第11話

はじまりの夜
28
2026/03/23 11:19 更新







 彼女は助手席に迷いなく乗り込んだ。









 彼は何も言わない。


 エンジンがかかる。


 窓越しに、ほんの一瞬だけ目が合った。










 その視線は、あの夜よりも遠い。









 車は滑るように走り去る。











 私は、ただ立っていた。


 追わない。


 呼ばない。













 そんな資格は、最初からない。
 












 ――昔の話。
 










 その言葉が、何度も胸の奥で反芻される。












 触れたことのある人間の距離。


 触れたことのない私の距離。


 どちらが近いのか、分からない。
 











 数日後、終業式。






 春休みが始まる。












 時間はあるのに、落ち着かない。












 教室の窓から見える校庭は、いつも通りなのに、


 私の中だけが、少しずつ変わっている。


 名前も知らない人。


 関係も定義されていない。


 それなのに、気になる。













 どういう過去を共有しているのか。


 どうして彼は、あんな顔をしたのか。


 そして――














 なぜ、私はあの夜を忘れられないのか。
 












 春は、何かを始める季節だと聞く。


 でも、始まりには必ず、


 まだ終わっていない何かが混ざっている。












 私は知らない。













 この春が、どこへ続いているのか。

プリ小説オーディオドラマ