第8話

7話:獣と優しさの狭間で
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2025/05/28 08:00 更新


芥川
答えろ、人虎


芥川の声は冷徹で、だがどこか焦燥を帯びていた


証言台に立つ敦の前に立ちはだかるその姿は、裁判官よりも裁判官らしかった





敦は黙って芥川の視線を受け止めていた



問いは単純だったが――答えるには、あまりに重い






……鏡花ちゃんは、俺にとって――


言いかけて、言葉が喉で詰まる




思い浮かぶのは、あの日


手を伸ばせば届いた距離にいた彼女が、恐れるように後ろを向いた場面だった









“僕の気持ちは重い?”





云えなかった










その一言すら、届かなかった



だから彼女は、黙って遠ざかったのだ







……守りたいって、思ってた
最初は……ただ、それだけだったんだ
芥川
つまり、“対象”だと?


芥川が切り込む



だが敦はゆっくり首を振った
でも違った……僕は、鏡花ちゃんと同じところに立ちたかった

一緒に笑って、怒って、泣いて――隣にいたかった
僕の気持ちは、守るだけの“優しさ”じゃない
彼女の痛みも、過去も、全部ひっくるめて抱きしめたいと……






……そう思ったんだ


芥川の瞳が揺れた



その言葉には、かつての自分にはなかった“甘さ”と、同時に“強さ”があった



芥川
……くだらぬ感情論だと思っていたが……
太宰
芥川君


太宰が、ゆっくりと立ち上がった
太宰
君の問いはとても鋭かったよ
でもね、裁判ってのは事実だけじゃ裁けない
太宰
時には、誰かが流した涙の理由に――“寄り添う”ことも必要なんだ


芥川が眉をひそめる
芥川
それが、武器にもならぬ感情を肯定する理由になると?
いくら太宰さんと云えど、納得する理由にはならぬ
太宰
否、感情は時に暴力よりも深く、人を壊すからね
だからこそ、“向き合う覚悟”が試されるのさ


しんと静まった法廷で、その会話は誰の心にも残響を残した





傍聴席の隅で、鏡花はじっとその様子を見つめていた


敦の言葉に、何度も息を飲みそうになりながら――心の奥が、じわりと熱を持っていた




鏡花
(どうして……あの時、私は……)



彼の真剣な目を、正面から見つめられなかった




心の奥に残るのは、自分に押し寄せる“罪悪感”だった










――彼の気持ちを、怖がって逃げたのは、私の方














その時だった
乱歩
おっと……
乱歩が唐突に口を開いた
乱歩
そろそろ、“次の証人”の出番だね
僕、気になってたんだよ
乱歩
“彼女”の証言が、まだ出てきてないことに
太宰が目を細める


太宰
ルーシーちゃんのことですか?
乱歩はにんまりと笑って、指を一本立てた
乱歩
それに、証言台に立ってない“あの人”の本音も、そろそろ聞きたいところじゃないかい?



その言葉に、傍聴席の一角で、ルーシーが顔を伏せる









そしてもう一人――鏡花自身が、まっすぐと証言台を見つめていた




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