バレンタイン当日。
教室は朝から落ち着きがなかった。
まだホームルーム前だというのに席を立つ生徒が多く、
あちこちで小さな箱や袋が見え隠れしている。
笑い声も、ひそひそ声も、いつもより一段高い。
期待と緊張が混ざった空気が漂っていた。
窓際の席で、颯真は静かに教科書を取り出す。
机の上をきっちり整え、筆箱の位置までそろえる。
周囲のざわつきとは対照的だった。
隣で椅子を引いた流翔が、その様子を見て小さく笑う。
顎で教室の中央を示す。
そこでは男子が何度もスマホや時計を確認していた。
視線はノートのまま。
流翔は肘を机につき、横目で覗き込む。
口元にいたずらっぽい笑み。
その言葉に、颯真の手が一瞬だけ止まる。
脳裏に浮かびかけた顔を、思考ごと押し戻した。
ページをめくる音がやや強い。
肩をすくめて笑う。
颯真は何気ないふりで視線を横へ流す。
教室の一角。
めめは女子に囲まれ、丁寧にチョコを手渡していた。
両手で渡し、軽く頭を下げ、やわらかく微笑む。
その周囲を取り囲むように、男子が距離を取って立っている。
視線だけが集中していた。
胸の奥が、わずかにざわつく。
すぐに眉をひそめた。
気を紛らわすように、次の授業の準備を始めた。
葵の招集で集められた五人は、机を寄せて小さな円を作っていた。
流翔は腕を組み、宇波は前のめり。
颯斗はすでに楽しそうで、響斗は半分呆れ顔。
葵は満足げに箱を置く。
わざとゆっくりふたを開けた。
中には見た目がほぼ同じチョコが五つ。
違いは全く分からない。
にっこり笑う。
颯斗以外の全員が同時に眉をひそめた。
箱と葵の顔を見比べる。
視線をそらし、指で机をとんとん叩く。
低くつぶやく。
葵は聞こえないふりをした。
空気を切るように、颯斗が手を伸ばす。
迷いゼロだった。
真ん中を取る。
それに続くように流翔も息を吐く。
一番左をつまむ。
響斗は静かに左から二番目。
宇波は端を取る。
最後の一つが残る。
颯真は数秒見つめたあと、つまみ上げた。
葵の笑みがさらに深くなる。
やけに嬉しそうだった。
颯斗が手を掲げる。
同時に口へ。
一拍の静寂。
次の瞬間――
顔が一気に歪む。
眉間にしわ。
机を叩く。
そして、
一人だけ平然としていた。
流翔と宇波は同時に水筒を開け、勢いよく飲む。
宇波は軽くむせ、流翔は目を閉じて耐える。
響斗も水を一口含んだ。
葵は腹を抱えて笑っている。
肩で息をしながら続ける。
箱をのぞき込む。
視線が動く。
葵は颯真を見る。
味を思い返すように言う。
葵は悔しそうに頬をふくらませた。
ちぇ~、仏頂面颯真の変な顔撮ってやろうと思ってたのに!
颯真は呆れたように息を吐いた。
その後葵は手を振る。
軽やかに教室を出ていった。
残された男子たちは、なんとなく顔を見合わせる。
少し照れくさい沈黙。
市販のポッキーを机に置く。
颯真はカバンから宇治抹茶チョコを取り出す。
宇波は個包装のキットカットを並べる。
包装の色違いで味が分かるタイプだった。
そして颯斗と響斗は、同じ袋からチョコクッキーを取り出す。
見た目は似ているが、よく見ると違いがはっきりしていた。
片方は丸く整って焼き色も均一。
もう片方は少し歪で、サイズにもばらつきがある。
流翔がそれを見比べて笑う。
冗談半分、本気半分の声だった。
言われた瞬間、颯斗がぴくっと反応する。
すぐににやっと笑い、得意げに胸を張った。
視線をぐるりと周囲に向け、同意を求めるようにうなずく。
言い切るより早く。
横から伸びた手が、遠慮なく颯斗の頭をわしゃわしゃとかき回した。
髪が一気に乱れる。
驚きと抗議が混ざった声が出る。
手の主――響斗は、まったく悪びれずに口を開く。
響斗は軽く肩をすくめるだけだった。
宇波がそれを見て吹き出す。
机の周りに小さな笑いが広がる。
昼休みの騒がしさの中に、いつもの気安い空気が混ざっていた。
皆さんがお楽しみにしてるであろうチョコレートは次回です
↑早く見せやがれ


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。