ツンと鼻を突く腐敗臭に、顔の回りを飛び回るハエ。ぐったりと投げ出した手足は邪魔くさそうに、その辺の枝のように跨がれるだけ。スラムでは見慣れた行き倒れの子供の一人。昨日も見たソイツらに、晴れて俺も仲間入りってところか。
はは、嬉しくないな。
マトモなご飯を最後に食べたのは、暖かいところで、屋根の下で眠れたのはいつだっけ。
少しも動かない手足と、瞬きを、呼吸だけをするだけの体。
死んだら、どうなるんやろ。
勉強なんてしたことのない俺にはなにもわからない。けど、今よりは良いところだと良いな。
目の前のハエがうざったくて目をつむる。意識が沈んでいくのを感じて、それに抗わず目を閉じたままでいると、ふいに乱暴に手を掴まれ、引き起こされた。驚いて目を開けると、何人かの男が俺を持ち上げて見つめていた。
人攫いか。
珍しくもなんともない奴らだ。若ければ男だろうが女だろうが関係なく連れ去っていく連中。連れていかれた先は誰も知らないけれど、とても酷いところらしい。
そんなことを考えているうちに、袋の中に俺は突っ込まれた。せっかくの商品なのに大事にしないのは、使い捨てられるからなのか。まぁ、どうでも良いか。死ぬのが少し先になるだけだ。
付いた先は檻の中。突っ込まれた俺は売られるのか飼われるのか。一瞬考え、眼を閉じ耳を塞ぐ。なにも見えない、なにも聞こえない、なにも感じない。俺は石。俺は石。俺は石。何度も頭の中で繰り返す。
起きていたのか、眠っていたのか。はたまた気絶していたのか。いい匂いで眼を開く。目の前の床には、今置かれたばかりであろうパンとスープが。それに手を伸ばし、小さく一かじり。今まで食べたこともないような美味しいパンだった。次にスープを少し口に含むと、甘いスープは滑るように喉を通り抜けていく。何日ぶり、何ヵ月ぶりのちゃんとしたご飯だった。相変わらず檻の中で、次のご飯はいつかわからない。スープは溢してしまうと勿体ないから飲み干し、パンは膝に抱えて一度眠ることにした。
眩しくて目を覚ます。
ここは何処だろう。
何で俺は縛られてるんだろう。
この人達は誰だろう
俺の口に何をつけてるの
その刃物はなに
そのはりはなに
ねむい、おれになにをしたの
おれになにをするの
やめろ
やめろ
こわい
なんで
やだ
たすけて
俺は実験体
今日も実験
人を殺した
簡単に殺せた
殺したからご飯をもらえた
ビリビリもされなかった
よかった
隣の檻の声が聞こえない
死んだみたい
俺じゃなくてよかった
最近胸が痛い
咳もいっぱい
博士が言うにはカイリョウノヨチアリなんだって
失敗だって
こんなに頑張ってるけど、そろそろ俺のご飯を無くして俺を殺すんだって
ひどいね
博士達がいなくなった
バレたんだって
悪いことしてたことが悪い奴らに
博士は俺に敵を殺させようとしたけど
出来なかった
ご飯もらえなくて
フラフラで
戦えなかったから
悪い奴らの前で倒れちゃった
なんにも出来なかった
目を覚ましたら病院で、俺を引き取りたいって人がいた
スラムでは見ることも出来ないような、キレイな人
金色の髪と、青空の眼
いろいろ話してくれた
俺はこれから軍人になること
俺を幸せにしたいこと
勉強をさせてくれること
あまり信じていなかった
すぐに物みたいに使われるんだと思ってた
けれど、その人…グルッペンはやさしかった
戦いたくなければ戦わなくて良いと言ってくれた
俺にお金もくれた
産まれて始めて、幸せを感じた
この国が、みんなが、グルッペンが、大好きになった
血を吐いても、世界がグルグルしてても、心臓がグズグズにされそうな痛みも、見て見ぬふりをした
スラムの出身だと知られたくなかった
こんな汚い俺を知られたくなかった
『仲間と一緒に笑っていたい』
知られたら、きっと幻滅される
スラムに偏見を持つ人は多い
幹部の俺が、スラム出身だとバレたら
人体実験の実験体だと知られたら
きっと追い出される
みんなが悪く言われる
隠さないと、隠さないと
記録を消して、出自を消して
前の自分を全部消して
俺はロボロだ
プロタゴニスト国の幹部のロボロだ
スラム産まれの実験体じゃない
あれは俺じゃない
グルッペンから、幹部の情報を書いた紙をもらった。
出身や体重など、簡単な情報だ。
システムセキュリティ部隊の隊長として、幹部の情報を守るのも仕事の一つ。
自分の過去と踏ん切りをつけたいという想いから変更する幹部が何人か出たらしい。
見てみると、今までの情報と出身や年齢が違う。
スラムは勿論、捨て子や貴族に戦争孤児なんてものもいた。
年齢も、多くしていたり少なくしていたりと様々だ。
皆の見られたくないものを見てしまったようで思わず眼をそらす。
実際に、これは皆が見られたくないものだ。知られたくないものだ。
皆が自分の意志でこれを書いたのだ。
俺も申請すれば書くことが出来る。
誰にも見られることはなく。
けれど、確かに記録されるもの。
俺は、これに真実を書くべきなのだろうか。
氏名:ロボロ
所属:軍内部システムセキュリティ類責任者
及び他国ネットワーク侵入部隊副隊長
遠距離部隊A班班長
出身:防霜国北にあるスラム街
年齢:推定24歳
身長:122cm
体重:56kg
持病等:・人体実験の名残による成長停止
・脈拍等の異常








![[参加型?]空の上で最後の遺言を、](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/fLidrLhRSUUik4ZkTr7M83BhU0V2/cover/01KCTXMWS5RZ2WT40YN9XJ0C3Y_resized_240x340.jpg)



編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。