第16話

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2026/07/11 09:00 更新



   秋の 夜長も 更けた頃 、ツカサは 村の はずれを 

通る 大きな 川の 淵に たった 一人で ぽつんと

座り 、いつもの ように ぼんやりと 川の 黒い

水面を 眺めていた 。



先程 雨が 上がったばかりの せいか 、秋の 割には

じっとりと 水分を 含んだ 空気が 重く 肌に

まとわりつく 。



川沿いの 雑草に ついた 水滴が 空の 下弦の 月の

光を 反射して 、秋の 風が そよぐたび 、

時折 キラリと 光る 。



腰を 下ろした ツカサの 草履と 浴衣は 、

じっとりと 湿っている 。




水面からは 白く ぼんやりと 光る 、半透明な

触手が 無数に 生え 、こちら こちらと 優しく

ツカサを 招き続けている 。


ツカサは 、ただ じっと 座って 、ぼんやりと

それを 眺めていた 。






___ どこからか 、サイレンの 音が 聞こえる 。


腕を 眺めるのにも 少し 飽きてきた ツカサが

ふと 目線を 上げると 、

川の 対岸の 先 、少し 丘を 上がったところから 、

黒煙が 上がっているのに 気づいた 。



確か 、あの 方角には

大きな 洋館が あったはず ___ 。


こんな 湿気た 秋の 静かな 夜に 、

火事でも 起きたのだろうか ?




その 洋館は 、何か よからぬ 呪術に

傾倒しており 、近づけば 呪われる ___ 。


そんな 噂が 村では まことしやかに 囁かれ 、

真偽は ともかく 、村の 人間は 村八分に なるのを

恐れて 、その 洋館へは 近づかなかった 。



ツカサも その 洋館に 近づいたことは

なかったが ……… それは 噂や 村八分を 恐れての

ことでは ない 。


そもそも ツカサは 畏れられこそすれ 実質は

村八分の ようなもので 、そんなことを 今更

怖がる 必要は なかったのだ 。




ただ 、そこに 別段 ツカサの 興味を

惹くものが なかった というだけだ 。






今日の 、今日までは ___ 。






ツカサは 何かに 呼ばれるようにして ふっと

立ち上がり 、川の 水面に 向けて

一歩を 踏み出し ____ 、


川の 淵と 地続きの 地面を 踏みしめるかの

ように 、水面を おもむろに 歩き出した 。



最初は ゆっくりしていた 歩みは 次第に

早くなり 、とうとう 駆け足に なって 、

ツカサは 洋館への 道を 急いだ 。


途中で 草履が 脱げてしまったが 、

ツカサは 気にも 留めずに 裸足で 走り続けた 。





ツカサの 背後で 、水に 浮くはずの 草履は 、

何かに 引っ張られる かのように 、

深く 深く 川の 底へ 沈んでいった 。







現場に 着き 、黒煙を 上げる 洋館を

目に した 瞬間から 、ツカサは なんとも 言えない

違和感を 覚えた 。



煙こそ 上がっているが 、火事の 程度は

それほどの ものでは ない 。


…… 少なくとも 、窓や 玄関口から 火が

噴き出している 様子は ない 。




誰かが 通報したのだろう 、すでに 傍らに

消防車が 停車している 。


急いで 取り掛かれば 、それほど かからずに

消火できそうな 状況だ 。





だが 、ツカサの 目を 引き付けたのは 、

洋館や その 周りに 不規則に 浮いていた 、


なんというか __ 火の 玉の ような

火花の ような 、とにかく 、


あちら こちらで 生き物の ように うごめく、

炎の 塊 だった 。



おかしな 感想だと 、自分でも 思ったが ___


ツカサは なにか 、とても 凄いことが

起きそうな 、居ても 立っても 居られないような

予感が して 、背中じゅうに びっしりと

汗を かき 、心臓が 嫌に ドクドクと 音を

立てているのを 感じていた 。








ツカサは 誘われるように 、

洋館へと 足を 踏み入れた 。









まず ツカサは 、黒煙の 割に 室内に 火の 気が

ないことを 不審に 思った 。


ひたひたと 裸足で 踏みしめる 床は 、

冷たくすら ある 。



玄関口から 広間へと 続く 扉を 開けると 、

ツカサは 視線を 感じた 。


そこで 視線を 上げると 、広間の 奥に たたずむ

少女の うつろな 目が 、

こちらを じっと 見つめていた 。



ツカサは そこで 一瞬 、面を くらってしまった 。



少女の 周りの 空気は あまりに 静かで 、

火事の 現場とは あまりに

かけ離れた 印象が したからだ 。




ただ 一つ 、少女の 周りを 取り囲む __

煌々と 輝く 火の 塊が 、ここで 何かが

起きていることを 、気味悪いほど

はっきりと 示していた 。





同時に 幾人かの 消防士が ツカサに 気づき 、

制止しようと したが ___






すぐに それどころでは なくなった 。






ツカサは この 時 生まれて 初めて 、

” 炎 ” を 見たと 思った 。

それは まさしく 、生ける 炎だった 。





薄暗い 部屋に どこからともなく 次々と 現れる

火球は 、うぞうぞと 怪しく うごめき 、

ツカサ達の 目を 眩ませた 。



見とれたのも つかの 間 、

火球は ぶわっと 大きくなり 、

床を 舐めるように して 一瞬で

部屋全体に 広がった 。



___ 何かが おかしい 。


そう 気づくまでに 時間は かからなかった 。



ツカサは ともかく 、消防士達は 当然 皆 、

防火服を 着ている 。なのに __



その 服が 、綿の 服の ように 発火したのだ 。



その 生きた 炎は 、おがくずでも

燃やす かのように 、辺り 一面 すべての ものを 、

ことごとく 焼き尽くし 始めた 。




その 場の 消防士達は 皆 命からがら

引き返そうと したが 、あまりに 激しい 、

太陽 そのものの ような 火炎に 目を 焼かれ 、

もはや どちらが 前か 後か わからない 。


不気味な 生きる 炎を 目撃したことで 、

気が おかしくなっている 者も いた 。





ただ 一人 、ツカサだけが ___ その 場で

燃えること なく 、異質な 異物 かのように 、

その 場に 立ち尽くしていた 。



ツカサの 肌は 何か ___

水の 膜で 守られている かのように して 、

蠢く 炎に 舐められても 、

発火することは なかった 。





だが 、燃えずとも 、その 場は 生命が

存在できる ような 場所では なかった 。




目に 染みるほどの 光で 目が くらみ 、

こめかみが ズキズキと 激しく 痛む 。



熱さが 刺すように 痛む 。嫌だ 。


しにたくない 。しにたくない 。しにたくない 。

のに ____





目の 前に たたずむ 少女の うつくしい 瞳から 、

ツカサは 目が 離せないで いた 。



呆然と ツカサを 見詰める 少女の うつろな

まなざしには 、

怪しくも 美しい 炎が 揺らめいて いた __







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