「お前、あの死神部隊の隊長のことが好きなんだろう」
ごふぁっ。
作戦開始時刻、三時間前。
唐突にウイングダイバーの精鋭部隊であるスプリガン隊の隊長に話しかけられて、私は詰め込んでいたレーションを激しく吹き出してしまった。
「うわっ、なんだお前汚いな」
「だ、だってスプリガン隊長が、変なことをおっしゃるから!」
「は?お前まさか自覚していなかったのか?」
むせ込みながらどうにか反論すると、隣に座っているスプリガン隊長は信じられないと言った様子でそう返してきた。
「え…隊長、マジすか…?」
「俺たち、いつ告白するのかって思いながら見てたんすけど…」
「えええ!?」
自分の隊のメンバーにまでそう言われて困惑するしかなくなる。ウェットティッシュで口と汚してしまった机その他を綺麗に拭いた。
「グリムリーパー隊じゃ、隊長がいつ告白するかって賭けが流行ってるって話ですよ」
「それ絶対グリムリーパー隊長にもバレてますよね!?」
「そうだろうなぁ」
「うわあああああああ!!!」
素知らぬ顔で携帯食料をかじるスプリガン隊長。隣で同じウイングダイバーの後輩が頭を抱えているというのになんて薄情なんだ。
なんて、半泣きでスプリガン隊長に抗議しようとしたその時。向かいに並んでいた三人の隊員たちが揃って食べ終わったレーションなどの包装紙を片付け始めた。
「みなさん、そんなに急いでどうし」
「俺がどうかしたか?」
「ぎゃあ!!!」
「ブフッ」
…今度はスプリガン隊長が吹き出した。
「邪魔したようだな」
「まっ、あのっ、ちがっ!」
「ククッ…そう言うな死神。こいつが少し話があるらしいぞ、付き合ってやれ」
そのまま隊員たちと共に席を外すスプリガン隊長。何が何だか分からなくて助けを求める視線を送るが、隊員たちには「頑張って!」と言わんばかりにガッツポーズを送られてしまった。なんでだ。
「で、話とはなんだ」
ひとつ離れた席に静かに腰を下ろしたグリムリーパー隊長。…なんの心の準備もしていないのに、一体これはなんの仕打ちだと言うのだろう。
相変わらず彼のフルフェイスヘルメットの下の表情は読み取れない。
…が、作戦前の最後の時間を私に分けてくれたのだから、と。
私は意を決して口を開いた。
「あの。…ありがとうございます」
「…何の話だ?」
「…あの時。たった一人で戦っていた戦場にグリムリーパー隊が来てくれなかったら、私は死んでいました」
…表情は読めなくても、こちらに視線を向けられているのは何となくわかる。黙ったままの彼は、こちらの話を待っていてくれているのだろうか。
「ちゃんとお礼を言えてなかったので…わざわざ、ありがとうございます」
「…そうか」
「私、貴方のおかげでもう一度戦うことが出来ました。怖くたって、逃げ出したくても、戦わなくちゃ何も掴めないんだって」
「…お前は元々民間人だが、この戦争が始まった日から戦っているんだったな」
「あ…はい」
突然そう話し始めたグリムリーパー隊長。意図が読めなくて反応に困ってしまったが、私から少し視線を逸らしながら彼は続けた。
「この二年間を死なずに生きのびたのであれば、お前も立派な精鋭と言えるだろう。我々グリムリーパーやスプリガンのような部隊名を持たなかったとしても。自信を持て。お前は立派な戦士だ。
…こいつが生き残れば必ず人類のためになると、あの日感じたんだからな」
──まさかそんなことを言ってもらえるだなんて思わなくて、現実を受け止めきれなかった私は硬直してしまう。
しばらく沈黙の時間が続いて、いい加減痺れを切らしたらしいグリムリーパー隊長が言葉を発する。
「…おい、何か──」
…それと同時に、両目に溜め込んだ涙がぼろりとこぼれ落ちた。
フェンサーのそれと違って、ウイングダイバーのヘルメットは頭と顔の上半分のみを覆っていて目元以外は隠されていない。だから、グリムリーパー隊長からも私が泣いているのは分かっただろう。
「...お前は、元々フライトダンサーだと言っていたか」
「...は、い...」
「...本当なら、あの日基地で行われるはずだったフライトショーのような事をやっているのが似合うんだろう。だが──」
グリムリーパー隊長の視線が、私の肩口に移る。
「──ヘビーキャノンを構えるお前は、まるで燃え上がっているように見えた。お前の長く赤い髪が、夕暮れの中揺らめく炎のように見えたんだ。胸の内に秘めた闘志を見たように思った」
そこまで言って、グリムリーパー隊長は黙り込んだ。
──強い闘志を持っていると、人類のためになると、そう思って貰えたのなら。だったら、あの日助けてもらった価値が少しはあっただろうか。
「...そうなれたのは、グリムリーパー隊のおかげですよ」
「ふ、なら助けた甲斐があったな」
グリムリーパー隊長がほんの少しだけ笑った。
「あ!隊長、ダメじゃないっすか泣かせたら!」
「ち、ちがっ…私が勝手に泣いただけで…」
──その時、これから会議室へ向かうのだろう、装備をつけて近くを通ったグリムリーパー隊のメンバーがそう声をかけてきた。慌ててヘルメットを少しずらして涙をゴシゴシと拭く。
「もうすぐ作戦会議の時間ですね。行きましょう。お時間、ありがとうございました」
「…ああ」
それだけ言って椅子から立ち上がり、グリムリーパー隊に背を向けて小走りで作戦会議用のテントへ向かう。
──十分だ。十分すぎる。
戦いの前に余計な心労を増やしてはいけない。
「ちゃんと言いたいことは言えたか?」
目的地にたどり着くと、先に到着していたスプリガン隊長から声をかけられた。
「はい。…告白はしてませんけど」
「なんだ、しなかったのか」
「…プライマーを倒すことが出来たら、この戦いが終わったら、ちゃんと言います」
後から来たグリムリーパー隊のメンバーが、既に価値の無くなったお札を渡しあっているのを見ながら、笑ってスプリガン隊長にそう告げた。
「お前はバカだなぁ」
そう言いながら私の頭に軽く手を乗せるスプリガン隊長。
会議が終わったら、作戦が始まる。
作戦開始直前に、私の隊の人達とこんな話をした。
──隊長!どうなりました!?
──なんで目が赤いんです?なにか酷いことを言われたとか...。
──...隊長権限で、皆さんは明日から一週間豆のレーションだけの刑です。
隊員たちから驚きの声、その後にブーイングが続いた。
──私、一応隊長ですから。無礼な扱いを受けたらちゃんと罰を与えないと規律が乱れます。
──何を今更。
──なあ。
──と!とにかくそうなりましたからっ!
...ただ、それとは別に、ですよ。
熱くなる喉の奥。
何とかその衝動をこらえて、笑顔を作って続きを話す。
──もし、...もしも、皆で帰ってこられたら、その時は私のへそくりのお肉の缶詰をみんなで食べましょう。祝杯代わりです。
──マジすか!?
──肉なんてもう何ヶ月もまともに食べてないっすよ!
──こりゃあ一気にやる気が出てきちまったぜ!
わあわあと喜び踊り始める隊員たち。
彼らのその優しさに胸が熱くなる。涙をこらえて、私は一番大切なことを口にした。
──だから、...だから全員必ず生き残って、お肉の缶詰を食べましょう。絶対です。これは命令です。違えることは許しません。
──Sir!Yes Sir!!
「──約束、したじゃないですか」
地面に転がるアサルトライフルやショットガン。
私は更地となった街を進む。
作戦開始直後、戦いの始まりの日から何かと私を気にかけてくれる軍曹やその部隊の人達とも話をした。
──よう民間人!まさかお前がこんなところまで生き残るとはなぁ!
──しかも隊長らしいな?出世したもんだな。
──全く。まさか俺より上の立場になるなんて思いませんでしたよ。
──ここまで生き残ったお前は本物の戦士だ。...最後だ。俺より先に死ぬなよ。
──皆さんも。ダメですよ、私より先に死んだりしたら。
『軍曹が、倒れました』
無慈悲に告げられる現実。
オレンジと紫色の特徴的なヘルメットはよく目立つ。
近くに散らばるいくつかのモスグリーンの影も、何故だかよく目に入った。
私は、瓦礫の山を蹴る。
戦いの最中、ウイングダイバーとして見上げるべき目標でもあるスプリガン隊の人たちが、私にこう言ってくれた。
──この戦いが終わったらお前もスプリガン隊に入るというのはどうだ?
──ええっ!?
──少なくとも足手まといにはならないな。我々が嫌というほどウイングダイバーの心得を仕込んでやる。
──ちょっと、隊長を取られたら困りますよ!
──そう言うな。こいつは見込みがあるが、いざと言う時の勇気が足りん。それを私たちが叩き込んでやる!
『スプリガン、信号途絶』
それを聞いても、決して立ち止まってはいけない。そんなことは許されない。
彼女たちの勇姿を思い出して、私も空を飛ぶ。
──最後に残った敵を、倒した。
手の中にある黒い破片を握りしめた。
今ここには、私一人だ。
誰もいなくなった戦場でただ一人。
立ち尽くすことしか、できなかった。
──作戦開始から少し経った頃。
ほとんど死傷者を出さずに敵の大群を片付けたと思ったら、突如現れたγ型の大軍。
戦いは終わったと思ってしまった私は、その時反応が少し遅れた。
──避けろッッッッ!!!!
そう聞こえたのと同時に全身を襲ったとてつもない衝撃。私はそのまま弾き飛ばされた。
──パワードスケルトンっていうのは、車と同じだ。ぶつかると危ないよ。
何故か、遠い昔に目の前で殺されたあの男の人が言っていた言葉を思い出していた。
──え、
──『██████、████』
──隊長!!一度さがりましょう!!!
──でも
──分かってます!!でも、行かなきゃ死にます!!!
そう言われ、私は全力でブーストをふかしてその場を離れた。
隊員たちの声と重なって聞こえなかった通信がなんだったのかなど、考える余裕もなかった。
減らない敵。減っていく仲間たちの声。
私とスプリガン隊は、ひたすらに空を飛んでγ型の破壊に専念した。
飛んで、飛んで。
飛び続けて──。
あるγ型の死骸の中に、血にまみれた黒い影を見つけた。
──『グリムリーパー、信号途絶』。
唐突に聞き取れなかった通信の内容を理解する。
あの時ぶつかったのは、グリムリーパー隊長だった。
一瞬だけ地面に降り立った。すぐさま地面を蹴り、再び空へと戻る。
──その手に小さな黒い破片を握りしめて。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。