけど────
重たくなった瞼を、なんとか閉じようとする。
視界がゆっくりと暗く沈んでいくのと同じように、頭の重みもじわりと枕に沈み込んでいく。
まだ体の奥には、急に意識が遠のいた時のあの妙な疲労感が残っている。
動こうと思えば動けるはずやのに、足に力が入らへんのは、今日起こったことが全部、僕の意識に重くのしかかっているからかもしれへん。
今日のことが、全部ただの悪夢やったらええのにな。
そんな都合のええこと、あるはずないのにと思いながら、
その時だった。
ふわりと、慣れ親しんだ石鹸の匂いが鼻先をかすめた。
思わず、ぼんやりしていた意識が引き戻される。
そっか。
僕はまだ恭平のパーカーを着たままやった。
明日、ちゃんと返そう。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。