第26話

24話
50
2026/02/24 00:13 更新
磴塔真
磴塔真
どうぞ、こちらにお掛けください。
見た目は氷のようですが、座り心地は悪くありませんよ


副寮長が椅子を引いて促すので、あなたは会釈してそこに座る。

彼の言う通り、椅子は想像より温かく、柔らかな感触だった。


目の前に置かれたテーブルの真ん中には、
透明なガラスとすりガラスが交互に並んだ、
美しいガラス製のチェス盤が置かれている。




磴塔真
磴塔真
ここで少々お待ちくださいね


そう言って副寮長は部屋の隅に移動すると、かちゃかちゃと音を立てながら、手際よくティーセットの用意を済ませた。


磴塔真
磴塔真
インド産の最高級ダージリンです。
お口に合えば良いのですが
(なまえ)
あなた
ありがとうございます。
……すごく良い香り……
磴塔真
磴塔真
それは良かった。
この茶葉は寮長の好物なのですが……しばらく飲んでいただけないようなので、廃棄するか迷っていたんです


『寮長』という言葉に、あなたはピタッと一瞬固まってしまう。

向かいに座った副寮長と目が合う。


磴塔真
磴塔真
先ほど貴方が部屋を覗き見してからというもの、寮長が非常にご立腹でしてね。
ついに私まで、寮長室への出入りを禁止されてしまいました。
いやはや、非常に困りました……
(なまえ)
あなた
すみません……。
でも、私だけのせいでは……
磴塔真
磴塔真
……ほう。
やはりあの時、しっかりと覗いていらっしゃったようで
(なまえ)
あなた
…………
磴塔真
磴塔真
まあ、良いでしょう。
ところで貴方、チェスは指せますか?


副寮長が尋ねると、先ほどの巨大なチェスピースたちが、キン、キン、と音を立てて集まってくる。


(なまえ)
あなた
(さっきは一種類しかいなかったけど、ちゃんといろんな駒が揃ってるんだ……)
磴塔真
磴塔真
この「チェスピース」は我が寮で保護し、活用している「怪異」なのですが……侵入者の悪意や邪心を感知すると、巨大化して攻撃するという代物です。
そう身構えずとも、襲いはしませんよ。
あなたに悪意がなければ、ね
(なまえ)
あなた
悪意なんて……


あなたが返答に困っていると、
副寮長が突然、ぱちんと指を鳴らす。


次の瞬間、「チェスピース」は光を帯びて小さくなり、
放物線を描きながら、目の前のチェス盤に次々と飛び込んだ。


磴塔真
磴塔真
さて、お先にどうぞ。
チェスは先手が有利ですので
(なまえ)
あなた
これは一体、どういったお話で……?
磴塔真
磴塔真
わかりませんか?
では、私が勝ち方を教えて差し上げましょう。
まずこのポーンを、二歩進めてください
(なまえ)
あなた
……はい
磴塔真
磴塔真
次は私の番です

副寮長は、あなたが駒を動かすたびに、
自分の駒にも全く同じ動きをさせ続けた。


彼女の正体を探るような、温度のない瞳で、
……じっと、こちらを見つめながら。


磴塔真
磴塔真
……どうされましたか?
(なまえ)
あなた
いえ……
磴塔真
磴塔真
とてもお上手ですよ。
次はこちら、クイーンの駒を
(なまえ)
あなた
はい……

言われるがまま、クイーンの駒を手に取り、動かそうとした、次の瞬間──

突然、副寮長に手を掴まれた。


磴塔真
磴塔真
《アルギアス》
(なまえ)
あなた
……え?


副寮長は、トントン、とチェス盤を指で叩き、あなたはクイーンの駒を落とす。


磴塔真
磴塔真
チェック
(なまえ)
あなた
……っ!?


脳を直接揺さぶるような声が、
背中、下半身、そしてつま先を駆け抜ける。


(なまえ)
あなた
(何……これ……?)
 
副寮長は、あなたの手を握ったままなぜか満足そうに彼女を見つめていた。




















歩二魁斗
歩二魁斗
……遅い。
遅い、遅い、遅い、遅い、遅い、遅い、遅い!!
『すぐに終わります』とか言って!?
あの人絶対腹黒だし!!
ハッ!?
まさかセクハラしてんじゃないのォ!?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
こら、下品な言い方はやめなさい。
そんなわけないだろう?
歩二魁斗
歩二魁斗
いんや!
絶対怪しいね!!
あんなやらしい眼鏡かけるか普通ゥ!?
歩二魁斗
歩二魁斗
(……待てよ、落ち着け魁斗。
ピンチがチャンスって婆ちゃんもよく言ってただろ。
こういう時に男の真価が問われるんだ。
今こそあなたちゃんにアピるべし……。
吊り橋効果で好感度ブチ上げって、メンズアンアにも書いてあったじゃん!!)












歩二魁斗
歩二魁斗
し、失礼しま〜ァァァアアアア!!??
(なまえ)
あなた
あ、魁斗くん
歩二魁斗
歩二魁斗
手!手!手!手ェェエエ!?
なんで握ってんの!?
ねえなんでェ!?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
手?
……ああ、あのふたりか。
よく見えたね。魁斗は目が良いんだな


副寮長はあなたの手を離すと、いつの間にか外していた手袋をはめ直し、わざとらしくため息をついた。


磴塔真
磴塔真
まったく、貴方たちには入室のマナーから指導しなければいけないのでしょうか。
……おや?


突然、盤上にいた「チェスピース」たちが魁斗の前に飛び出したかと思えば、先ほどの巨大な姿へと戻っていく。


歩二魁斗
歩二魁斗
ギャ!?
ななななんだよ!?
やんのか!?
おれはやんないよ!?
磴塔真
磴塔真
この反応は……
歩二魁斗
歩二魁斗
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
もう出て行きますから許してェエエエ!!
磴塔真
磴塔真
……まあ良いでしょう。
それではあなたさん、彼らの監査をよろしくお願いします
(なまえ)
あなた
(特待生から名前呼びに変わった……?)
(なまえ)
あなた
はい……


副寮長は、何事もなかったかのようにティーセットを片付け始める。


磴塔真
磴塔真
ああ、最後にもうひとつ。
今後、私のことは『磴』と呼ぶように。
副寮長という役職は他寮にもいますから混乱を招きます。
エラントくん、貴方も
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
わかりました、磴さん
磴塔真
磴塔真
それでは全員、持ち場に戻ってください。
私は急用を思い出しましたので、お先に失礼


磴が立ち去ると同時に、「チェスピース」たちも後退していく。

魁斗の大きなため息が、宝物庫の氷と共鳴して、部屋中に響き渡った。






















磴塔真
磴塔真
入室をお許しいただき、感謝します
冠氷尋
冠氷尋
チッ……何が『チェック』だ
磴塔真
磴塔真
おや、私の声が聞こえましたか?
冠氷尋
冠氷尋
白々しい。
どうやってこの部屋の防音を突破した?
磴塔真
磴塔真
なるほど。
やはり単純に「スティグマ」の効果が増強すると考えて良さそうですね
冠氷尋
冠氷尋
……あの女か
磴塔真
磴塔真
はい。
念のため、入学式での理事長の説明が真実なのか、確かめてきました。
たしかに、彼女にはグールに対する強化能力が宿っている。
「怪異」による防音効果を越え、貴方に私の声が届いたのが、その証拠です。
彼女の力があれば、貴方の「スティグマ」も──
冠氷尋
冠氷尋
……どうでもいい。
おい、レコードをかけろ。
……ヨハン・シュトラウスだ
磴塔真
磴塔真
……ヨハンシュ?
一体どれのことでしょうか
冠氷尋
冠氷尋
お前、そんなこともわからねえのか?
何が副寮長様だよ、クソが
磴塔真
磴塔真
……少なくとも寮長様より働いております
冠氷尋
冠氷尋
……もういい。
下がれ
磴塔真
磴塔真
いえ、まだ話は終わっていません。
例の「怪異事件」に、新たな情報が入りました。
こちら、学園から提供された追加資料です。
証拠の動画は、先ほど貴方にお送りしました
冠氷尋
冠氷尋
…………
磴塔真
磴塔真
念のため、口頭でも説明させていただきます。
監視カメラに映っている子供は、この時には間違いなく死亡していたはずです。
しかし、未だに身元はわからず──
冠氷尋
冠氷尋
孤児だ。
身元不明遺体の正体
磴塔真
磴塔真
おや。
やはりご覧になっていたのですね
冠氷尋
冠氷尋
……あるだろ。
代々木の方に、一箇所
磴塔真
磴塔真
気が進みませんね。
もちろん、今回も貴方の推理を信じて現地調査しますが……そこまでわかっているなら、一緒にいらしてはどうです?
冠氷尋
冠氷尋
…………。
……いや、お前に任せる
磴塔真
磴塔真
はあ。
まったく……
冠氷尋
冠氷尋
わざとらしい。
俺の前でため息を吐くなと何度言ったらわかる
磴塔真
磴塔真
いえ、感謝で胸がいっぱいで。
こうして安全な場所でお利口にしていてくださり、心配事が少なくて済みます
冠氷尋
冠氷尋
お前……いつから俺に嫌味が言えるほど偉くなったんだ?
あ?
磴塔真
磴塔真
…………
冠氷尋
冠氷尋
…………
磴塔真
磴塔真
ですが、このままでは隠し切れませんよ
冠氷尋
冠氷尋
……今度は俺を売るつもりか、塔真
磴塔真
磴塔真
……はあ……
冠氷尋
冠氷尋
いい加減、下がれ
磴塔真
磴塔真
……やはり、まだ使えないのですね。
承知しました、ゆっくりとお休みください。
しかし、こんなことを続けていても、大した時間稼ぎになりませんよ
冠氷尋
冠氷尋
そりゃそうだ。
ここにまともな奴なんかひとりもいねぇ。
俺は格好の餌食だ
磴塔真
磴塔真
…………
冠氷尋
冠氷尋
失せろ
磴塔真
磴塔真
……承知しました
冠氷尋
冠氷尋
……チッ……






















魁斗の提案で、夕食は学食ではなく、最近、学園の西側に出来たばかりだというダイナーに行くことになった。


歩二魁斗
歩二魁斗
その名も『ミステリー・ダイナー』!
ここ、ずっと気になってたんだよね〜!
学食の飯って美味いけど、なんか完璧すぎて味気ないんだよなあ……お、空いてる
白波蓮
白波蓮
……しゃっせー、何名様っすか?
歩二魁斗
歩二魁斗
あ、3人です!
って、あれ?
きみは……1年生の白波蓮くん、だっけ
白波蓮
白波蓮
……はい?
そっすけど。
どちら様?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
イギリス校から来たルーカス・エラントです。
彼は歩二魁斗。
彼女はあなただ。
そして君は、たしか魁斗が頼まれても着ないと言っていた、ツナギの──
歩二魁斗
歩二魁斗
わぁァアアアアア!?
ジャ、ジャバウォックのあのツナギ、超いいよね!?
う、動きやすそうでさ!
白波蓮
白波蓮
はぁ?
馬鹿にしてんすか?
あんなだっせぇ服のどこがいいっつーんだよ……。
……冷やかしなら帰ってもらえます?
歩二魁斗
歩二魁斗
ヒッ!
あ、いやいや!
おれら客!
なんかごめんね!?
ほら、ルカも謝れ!
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
魁斗が失礼なことを言って、すまない
歩二魁斗
歩二魁斗
おれのせいなの!?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
魁斗。
君は謝るのか反論するのか、どっちなんだ?
歩二魁斗
歩二魁斗
今のそんな責められるようなことォ!?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
それにしても蓮くんは大きいね。
格闘技は何を?
白波蓮
白波蓮
格闘技なんてやってませんけど……客なら座ってくれません?
そこ、邪魔っす
歩二魁斗
歩二魁斗
あ、まじだ。
ここ出入口だからさ、さっさと座ろうぜ!
ほら、あそこ!
白波蓮
白波蓮
はぁ……このままノーゲスで帰れると思ったのに……最悪だ……


真っ赤なベンチに座り、店内を見渡す。

ポップだけれど、どこかレトロな雰囲気を感じる内装に、心做しかわくわくしてくる。





ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
ちょうど夕食時のはずなのに、俺たち以外に客がいない。
妙だな
歩二魁斗
歩二魁斗
……実はここ、店自体が「怪異」らしい。
学園が調査ついでに管理してるって話だけど
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
店自体が「怪異」だって……?
それが、こんな管理体制で大丈夫なのか?


たしかに、店員らしき人物はさっきの気だるげな1年生の子だけで、しかも彼は今、カウンターに座ってスマホをいじっている。


歩二魁斗
歩二魁斗
おい、怖いこと言うなよ……ま、まあ、そもそもこの学園自体も「怪異」だしな。
中に1個や2個増えたくらいじゃ、大して変わんないんじゃねえの?
(なまえ)
あなた
そうなんですね……
歩二魁斗
歩二魁斗
そそ。
だから校舎とかさ、外観の大きさと中の広さが全然違うじゃん。
あれも全部──
白波蓮
白波蓮
……あの、注文まだっすか?
歩二魁斗
歩二魁斗
やべ、忘れてた……えーっと、今日のおれの胃袋は……オッケー、ハンバーガーの気分ね


魁斗がメニューを指差しながら、美味しそうな写真に添えられた、ちょっと不思議な料理名を、淡々と読み上げていく。


歩二魁斗
歩二魁斗
『ケシ冷やし麺』……『猿アイス』……変な名前のメニューばっかだな……。
お、あったあった!
って、なにバーガー?
虫偏に、丘に……やべ、漢字が読めねえ……
白波蓮
白波蓮
あー、これっすか?
俺も読めないっす。
ここのバイト、今日が初日なんで
歩二魁斗
歩二魁斗
あの……白波くん?
これなんて読むかえらい人とかに聞いてもらえないかな〜?
なんて……
白波蓮
白波蓮
あ、無理っすね。
うちの店長とか、喋れない系の「怪異」なんで
歩二魁斗
歩二魁斗
あ、そっち系ね!
うんうん!
了解!


その時、制服のポケットがブルっと震え、あなたとルカは同時にスマホを取り出す。


ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
「出動承認」の通知だ。
これでようやく任務に行くことができる
歩二魁斗
歩二魁斗
うわあ、まじか……
白波蓮
白波蓮
……早く決めてもらっていいっすか?
歩二魁斗
歩二魁斗
あ、ごめん!
じゃあ、おれはこのなんとかバーガーで!
ふたりは!?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
俺は魁斗と同じもので良いよ
(なまえ)
あなた
それじゃ、私も同じもので……


あなたは、読み方がわからないのに頼んでいいのか、メニュー見ておいた方が良かったかな、と言ってからふと気づく。



料理を待つ間、あなたたちはおのずと初任務の話題になった。


ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
今回は「低ランク任務」とはいえ、調査対象は正体不明の人物だ。
今日はもう遅いし、出動は明日の午後に。
慎重を期すため、下調べから始めよう
歩二魁斗
歩二魁斗
……それ、おれも行かなきゃダメ?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
俺とあなたのふたりで行くのか?
そんなに嫌なら無理強いはしないけど……
歩二魁斗
歩二魁斗
(そうか……おれが行かなかったら、ルカとあなたちゃんがふたりきりで……)
歩二魁斗
歩二魁斗
い、行くって。
一応、聞いただけだし


そう言って、スマホを眺め始める魁斗につられて、あなたもスマホの画面に目を落とす。


(なまえ)
あなた
明日の現場は……代々木駅の近くですね
歩二魁斗
歩二魁斗
まじ?
原宿近いじゃん!
超久々だ〜!
ねね、帰りにどっか寄ってこうぜ!
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
こら。
日本校でも、任務中の私的な行動は禁止されているはずだよ
歩二魁斗
歩二魁斗
え、ちょっとくらい、いいじゃん……
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
ひとまず明日、授業が終わったら準備して、「銀河鉄道」の駅前で待ち合わせよう
歩二魁斗
歩二魁斗
ルカって極端だよな。
遊び心を忘れた男ってモテねえよ?
(なまえ)
あなた
「銀河鉄道」の駅前って、昨日の改札で合ってます……?
ルーカス・エラント
ルーカス・エラント
うん。
3時になったら学園を出る。
それまでに来てくれると助かるよ
白波蓮
白波蓮
……お待たせしました…………なんとかバーガー、3つっす……


蓮が料理を持ってきてくれる。
そんな彼の顔は青ざめていた。


歩二魁斗
歩二魁斗
あ、ありがと!
わ〜すげえ美味そう……ってなんか動いてるゥゥウウウウ!?


あなたはメニューを手に取り見てみる。

料理名のところには、『蚯蚓バーガー』という文字が書かれていた。


それを見てあなたは、メニューをちゃんと見ておけば良かった、と後悔した。


(なまえ)
あなた
……み、みみず、です……この漢字……



その場が静寂に包まれたのは言うまでもない。



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