休日の昼。母さんが誰かと電話をしている声で僕は昼寝から目覚めた。
微かな笑い声すら聞こえない電話中の母さん。やけに静かな自分の部屋、雨音が聞こえる曇り空。
…なぜか、胸騒ぎがして堪らなかった。
不安に駆られたまま、僕はゆっくりベッドから起き上がり、部屋を出る。
リビングまで続く廊下が、なぜか長く感じた。
リビングには、やけに暗い顔をした母さんがいた。
電話が終わったら、何かを言われる。
なぜか、胸騒ぎが収まらない。
母さんがスマホをクリックして、電話を切ったのを確認し、僕は恐る恐る口を開く。
いつも明るくて、朝から大きな笑い声を上げるほど元気な母さんが、今日は目元すら笑ってなくて
僕は、この先のことを聞くのが怖くなってしまった
……それでも、なぜかどうしても
聞かないといけない気がした。
母さんは、2回ほど深呼吸をして、口を開いた。
入院、自殺未遂、意識不明……
いくつものショッキングな単語が、僕の頭の中をぐるぐると回る。
脳がその情報を上手く理解できないのは、寝起きだからなのだろうか
僕は、母さんの言っていることを理解できなかった。
僕はただ必死に昨日の出来事に思いを巡らす
何か不審なところ、何かの前兆、何かのきっかけ
探しても探しても探しても
それらしきものは、見つからない
僕は母さんの制止を無視して、傘も持たずに家を飛び出した。
何度転びそうになったことか分からない。信号だって無視していたかもしれない。
でも、ただどうしても
それが、本当のことだと、信じたくなかった。
全力疾走してきたせいで、病院に着く頃には汗まみれで息を切らしていた。雨に降られているので頭からつま先までびしょ濡れだった。
顎から垂れ落ちる汗を手で拭き取り、僕は病院の自動ドアを抜ける。
受付らしき人がいるところへ転がり込むように向かった。
周りからヒソヒソと声が聞こえる。そりゃそうだ。汗まみれ、雨でびしょ濡れで、わざわざ順番を抜かしてでも看護師に詰め寄る高校生なんて、おかしいに決まってる。
でも、今の僕には、そんなことに配慮してる余裕は無かった。
僕は咄嗟に聞き覚えのある声の方を向く。奏翔のお母さんだった。僕は奏翔のお母さんに詰め寄る。
僕は奏翔のお母さんの目を見て懇願する。その時に目に捉えたのは、とても目を泣き腫らしていたことと、いつもは化粧をしているのにしていなかったこと、髪の毛がボサボサなことだった。
僕は奏翔のお母さんの後ろを追った。
この時だけなぜか、奏翔のお母さんの背中がとても小さく感じた。
白いベッドで力なく眠っている奏翔には、沢山の管が繋がれていた。ピッ、ピッ、と規則的な電子音が病室に響く。首に巻かれた包帯から覗く赤黒い跡が、全てを物語っていた。
僕は足に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。床を這うように奏翔に近づく。
昨日まであんなに笑顔だったのに
今はもう、笑顔のかけらすら浮かんでない。
僕は奏翔の手を優しく握る。
冷たい。
1番最初に感じた感覚だった。
現実を、突きつけられた感覚に陥った。
涙が込み上げてきて、溢れて止まらなかった。
きっと、苦しかったんだろうな
苦しくて、苦しくて、堪らなかったんだろうな、…
なんで、なんで……、
……僕は、あの時……どうしておけば……
僕は布団に顔を埋め、ただひたすら泣き喚いた。周りへの配慮なんて、そんなの眼中に無かった。
ただひたすら泣いても、叫んでも
奏翔が反応してくれることはなかった。
家に帰ってきた僕を、母さんは怒鳴ることなくただ黙って抱きしめてくれた。
母さんの温もりが肌を包み、また涙が溢れて出してきた。
暖かい湯船に浸かったことで、冷えていた体の芯からゆっくりと温まる。
湯気でぼんやりとする視界で、ただぼーっと、浴槽の壁を見つめていた。
僕の中でぐるぐると渦巻いている疑問は、ただそれだけだった。
心当たりが無さすぎるんだ。
だから、こんなに苦しくて、辛くて…悲しくて……
もう、考えるのを、やめたい。
何も考えたくない。
……あわよくば、昨日までのあの暖かな日々の夢を見たい。
僕は浴槽から起き上がった。身体から暖かいお湯が滴る。
適当に体を拭き、寝巻きに着替えて、浴室を出る。
僕は自分の部屋の扉を開けて、布団に飛び込む。
そのまま仰向けになり、天井をぼーっと見つめた。

僕は全てを放棄するように、目を閉じる。
数分もしないうちに、僕の意識は深く沈んでいった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!