第4話

No.4 地下通路は妄想に最適
64
2026/02/09 07:00 更新
帰り道。
地下通路に入った瞬間、音が途切れた。
車の音も、誰かの話し声も、
全部コンクリートに吸い込まれていく。
 
代わりに頭に残ったのは、
自分の足音と、呼吸と、考えすぎる頭だった。
 
考えないでおこうと思う。
何も知らないんだから、
私に妄想する資格なんて、どこにもない。
そう思い込ませるのに、私の思考は勝手に前に進む。
 
もし、あれが本当に意図的だったら。
 
その一文が頭に浮かんだ瞬間から、
妄想は止まらなくなる。
理由を、根拠もなく勝手に並べ始める。
 
受験を終えた帰りだったかもしれない。
答えが、想像以上にわからなかったのかもしれない。
「大丈夫だよ。」と言われて、
余計に何も言えなくなった夜があったかもしれない。
 
家に帰っても、誰にも気づかれなかった可能性。
逆に気づかれすぎて、息ができなかった可能性。
 
友達と笑って別れたあとで、
孤独ひとりになった瞬間に、全部か重くなった可能性。
 
どれも、ありえてしまう。
ありえてしまうから、頭から離れない。
 
妄想は、都合よく現実を補完してしまう。
証拠も、根拠もいらない。
「そうだったかもしれない」という形で、
最悪だけを積み上げていく。
 
もしかしたら、誰かに相談しようとしたこともあったかもしれない。
でも、その相手が忙しそうだったかもしれない。
「迷惑かもしれない」と思って、
やめてしまったかもしれない。
 
もしかしたら、何度も「大丈夫?」と聞かれて、
そのたびに「大丈夫」と答える練習だけが上手くなってしまったのかもしれない。
 
私は、何も知らない。
それなのに、頭の中では、
「知らない誰か」の物語が勝手に完成していく。
 
そして、最悪の先まで想像してしまう。
 
もし、生きていたら。
 
目を覚ました瞬間に、事情を知らされる場面。
謝らなければならない空気感。
責任という言葉。
罰金の金額の話。
 
「反省しているのか」
「周りに迷惑をかけた自覚はあるのか」
 
そんな言葉を浴びせられる想像が、
簡単にできてしまう。
 
世間は、生き延びた人に優しくない。
むしろ、
「知らない他人であることに変わらないなら叩いていい」
と思っている節がある。
 
一方で、何も語らなければ、
今度は勝手な物語を作って、獲物として消費する。
 
どちらに転んでも、
本人の声は置き去りにされる。
 
そんな未来じごくを思い浮かべてしまって、
「生きてほしい」と願えない自分に気づく。
 
願えない自分が、冷たい人間みたいで、
それもまた、嫌になる。
 
地下通路の天井を見上げる。
低くて、逃げ場がない。
 
ここでは、誰も何も言わない。
でも、何も言われない分、
世間の声を、自分で再生してしまう。
 
「迷惑。」
「自己中心的。」
「甘え。」
 
聞こえないはずの言葉が、はっきりと聞こえる。
 
世間という名の、無数の個人の集合体は、
こうやって個人の中に住みつく。
実際には誰も何も言っていなくても、
もう言われたのと同じ重さで心に根を張る。
 
私は足を止める。
これ以上歩いたら、
考えに追いつかれてしまいそうだった。
 
考えすぎだとわかっている。
妄想だともわかっている。
 
でも、電車が止まったという事実だけは、本物だ。
そして、この現実が、
ここまで想像させてしまう世間も、本物だ。
 
地下通路で、視界が滲む。
私に涙を堪える強さなんてなかった。
ここなら、誰にも見られない。
誰にも評価されない。
 
それが、少しだけ救いで、
同時に、とても残酷だった。
 
1354文字

プリ小説オーディオドラマ