秋の 夜長も 更けた頃 、ツカサは 村の はずれを
通る 大きな 川の 淵に たった 一人で ぽつんと
座り 、いつもの ように ぼんやりと 川の 黒い
水面を 眺めていた 。
先程 雨が 上がったばかりの せいか 、秋の 割には
じっとりと 水分を 含んだ 空気が 重く 肌に
まとわりつく 。
川沿いの 雑草に ついた 水滴が 空の 下弦の 月の
光を 反射して 、秋の 風が そよぐたび 、
時折 キラリと 光る 。
腰を 下ろした ツカサの 草履と 浴衣は 、
じっとりと 湿っている 。
水面からは 白く ぼんやりと 光る 、半透明な
触手が 無数に 生え 、こちら こちらと 優しく
ツカサを 招き続けている 。
ツカサは 、ただ じっと 座って 、ぼんやりと
それを 眺めていた 。
___ どこからか 、サイレンの 音が 聞こえる 。
腕を 眺めるのにも 少し 飽きてきた ツカサが
ふと 目線を 上げると 、
川の 対岸の 先 、少し 丘を 上がったところから 、
黒煙が 上がっているのに 気づいた 。
確か 、あの 方角には
大きな 洋館が あったはず ___ 。
こんな 湿気た 秋の 静かな 夜に 、
火事でも 起きたのだろうか ?
その 洋館は 、何か よからぬ 呪術に
傾倒しており 、近づけば 呪われる ___ 。
そんな 噂が 村では まことしやかに 囁かれ 、
真偽は ともかく 、村の 人間は 村八分に なるのを
恐れて 、その 洋館へは 近づかなかった 。
ツカサも その 洋館に 近づいたことは
なかったが ……… それは 噂や 村八分を 恐れての
ことでは ない 。
そもそも ツカサは 畏れられこそすれ 実質は
村八分の ようなもので 、そんなことを 今更
怖がる 必要は なかったのだ 。
ただ 、そこに 別段 ツカサの 興味を
惹くものが なかった というだけだ 。
今日の 、今日までは ___ 。
ツカサは 何かに 呼ばれるようにして ふっと
立ち上がり 、川の 水面に 向けて
一歩を 踏み出し ____ 、
川の 淵と 地続きの 地面を 踏みしめるかの
ように 、水面を おもむろに 歩き出した 。
最初は ゆっくりしていた 歩みは 次第に
早くなり 、とうとう 駆け足に なって 、
ツカサは 洋館への 道を 急いだ 。
途中で 草履が 脱げてしまったが 、
ツカサは 気にも 留めずに 裸足で 走り続けた 。
ツカサの 背後で 、水に 浮くはずの 草履は 、
何かに 引っ張られる かのように 、
深く 深く 川の 底へ 沈んでいった 。
現場に 着き 、黒煙を 上げる 洋館を
目に した 瞬間から 、ツカサは なんとも 言えない
違和感を 覚えた 。
煙こそ 上がっているが 、火事の 程度は
それほどの ものでは ない 。
…… 少なくとも 、窓や 玄関口から 火が
噴き出している 様子は ない 。
誰かが 通報したのだろう 、すでに 傍らに
消防車が 停車している 。
急いで 取り掛かれば 、それほど かからずに
消火できそうな 状況だ 。
だが 、ツカサの 目を 引き付けたのは 、
洋館や その 周りに 不規則に 浮いていた 、
なんというか __ 火の 玉の ような
火花の ような 、とにかく 、
あちら こちらで 生き物の ように うごめく、
炎の 塊 だった 。
おかしな 感想だと 、自分でも 思ったが ___
ツカサは なにか 、とても 凄いことが
起きそうな 、居ても 立っても 居られないような
予感が して 、背中じゅうに びっしりと
汗を かき 、心臓が 嫌に ドクドクと 音を
立てているのを 感じていた 。
ツカサは 誘われるように 、
洋館へと 足を 踏み入れた 。
まず ツカサは 、黒煙の 割に 室内に 火の 気が
ないことを 不審に 思った 。
ひたひたと 裸足で 踏みしめる 床は 、
冷たくすら ある 。
玄関口から 広間へと 続く 扉を 開けると 、
ツカサは 視線を 感じた 。
そこで 視線を 上げると 、広間の 奥に たたずむ
少女の うつろな 目が 、
こちらを じっと 見つめていた 。
ツカサは そこで 一瞬 、面を くらってしまった 。
少女の 周りの 空気は あまりに 静かで 、
火事の 現場とは あまりに
かけ離れた 印象が したからだ 。
ただ 一つ 、少女の 周りを 取り囲む __
煌々と 輝く 火の 塊が 、ここで 何かが
起きていることを 、気味悪いほど
はっきりと 示していた 。
同時に 幾人かの 消防士が ツカサに 気づき 、
制止しようと したが ___
すぐに それどころでは なくなった 。
ツカサは この 時 生まれて 初めて 、
” 炎 ” を 見たと 思った 。
それは まさしく 、生ける 炎だった 。
薄暗い 部屋に どこからともなく 次々と 現れる
火球は 、うぞうぞと 怪しく うごめき 、
ツカサ達の 目を 眩ませた 。
見とれたのも つかの 間 、
火球は ぶわっと 大きくなり 、
床を 舐めるように して 一瞬で
部屋全体に 広がった 。
___ 何かが おかしい 。
そう 気づくまでに 時間は かからなかった 。
ツカサは ともかく 、消防士達は 当然 皆 、
防火服を 着ている 。なのに __
その 服が 、綿の 服の ように 発火したのだ 。
その 生きた 炎は 、おがくずでも
燃やす かのように 、辺り 一面 すべての ものを 、
ことごとく 焼き尽くし 始めた 。
その 場の 消防士達は 皆 命からがら
引き返そうと したが 、あまりに 激しい 、
太陽 そのものの ような 火炎に 目を 焼かれ 、
もはや どちらが 前か 後か わからない 。
不気味な 生きる 炎を 目撃したことで 、
気が おかしくなっている 者も いた 。
ただ 一人 、ツカサだけが ___ その 場で
燃えること なく 、異質な 異物 かのように 、
その 場に 立ち尽くしていた 。
ツカサの 肌は 何か ___
水の 膜で 守られている かのように して 、
蠢く 炎に 舐められても 、
発火することは なかった 。
だが 、燃えずとも 、その 場は 生命が
存在できる ような 場所では なかった 。
目に 染みるほどの 光で 目が くらみ 、
こめかみが ズキズキと 激しく 痛む 。
熱さが 刺すように 痛む 。嫌だ 。
しにたくない 。しにたくない 。しにたくない 。
のに ____
目の 前に たたずむ 少女の うつくしい 瞳から 、
ツカサは 目が 離せないで いた 。
呆然と ツカサを 見詰める 少女の うつろな
まなざしには 、
怪しくも 美しい 炎が 揺らめいて いた __












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。