「お…またせいたしました。こちら、本日のランチでございます。」
タイミングよく(よくはないか)開いたドアからは当然あなたちゃんがランチを片手に入ってきた。分かりにくいが、これは職務中だから笑いをこらえている顔だ。意外とゲラなのもかわいいところ。
「もー、笑っていいから!そんなこらえなくていいって!」
「いや、多分これ、まさかの体勢のジェシー見てお姉さん戸惑ってるだけだと思う。」
「とりあえず降りろ?」
コーチに言われて、そういえば机に腰かけていたことを思い出した。あまりお行儀がよろしくない。
コホンと咳払いをして俺が居直ると、あなたちゃんがくすりと笑ってくれた気がした。
せっかくだからもう少し話していたくて、コーチを横目にちょっと甘えた声でおねだりすると、あなたちゃんは全員の分の飲み物をもってきてからオレの隣の空いていた席に座った。
「そういえば、明日は雑誌の撮影なんですね。髙地さんも一緒なんですか?」
さっきここに入る前にすこしだけ聞こえてしまって、とあなたちゃんが眉を下げた。別に気にしなくったっていいのに、律儀なところも好きだ。軽く返事をするコーチに相槌を打ちながらパスタを頬張る。うん、今日もおいしい。
「場所、吉祥寺あたりだっけ?」
「んー、確かそうだったかな。いや、なんかダメになったから変わるって言ってたっけ?」
「あんま覚えてねーや。」
コーヒーを啜りながら思い出そうと記憶を掘り起こしたが、コーヒーのブーストくらいでは思い出せなかったので後でマネージャーに確認しておこう。
「そうなんですね。ちょうどうちも明日撮影が入ってるんですよ。偶然ですね。」
そういえば、明日は水曜日で定休日だったか。前に定休日はスペースを貸していることがあると聞いたことがあった。どうせだったらここで撮影できたら最高だったけど、さすがにそんなにうまいことはいかないか。わざとらしくちょっとすねたようなく口調で駄々をこねてみせると、あなたちゃんはまた笑ってくれて、オレも嬉しくなる。
「やっぱ、好きだなぁ。」
ほとんど独り言みたいに、でも聞こえてたらいいなと思いながらこぼす。覗き込んで視線を合わせると、今度はちょっとだけ恥ずかしそうな顔でうつむくものだから、たまらなかった。
「HAHA、かーわい。」
コーチの静止を適当にやり過ごして、今日のところはお暇することにした。残念だけれど、次の収録の予定時間が迫ってきている。名残惜しい気持ちは押し込めてバイバイしてから店を出る。
「あ、そういえば。」
忘れないうちに、マネージャーに明日の撮影場所を確認しておかないと。
【お疲れさまです。】
【明日って吉祥寺から場所変更になったって聞いたけど、どのへんになった?】
【お疲れさまです。】
【それでしたらつい先日アポが取れて。表参道・青山エリアのカフェになりましたよ。確かお店の名前は………】
偶然ってサイコーだ。オレってやっぱ持ってるかも。聞きなじみのあるお店の名前に思わずバンザイした。
「なに、急に道の真ん中でやめてもらえる?」
「もー、ちょっとくらいいいじゃん!」
「まぁ、あ、いや。」
「これ、多分あそこの子たちにバレたっぽい感じする。」
自分の大きさを忘れて思い切りバンザイしたのがさすがに目立ってしまったらしい。お店の近くで騒ぎになってしまうのだけは避けたいところだ。
「ヤベ。」
「あ、タクシー!」
見つかってしまった女の子たちに小さく手を振ると、オレとコーチはそそくさとタクシーに乗り込んだ。
ふうと一息ついてマネージャーからの文面を再度なぞる。
明日がもっともっと、楽しみになった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!