第80話

Episode72 甘い罠(バレンタイン編 前編)
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2026/02/14 11:47 更新
バレンタイン当日。

教室は朝から落ち着きがなかった。
まだホームルーム前だというのに席を立つ生徒が多く、
あちこちで小さな箱や袋が見え隠れしている。

笑い声も、ひそひそ声も、いつもより一段高い。

期待と緊張が混ざった空気が漂っていた。

窓際の席で、颯真は静かに教科書を取り出す。
机の上をきっちり整え、筆箱の位置までそろえる。

周囲のざわつきとは対照的だった。

隣で椅子を引いた流翔が、その様子を見て小さく笑う。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
みんな浮足立ってるなぁ。
顎で教室の中央を示す。
そこでは男子が何度もスマホや時計を確認していた。
家門颯真
家門颯真
彼女持ちで、もうすでに葵からチョコ貰ってるやつにこの気持ちはわからないだろうな。
視線はノートのまま。
家門颯真
家門颯真
俺は素でわかんないけど。
流翔は肘を机につき、横目で覗き込む。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
そんなこと言って、実はあの人からの期待してたり?
口元にいたずらっぽい笑み。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
はたまた、貰う予定があったり?
その言葉に、颯真の手が一瞬だけ止まる。

脳裏に浮かびかけた顔を、思考ごと押し戻した。
家門颯真
家門颯真
期待も予定もねーよ。
ページをめくる音がやや強い。
家門颯真
家門颯真
義理だとしても、大変なことになるのは周知の事実だろ。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
淡白な奴だなぁ、ほんと。
肩をすくめて笑う。

颯真は何気ないふりで視線を横へ流す。

教室の一角。
めめは女子に囲まれ、丁寧にチョコを手渡していた。
両手で渡し、軽く頭を下げ、やわらかく微笑む。

その周囲を取り囲むように、男子が距離を取って立っている。
視線だけが集中していた。
家門颯真
家門颯真
(おもしろくない......)
胸の奥が、わずかにざわつく。

すぐに眉をひそめた。
家門颯真
家門颯真
(何考えてるんだ、俺......)
気を紛らわすように、次の授業の準備を始めた。
葵の招集で集められた五人は、机を寄せて小さな円を作っていた。

流翔は腕を組み、宇波は前のめり。
颯斗はすでに楽しそうで、響斗は半分呆れ顔。

葵は満足げに箱を置く。

わざとゆっくりふたを開けた。

中には見た目がほぼ同じチョコが五つ。
違いは全く分からない。
八幡葵
八幡葵
どうぞ、好きなの食べてね☆
にっこり笑う。

颯斗以外の全員が同時に眉をひそめた。
家門颯真
家門颯真
なんかすげー怪しいんだけど……何もしてないよな?
箱と葵の顔を見比べる。
八幡葵
八幡葵
別にぃ~?
視線をそらし、指で机をとんとん叩く。
桝岡響斗
桝岡響斗
なんか含みがあるんだよな......
低くつぶやく。
青沼宇波
青沼宇波
絶対なんかしてるだろ。
葵は聞こえないふりをした。

空気を切るように、颯斗が手を伸ばす。
東雲颯斗
東雲颯斗
まぁ食ってみないと分からないっしょ!
迷いゼロだった。
東雲颯斗
東雲颯斗
俺これにする!
真ん中を取る。

それに続くように流翔も息を吐く。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
ま、颯斗の言うとおりだな。
一番左をつまむ。

響斗は静かに左から二番目。
宇波は端を取る。

最後の一つが残る。

颯真は数秒見つめたあと、つまみ上げた。
家門颯真
家門颯真
……嫌な予感しかしねぇ。
葵の笑みがさらに深くなる。
八幡葵
八幡葵
それじゃあ全員同時に食べてね☆
やけに嬉しそうだった。
東雲颯斗
東雲颯斗
じゃあいくよ!
颯斗が手を掲げる。
東雲颯斗
東雲颯斗
せーの!
同時に口へ。

一拍の静寂。

次の瞬間――
東雲颯斗
東雲颯斗
おいしい!
柊鳴流翔
柊鳴流翔
すっっっっっぱ!!
顔が一気に歪む。
桝岡響斗
桝岡響斗
甘すぎるだろこれ……
眉間にしわ。
青沼宇波
青沼宇波
辛い辛い辛い!!
机を叩く。

そして、
家門颯真
家門颯真
うん、意外とうまい。
一人だけ平然としていた。

流翔と宇波は同時に水筒を開け、勢いよく飲む。
宇波は軽くむせ、流翔は目を閉じて耐える。

響斗も水を一口含んだ。
青沼宇波
青沼宇波
やっぱりなんかあったじゃねぇか!
柊鳴流翔
柊鳴流翔
酸っぱすぎるマジで!
葵は腹を抱えて笑っている。
八幡葵
八幡葵
最高すぎる笑。
肩で息をしながら続ける。
八幡葵
八幡葵
予想してた反応見れたから大満足なんだけど。
箱をのぞき込む。
八幡葵
八幡葵
激苦のチョコもあったはずなんだけど誰もいない?
視線が動く。
東雲颯斗
東雲颯斗
俺は普通に甘くておいしかったよ?
葵は颯真を見る。
八幡葵
八幡葵
もしかして、颯真苦いの平気だから何ともなかった……?
家門颯真
家門颯真
たしかに甘い感じはしなかったな。
味を思い返すように言う。
家門颯真
家門颯真
俺なのかも。
葵は悔しそうに頬をふくらませた。
ちぇ~、仏頂面颯真の変な顔撮ってやろうと思ってたのに!
家門颯真
家門颯真
何考えてやがるんだ……
颯真は呆れたように息を吐いた。

その後葵は手を振る。
八幡葵
八幡葵
じゃ、私は他の子たちとチョコ交換してくるから!
軽やかに教室を出ていった。

残された男子たちは、なんとなく顔を見合わせる。

少し照れくさい沈黙。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
じゃ、俺も配るか。
市販のポッキーを机に置く。

颯真はカバンから宇治抹茶チョコを取り出す。

宇波は個包装のキットカットを並べる。
包装の色違いで味が分かるタイプだった。

そして颯斗と響斗は、同じ袋からチョコクッキーを取り出す。

見た目は似ているが、よく見ると違いがはっきりしていた。
片方は丸く整って焼き色も均一。
もう片方は少し歪で、サイズにもばらつきがある。

流翔がそれを見比べて笑う。
柊鳴流翔
柊鳴流翔
形でどっちが作ったか分かるわ。
冗談半分、本気半分の声だった。

言われた瞬間、颯斗がぴくっと反応する。
すぐににやっと笑い、得意げに胸を張った。
東雲颯斗
東雲颯斗
あ~分かる?
視線をぐるりと周囲に向け、同意を求めるようにうなずく。
東雲颯斗
東雲颯斗
もちろん綺麗な方が俺で――
言い切るより早く。

横から伸びた手が、遠慮なく颯斗の頭をわしゃわしゃとかき回した。

髪が一気に乱れる。
東雲颯斗
東雲颯斗
うわっ。
驚きと抗議が混ざった声が出る。

手の主――響斗は、まったく悪びれずに口を開く。
東雲颯斗
東雲颯斗
ちょ、今のは言わせろよ!
響斗は軽く肩をすくめるだけだった。

宇波がそれを見て吹き出す。
青沼宇波
青沼宇波
兄弟コント始まったな。
家門颯真
家門颯真
兄弟(従妹)っていうね。
机の周りに小さな笑いが広がる。
昼休みの騒がしさの中に、いつもの気安い空気が混ざっていた。
皆さんがお楽しみにしてるであろうチョコレートiemmのてえてえは次回です
                ↑早く見せやがれ

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