上官「今回の任務はプロタゴニスト国への潜入、情報の奪取、そして反逆者の殺害だ」
上官「反逆者の中にはプロタゴニスト国の幹部であり元王族…コネシマがいる」
上官「あの方も殺害対象だ。お前なら、やってくれるだろ?」
後ろで掴んだ手首の1ヵ所を軽く押す。ずっと前からある、そこに入った盗聴機の固さを忌々しく思いながらも、上官の命令に従う。
入隊試験の筆記はてんで駄目だったけれど、実技試験でそれなりに上位の順位に入ることで合格をもぎ取り、軍人として働きながら重要性のない情報を送る。怒りのメールなんて知ったことじゃないね。このまま出来るだけ長く俺はここで生きるんや。その後殺されるんなら、諦めもつくやろ。
さて、そんなこんなで数ヵ月がたったんですけど
なーんでこんなことになってるんでしょうね
ここは食堂、周りの隠密部隊の同期達は既に避難済みで、好奇の目に晒される俺。
そういえば、自分の隊のスパイを報告すると褒賞金が出るんだったな、俺はそのために異動させられるんか…?
無理矢理手を取られ、席から引きずり下ろされる。反対の手を伸ばして必死に机を掴むが、固定されていない机は簡単に倒れ手からはなれていく。
その机が倒れるけたたましい音で緩んだ、コネシマさんの手を押し退け、食堂を飛び出した。
あのままでは、コネシマさんに泣きついてしまいそうだった。
頭の中で、俺が叫ぶ
『もう嫌だ、ずっとここにいたい、戻りたくない』
上官が、仲間の幻影が叫ぶ
『裏切るな、恩を仇で返すな、能無しは殺す』
重要な情報を盗ることも、かつての仲間を殺すことも出来ない
助けを求め、行動をすることも出来ない
祖国を裏切ることも、今を壊すことも出来ない
生きることが後ろめたく、死ぬことも恐ろしい
ただ冷めていくぬるま湯に浸かっているようだった
かけ込んだトイレで、洗面台にもたれ掛かる。目の前の鏡に眼を向けると、ずいぶんと血色の悪い自分がいた。
(あぁ、腹減ったな)
考えを別のことに移し、現実逃避をする。今考えて分からなければ、明日の俺が頑張ってくれる。明日の俺が分からなければ、明後日の俺が頑張ってくれる。
昨日や一昨日の俺と同じように未来の俺にすがる。
なんの解決にもならないと知っていながら見ないようにしてしまう。
その後、ずっと喫煙室の中で煙草を吸っていた。煙草がなくなっても居座り続け、今日の訓練を全部サボった。
喫煙室のすみで三角座りをして、膝の間に顔を埋める俺がどれだけ滑稽だったかは知りたくない。ただ、俺らの軍の規則「踏み込まない」がここでも働いてくれるお陰で、誰も俺に何があったのかは聞かない。顔を上げると、お地蔵さんよろしくお菓子やジュース、煙草の箱なんかが置いてあるだけ。
その中の煙草の一つが目に入った。
忘れるはずもない。コネシマさんが俺の名前に似てる、というだけですすめてきた煙草。俺の名前を知ってる人が連想して置いていったのかもしれない。
けど、
けど!
掴んだ開封済みの煙草の箱の中には、数本の煙草が入っているだけだった。
あの後、俺は部屋に籠り気味だった。それを心配した隊長がわざわざお見舞いに来てくれたらしい
ベッドで上体を起こした俺の両肩を、隊長が遠慮がちに掴む。
隊長の眼は、どこか遠くを見ていた。俺を見ながら、他の者を見ている。
隊長の普段は隠れている目が目の前にある。いつもは吊り上げられた口角がへの字にまがり、口調は懇願するような形に変わっていく
隊長は肩にのせた手に頭をのせ、小さな、消えそうな声でポツリとこぼした。
そんな隊長に感情も引っ張られたのだろうか、涙がこぼれた。けれど、あくまで平静装う。もし、聞かれてしまったら祖国の非国民リストに俺の名前が載ることになる。
俺はぼろぼろ泣きながら隊長を押して離れてもらった。
震える声を必死に止めながら、大丈夫と言う。
納得のいかない表情のまま、隊長は離れていく。当然だ。こんなに泣いていては、隠し事をしていると言ったようなものだ。ベッドに潜り込んで、体を丸める。隊長の扉を閉める音が大きめに部屋に響いた。
何もしないで欲しい。俺のことはその辺にいる兵士と同じように、驚異でも一目置くほどでもないただの兵士として放っておいてほしかった。
ショッピ殿へ
貴殿を幹部へと昇格させることが会議により決定された。速やかに荷物をまとめ、仕事の引き継ぎをするように。これは決定事項である。
あぁ、今の俺は上手く笑えているだろうか












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!