2月に入った。
もう少しでバレンタインだ。
先輩に渡したいけど…よくよく考えたら3年生はこの時期はもう自由登校期間だ。
移動教室の時に2階の3年生達の教室の方を眺めるも、そこには静けさが漂っていた。
清人先輩…居ないんだな…。
とギュッと苦しくなる。
実は清人先輩の連絡先も聞いていない。
だから、バレンタインを自分から呼び出すなんて出来る段階にない。
でも、どうにかして清人先輩に会いたい。
こんな事になるなら、もっと早めに聞いておけば良かった。ホント、自分の恋愛の事になると臆病なんだから。
康作とかノブ、康作経由で連絡先を聞くことは出来るけど、バレンタイン渡したくて連絡取りたいらしい…!なんて、連絡先交換したい理由をそんなにストレートには行きたくない。
どうしたらいいんだろう。
「あぁ、なるほどね。」
「うん。」
ひとまずその事を康作に相談していた私。
「でも、清人くんなら何かしらで学校に顔出しに来ると思うんだけどね。」
「え?」
「たまには練習顔出すわー!って、引退する時も言ってたし、自由登校期間に入る直前もそんな事言ってたよ。」
と聞いて希望は湧いたが、会える保証は無い。清人先輩だっていつ来るか分からないし…。バレンタイン前に来るとも限らない。
「でももし心配なら清人くんの連絡先全然教えるよ?」
と康作が言うが、
「待って!でも、清人先輩に許可取らないと!!そん時になんて伝えるつもり?」
と、康作をストップさせる私。
「えー?普通に、純理が連絡先知りたいってさーって言おうとしてたけど、ダメかねぇ?」
「うーん…清人先輩だとなんか、この時期の事もあるし、何かいろいろと察しそうで怖いの…。」
と弱気な感じで私が言うと、
「純理可愛いね。乙女じゃん。」
と康作が爽やかに笑いながらそう言ってきた。やめてよ。仕方ないじゃん。清人先輩の事になると慎重になっちゃうんだから。
私は顔が赤くなる。
「俺が上手く聞いといてあげるから大丈夫!」
「康作、ありがとね。」
「いいえー!」
それから昼休みになった。教室で食べていると、光陽からLINEが来た。
そういえば光陽、いつも広夢や康作達とお弁当食べてるのに、今日は教室に居ないなぁ。何かと思ってLINEを開いてみると…
〈清人さん来てるよ!生徒会室!〉
と来ていた。
私はそのメッセージに目が飛び出そうになる。
「純理どうしたー?」
と柚。
「緊急事態!清人先輩が生徒会室にいるって光陽から…!」
と伝えると、
「ラッキーじゃん!早く食べて行ってきなー?」
「純理、頑張れ!」
と、凛子や瑞乃からも背中を押された。というのも、この3人にも清人先輩にバレンタインチョコを渡したいと相談していたのだ。
「ついでに先輩にバレンタインの事も言っちゃいな!」
と柚。
「うん、そうする!」
それから急いで食べ終わり、清人先輩のいる生徒会室に向かう。
ってか光陽、なんで教えてくれたんだろう。
…と思ったけど、思い出した。クリスマスの日にバレたんだ。清人先輩の家に行くのに、駅で待ち合わせした時にそんな会話になって知られたんだった。
それから生徒会室に着き、ゆっくりドアを開ける。
「失礼します…。」
すると、私の姿を光陽が捕らえた。
「あ!純理!入って!!」
清人先輩は私が来たことに即座に反応した。
「あれー!純理ちゃん!どうしたの?」
…今思った。
生徒会メンバーでもない私がここに来る時点で悟られるんじゃね…?
私の心臓がバクバクといっている。
「えっと…」
言葉を詰まらせていると、光陽がこう言った。
「実は純理、俺と同じく清人さんファンで、だから呼んだんですよ。」
「え!?何、そうだったの!?ははは!全然知らなかった!」
と、なんとか清人先輩ファンという所で押し切った光陽。大丈夫かな…?でも清人先輩はいつもの様に笑っていた。
「実はそうなんです…!」
「光陽、そういう事は早く教えてくれよー!」
「はい、させん…!」
すると、清人先輩が私に手招きをする。
「え…?」
清人先輩の隣の椅子が空いていて、先輩はその椅子をポンポンと優しく叩く。
あ…。隣に座りなよ…って事…!?
清人先輩の行動にドキドキした私は小さく
「あ…はい…!」
と言って隣の椅子に座った。
教室内に居たのは光陽ともう1人、2年生の女子。確かD組の佐々木さんだったはず。
「先輩は今日どうしてこちらに?」
「あぁ、生徒会メンバーで誕生日祝うのが恒例になっててね。2年生の小宮って奴がいるんだけど、そいつにサプライズのアルバム。それに貼るメッセージ書きに来た。」
「これ、全部この子が中心になって準備してくれたんだ!」
なんとアルバム作成は佐々木さんメインで今回は行ったそうだ。
「佐々木さんすごい…!」
「いやいや!そんな事ないよ!」
生徒会メンバーって仲良いんだなぁ。
「それで、この間3年生のメンバーも来て書いたらしいんだけど、俺だけその日別の用事があって行けなかったから今日来たって訳。」
「そういう事でしたか。」
すると誕生日について光陽が振ってくる。
「純理は清人さんの誕生日知ってる?」
「うん。11月10日!」
すると、
「知ってるも何も、だってこの子プレゼントくれたんだよ?」
と清人先輩が私の肩を叩いてくる。
「純理いつの間に!抜けがけかよ!」
そして光陽はなんで私に嫉妬!?
「清人先輩は純理の誕生日知らないっすよね?」
と尋ねた光陽。前に教えたけど清人先輩は覚えてるはずがない。
「は?知ってるし!この子、7月21日だよ!」
え、嘘…!?清人先輩は私の誕生日をサラッと口にした。それも、なんの突っかかりもなく。
本当に覚えててくれたんだと思う。
誕生日を覚えててもらえるだけでこんなに嬉しいなんて…。今日は良いこと尽くし。
「だって、プレゼント今度は俺が渡すわって約束したもんな!」
と、私の顔を覗き込んでくる清人先輩。その真っ直ぐな瞳に余計にドキドキさせられる私。
「は、はい…!でも、本当に覚えててくれたなんて…。」
「俺、数字は強いんだよ!ははは!」
すると光陽が対抗心か何かで
「じゃあ清人さん、俺の誕生日は!?」
と清人先輩に尋ねてきた。
「お前の誕生日!?忘れた!ははは!」
「えーーー!!!!」
光陽は頭を抱える。佐々木さんもその2人のやり取りに笑っている。清人先輩も爆笑だ。でも、チラッと私を見て小声で、
「覚えてるけどね。」
と笑顔を向けた。
無邪気な清人先輩が可愛い。
そんな話も束の間、もう昼休みの終わる時間になった。
清人先輩は昇降口の方へと降りていき、光陽達は生徒会室の鍵を返しに職員室へ…。
待って…!?清人先輩に肝心な事伝えてない…!!
私は階段を降りて清人先輩のところまで急いだ。
「清人先輩!!」
清人先輩は昇降口で靴を履き替えていた。
「あれ?どうしたん?」
ここに来たからには伝えないと。
清人先輩が学校にいる事なんてもう殆ど無いんだから…!!
「あの…。バレンタインの日…空いてますか…!?」
「え…?」
「清人先輩に…チョコを渡したくて…。」
清人先輩は笑顔で答えてくれた。
「え!くれんの!?」
「は…はい!」
「やった。俺、甘い物には目が無くてね。ただその日予定があって、18時くらいに家の近くに帰ってきてるかなーって感じなんだけど、どうしたらいい?」
「全然!!!むしろその日夕方まで部活ですし、部活終わったらそっち行きます!!!」
「あ、ホント?悪いねぇ。」
すると清人先輩がスマホをコートのポケットから取り出した。
「っていうか、連絡先交換して無くない?じゃないと当日合流出来ないよ?」
「あ!!…ありがとうございます!!」
康作が連絡先私に教えて良いかと清人先輩に伝える前だったのかな…?良かった…!念願の清人先輩との連絡先交換だ。
ということがあり、当日清人先輩に会える事になったと放課後のホームルーム前に瑞乃達にも報告したら、一緒に喜んでくれた。
ただ、私は料理が苦手。お菓子なんてもっと作れるわけが無い。なので、バレンタインの前日に柚の家にお邪魔して一緒にトリュフを作ることになった。
清人先輩に渡す用に、フィナンシェも一緒に作ってくれるとの事だ。
「本命に渡すものなんだから、特別感ある方が良くない!?」
という意図だ。
康作にも清人先輩と約束が出来たことは伝えた。
「えーー!!良かったじゃん!!清人くんにこれで渡せるじゃん!!って事で、俺にもよろしくー!!」
と、どさくさに紛れて康作が自分にもくれと要求をしてきた。あなたにはいつもいろいろとお世話になってるし、そりゃあ友チョコとしてあげますよ。
そんな中、部活に行く時に逢坂とノブにたまたま廊下で遭遇した。今日はノブは軽音楽の部活があるらしく、背中にはギターを背負っていた。
ノブとは直ぐに別れたが、流れでそのまま逢坂と一緒に階段を下ることに。
なんか、待ち合わせて一緒に帰ってるみたいに見えない…?
そういえば、ノブにも友チョコを渡そう。コイツには…。どうせいろんな女子からチョコ貰うだろうし、事足りてるでしょう。
なのでコイツには良いか。別にまだ友達と認めてないし。
でも逢坂は私と清人先輩の事を気にかけてくれて、
「最近、清人くんとはどう?」
と声をかけてきた。
「え…?」
「ほら、最近はもう自由登校期間だから、清人くん学校来ないでしょう?」
「それが、昨日生徒会室に来ててね。先輩に会ったんだ。」
「へぇ!知らなかった。良かったね。」
「うん。だから、バレンタインチョコ渡したいって事も伝えて、連絡先も交換した。当日の部活終わりに清人先輩の家の最寄り駅まで会いに行くことになった。」
「そうだったんだ。進展したようで何よりだよ。清人くんに喜んで貰えるといいね。」
「うん。」
それに、私は当日必ず伝えると決めている事があった。
「あのね、その日に清人先輩に告白しようと思ってる。」
逢坂は目を丸くしていた。
「へぇ…!本当!?そっかぁ…!ついにだね。」
「うん。卒業したらもう本当にこのまま疎遠になっちゃう気もするから…。だから卒業前に伝えたくて。」
「タイミング的にそれがベストかもね。純理ちゃんの気持ち伝わるといいね。」
「うん。その時はちゃんと…あんたにも結果報告するよ。」
「分かった。頑張ってね。」
逢坂は爽やかな笑顔を送ってくれた。さすがに今は私を応援してくれてのこの笑顔だから、この王子スマイルは鼻に付かなかった。
そして迎えた当日、柚と一緒に作ったトリュフと、清人先輩に渡すフィナンシェを持って学校へ。トリュフは柚や凛子、瑞乃、を始めとしたクラスの友達や、部活の友達にも配った。後は康作や光陽、ノブ、広夢にもあげた。
そういえば瑞乃、広夢にも友チョコ渡すって言ってたな…。
私は広夢の席に行ってみた。広夢は康作と話していた。康作なら広夢の事情も知ってるから気楽に話せる。
「ねぇ!ちょっと良い?」
「おぅ。さっきはチョコありがとな。」
「純理、美味かったよ。もう食っちゃった!」
「康作早くない…!?…まぁ、良いや…。広夢さぁ、瑞乃から貰えた?」
それを聞いて広夢は顔を赤らめた。
「うん。貰えた…。」
そういえば瑞乃は、小さい紙にメッセージも一緒に添えて渡していた。
ちなみに私の所には
《いつもありがとう!純理の恋、実るといいね!》
と書いてあった。
「メッセージカードも付いてたよね?」
「あぁ、なんか小さい紙が付いてたね。広夢、お前ん所にも付いてるんじゃ…?」
という事で、気になった私達は広夢に瑞乃から貰ったチョコの袋ごと出してもらい、メッセージを見せてもらった。
「俺…これは期待していいのかな…?」
と言いながら出してきた広夢。広夢は貰った時に既にメッセージの内容は確認していたようで、照れながら私達に見せてきた。
その内容は…
《前に話したと思うけど、今度たまには2人で出かけたりもしようね!》
だった。
「えぇ!前に話したってなになに!?ちょっと広夢ー!」
と康作が肩を持って広夢を揺する。
「え!!広夢!これはちょっとずつだけど距離縮まってきてる証拠じゃない!?やったぁ!」
と広夢の腕を叩いた。
広夢、頑張れ!私も今日先輩に気持ちぶつけて来るよ!
それから18時半過ぎ。
清人先輩の住む家の最寄り駅までやって来た。
あぁ…緊張する…!
私は駅に着いたので清人先輩にLINEを入れた。すると清人先輩からこう返ってきた。
〈部活お疲れ様!俺今、駅ビルにいるよ!〉
という事で、清人先輩と連絡を取りながら、駅ビルのオープンデッキにやってきた。開放感あるそのデッキのとあるベンチに座っていた清人先輩。私の事を見つけては手を振ってくれた。
「お疲れ様です。」
「お疲れー!ありがとね。来てくれて。」
「いえいえ!」
それから、清人先輩に渡すフィナンシェをカバンから出した。
「あの…先輩…。これ…どうぞ!手作りです。」
「え!ありがとう!中身は…?もしかしてフィナンシェ?」
と、半透明の袋を眺めながら清人先輩。
「はい。フィナンシェです。」
「すげぇ。大事に食べるわ!」
と清人先輩はにこやかに返してくれた。
「そう言って貰えて嬉しいです。」
清人先輩は私に、
「せっかくだし1本だけ食べてみて良い?」
と聞いてきた。
「あ!是非!」
「マジ?じゃあ頂きます。」
そう言って清人先輩は綺麗に袋を開けて1本取り出し、まずは1口ガブッと食べる。
「あぁ…!美味い美味い!!」
清人先輩は大きく頷く。
「わぁ…良かったぁ…!あぁぁホント安心しました…。」
と私が力が抜けた状態になると、
「えぇ…!?そんなに!?」
と驚いた。
「そりゃあそうですよ。だって、あんなに立派なクリスマスケーキを作れる清人先輩ですから…。お菓子作れる人に渡すのは緊張しますよ。」
「普段は料理とかは?」
「正直な所全然やらないです…。」
「そうなんだ。出来そうな感じするけどなぁ。」
そう話しながら清人先輩はフィナンシェ1本を完食した。
「ご馳走様。後の2本は家で食うわ。」
と言って、元の通りにラッピングタイで縛ってカバンにしまった。
それから少し清人先輩の進路の話になった。清人先輩は一流名門校に受かっていて、春からはそこの法学部に通うらしい。お父さんが弁護士なのもあり、自分もそういう道に進むつもりらしい。
「でもまぁ、試験に失敗して弁護士になかなかなれないみたいな事があっても嫌だから、その保険で、空いた時間で将来に役立ちそうな簿記の資格取ったりとか、調理師の資格もゆくゆくは取ろうかなとか考えてる。まぁ、そんな事の無いように法の勉強は真面目にするけどね。」
と、話す清人先輩の横顔が凛々しくてかっこよかった。
「凄いですね…。もう、さすがとしか言い様が無いですよ…!」
「なんでよ!」
「じゃあ、もし清人先輩が弁護士になったとして、私が事件の容疑者として疑いを掛けられてしまったりしたら、その時は助けてくださいね。」
「いやいや!まずそんな事になんないようにしてよ!」
と、清人先輩に突っ込まれ、笑われる私。
この豪快に笑う清人先輩の笑顔が本当に大好きだ。
「じゃあ、そろそろ行こうかな。」
と言って清人先輩は腕時計を見る。
言わないと。
清人先輩に今日伝えないと後悔する。
私は息を整え、小さい声で先輩の事を引き止めた。
「清人先輩…。」
そして、清人先輩のコートの袖を掴んだ。
「どうした?」
そこから先の行動がなかなか移せない私。どうしよう。清人先輩に変に思われてしまう。
そんな時にとある言葉を思い出した。
ー清人くんの事、しっかり捕まえておきなよ。
逢坂から言ってもらった言葉だ。
そうだ、怖気付いてどうする。ここで伝えないと…
このまま清人先輩とはもう一生関わりを持てないまま終わってしまうかもしれない。
そんなの…絶対嫌だ。
勇気を出して清人先輩の目を見て伝えた。
「清人先輩、好きです…!!」
「え…!?」
清人先輩は私からの突然の告白に驚いていた。
「私と…付き合ってもらえませんか…!?」
もう、私は泣きそうだった。
清人先輩は小さく笑う。
「いやぁ…びっくりしたなぁ。」
それから私の方を向いて綺麗に座り直して、
「いや、本当に驚いたわ。純理ちゃん、ありがとうね。」
と感謝を伝えられた。
「い…いえ…。」
先輩はいつもより低い優しい声で、私の告白にこう返事をした。
「ごめんね。純理ちゃんの気持ちには応えられないわ。」
「…ぇ……?」
しかも、
「実は、前付き合ってた子とよりを戻してさ。」
清人先輩には彼女がいたらしい。
私はもう絶句状態だ。
「さっきも、彼女と会ってたんだ。より戻したのはほんと、ここ数ヶ月の間の事なんだけどね。他校に通う、中学の時の同級生なんだ。またやり直そうってなったんだ。」
私のバカ…。
もしかしたら、もっと前に行動に移せてたら、何か変わっていたかもしれないのに…。
どうして1年以上も想ったまま止まっていたの?
想っているだけじゃ、何も変わる事なんて無いのに。
私は自分の臆病さを恨んだ。
「本当にごめん。でもね、純理ちゃんは俺にとって可愛い妹みたいな存在なんだよ。だから、どうでもいいとかは全然思ってないから。卒業しても全然また康作とか、ノブとかも誘って遊んだりしようや。」
清人先輩は私の背中に手を添えてくれた。
気付けば私の目は涙でいっぱいだった。
そんな私は先輩の肩を借りて、腕にしがみつきながらたくさん泣いた。
それから、清人先輩が先に帰り、私はデッキのベンチに残ったまま、ただただ呆然としていた。
辛い…。
辛いよ…。
時間が経つに連れて、
改めてまた、清人先輩に振られたんだと実感してきた。
再び涙を流しそうになる。
一人でいたくない…。
誰かに会いたい…。
ここは清人先輩の家の最寄り駅だから…康作やノブも家から近いかな…?
まずはノブに電話をしてみた。
でも、電話には出なかった。
もしかしたらノブは部活帰りそのまま塾に行ったのかもしれない…?
そんな時、ふと逢坂の顔が頭をよぎる。
ー君の大事な気持ち、粗末になんか扱わないよ。
逢坂はなんだかんだで、私と清人先輩が上手くいくように応援してくれていた。
もう、この際会えるなら誰でもいい…。
電話して出るかは分からないけど…
でも、電話せずにはいられなかった。
彼、この時間バイトかな…?
助けてほしい。
逢坂で良いからお願い…。
会いたい…。
助けて…。
……逢坂…。
逢坂、来て…。
一か八かの電話。でも逢坂は出なくって…。
そんなタイミング良く出るわけないか。
この時間、みんな忙しいんだ。これ以上はもうやめておこう。
私は、泣くのをこらえながら駅に向かった。
本当は今に部屋のベッドに飛び込んで大泣きしたいくらいだ。
駅の改札をくぐろうとしていたその時…
私のスマホが鳴る。
このバイブの長さ…
誰かからの折り返しの電話…!?
慌ててスマホをコートのポケットから取り出して確認すると、
画面には 逢坂 雅 の文字が。
私は慌てて電話に出た。
「も…もしもし…?!」
「もしもし?ごめんねー!電話出れなくて…」
逢坂の声を聞いたら、なんだか少しホッとして涙が零れた。
「逢坂…今日はバイト…?」
泣き過ぎて、上手く声も出せない。まだ少し声は震え気味。
「ううん。違うよ。」
「そっか…。今ちょっと、1人でいるのがキツい…。さっきまで…先輩と会ってた。」
「……純理ちゃん、もしかして…。」
逢坂は私の言葉と声の様子から何かを悟ったようだった。
「その…もしかしてだよ…。さっき、ノブにも電話したんだけど出なくて…。逢坂、今…家?」
「うん。そうだよ。純理ちゃん、どこにいる?まだ近所にいるなら、俺がそっちに行くよ!」
なんと逢坂が本当に、私に会いに家から出て来てくれると言うのだ。
「え…?いいの…?」
「こういう時、1人じゃ心細いでしょう…?会おう。純理ちゃん。」
私と逢坂は、駅近の広場で会うことになった。
広場のベンチには誰も座っていなかったから、ここで私が泣いたって大丈夫だと思う。
もう、辛くて我慢なんて無理だ…。
ただ、逢坂の前でびぇーびぇー泣くのは変な話だし、かっこ悪いから、少しは冷静を装わないと。
「純理ちゃん…!」
逢坂は走って広場まで来てくれた。
「ごめんね、わざわざ。」
私は座ってたベンチを一旦立ち、来てくれた逢坂の目の前まで移動した。
「大丈夫だよ。」
それから私達は、2人で一緒にベンチに腰掛けた。逢坂は私の左隣にいる。
「…清人くんはなんて…?」
私は俯きながら伝えた。
「………フラれた。彼女いるんだって。」
「え…?」
最低な事に、私は彼に疑いをかけてしまった。
「……もしかして、本当は知ってたの?先輩に彼女がいる事。」
でも、逢坂は首を横に振る。
「知らないよ!本当に初めて聞いた。何それ…清人くんに彼女がいたなんて…。」
逢坂は眉間にシワを寄せていた。
この様子、本当に知らなそうだ。
「あんたもマジで知らなかったの?」
「うん。知らなかったよ。これは、ノブでさえも知ってるか微妙なところだと思う。」
「そうなの…?他校の同い年の人って言ってた。中学の頃の同級生だって。」
「えー…。」
「最近よりを戻したらしいよ。」
逢坂は自分の太ももに肘をついた。
「えぇ…。清人くん、水臭いなぁ…まぁ、自分の恋愛事情を誰かに簡単に話すような人ではなかったけど…。」
「そうなんだ…。」
「うん…。」
その時頭の中で、
ーごめんね。純理ちゃんの気持ちには応えられないわ。
この言葉が何度も私の頭の中をループする。
どっかで分かってた。どうせ振られるんだろうなって。
彼女になんてなれないんだろうなって。
私は上を向いて空に叫ぶようにして、
「あーー。悔しい!!こんなに好きなのに悔しすぎる…!!キッパリと断られちゃうんだもん。それも迷い無しに。笑っちゃうよねー。」
と、完全に空元気状態。
「清人くん、良い意味でも悪い意味でもド正直だから…。キツめに聞こえる事が多いんだよね。」
その言葉に苦笑いになり、逢坂の目を見る私。
「キツめに聞こえるも何も、キツめにしか聞こえなかったよ私には!」
頑張って明るめに接する私。こうでもしないと前を向けなそう。でも、胸はずっと傷んでて…ずっと締め付けられていて苦しい。このやり場のない思いをどこにぶつけたら…。
逢坂は悲しげな顔を浮かべ、私の目を見つめてこう言った。
「辛かったよね…。でも純理ちゃんはすごいよ。勇気出して自分の気持ち伝えたんだから。頑張ったよ。そこはちゃんと、自分の事を褒めてあげるんだよ。」
「そりゃあもちろん。」
それから逢坂が空を仰ぎこう続ける。
「好きな人に告白できる事って素敵な事だよ?世の中には、勇気が無くて伝える事が出来なかったり、なかなか好きな人に会えなくて、想いすら伝えられないって人もいるだろうからさ。」
「うん…。まぁ、いるだろうね…。」
逢坂のそんな言葉を聞いてると、だんだん我慢できなくなってきた。
逢坂は私の瞳に視線を戻して、
「じゃあ…清人くんのことはもう…?」
と聞いてきた。
清人先輩のことは本当に好きだから、諦めたくなんかない。
でも…。清人先輩本人と話したからこそ何となく分かる。先輩は彼女さんに本気な感じだった。ブレることなんてないと確信できるような、言葉の重さとオーラがさっきの先輩にはあった。
迷いなんて一切なかった。
こんなこと言いたくないけど、これ以上追った所で確実に無理だ。
だから逢坂にはこう伝えるしかない。
「うん。そりゃあね。彼女いるんだし。それにより戻すって相当じゃない…?どっちから戻そうって言ったのかは知らないけど、またお互いを必要としたから戻るって決めたわけでしょ…?そんなの勝ち目ないよ。」
俯く私を逢坂は黙って見続けた。
「清人先輩はね、私の事妹って感じで見てるみたい。あぁあ。どうせ、清人先輩にとって私なんて所詮、うちのバスケ部の隣でバド部やってるなー。くらいの存在でしかなかったってことなんだよ。」
私は膝の上で両方の手で握り拳を作ってギュッと悔しさを握力に込めた。すると逢坂は右手をスッと出して、私の左手の握り拳に優しく触れる。
それから顔を覗き込みこう言った。
「そんなに自分の事否定しちゃダメだよ。余計辛くなるよ…?」
こんな時でも王子のようにキラキラしたオーラを放てるあなたはなんなの?
…いや、そっか。
相手は学年1モテる男の逢坂だ。
今日だって、逢坂にチョコを渡すのに、A組に大勢の女子が来ていたことは知っていた。隣の隣のクラスだから、騒ぎはなんとなく聞こえてくる。
会えるなら誰でもいいって、逢坂を呼んだは良いけど、
モテる男に、フラれた私の気持ちなんて、分かるはずが無いんだ。
呼ぶ人はちゃんと考えるべきだった。
きっと彼は共感なんてできないんだ。
そんな逢坂に私はこんな事を言ってしまった。
「逢坂…あんたには分からないでしょう。好きな人に振られる悲しさなんて。どうせ振られた経験なんて1度も無いんでしょう?今日だってバレンタインたくさんもらってるもんね。」
なんて…。こんなの八つ当たりだね。
さすがにこんな事言ったら逢坂だって怒るよね。かなり嫌味なことを言ってしまったから。なのに逢坂は…。
私の頭をポンと軽く撫でてくれて、
「俺だってあるよ?振られたこと。」
と澄んだ瞳をしてそう言った。
その顔は切なげな笑顔だった。
まただ。また私は逢坂の事を勝手に決めつけてしまった。
逢坂にもそんな経験があったなんて。
「え…あんたが…?」
「あるよ。俺だって、純理ちゃんの思ってるような完璧人間なんかじゃないよ。」
「え…。」
今度は少し明るめの笑顔でこう続けてきた。
「逆に成功だけで生きてこれた人間なんかいないよ。失敗があって成功があるから成長できるってのが人間じゃない?…って俺は思う。」
その大きな瞳は私の事をまっすぐ見つめてくる。吸い込まれそうな気分だ。
「だから今日の事が失敗なんだったら、次の恋に行くための成長の1歩に繋がるはず。」
もう辛さを隠す限界に近い。逢坂が優しすぎて、眩しすぎて…。
「…ありがとう。あー、ちくしょー。どうせなら一日でも良いから…清人先輩の彼女になりたかったなぁ…。」
ベンチでぐんと両腕を上に上げて伸びる私に逢坂は、
「……我慢しなくて良いのに。」
と言って、私の方を向いて両腕をふんわりと広げる。
「え…?」
「強がってるのバレバレだよ?辛かったよね…。だから…おいで?」
学年1モテる男、逢坂雅が私なんかのためにここまで優しくしてくれるなんて。でも、プライドが邪魔をして、素直に甘えられない。
「子供扱いしないでよ…。」
「そんな事ない。俺はいつでも対等だよ?」
もうダメだ。私の目が嘘を付けなかった。涙が先に零れ出した。
「悔しい…辛いよ……先輩のこと大好きなのに……。清人先輩…。」
自分から行けない私の気持ちを悟ってくれたのか、逢坂は自分の元にギュッと抱き寄せて背中をさすってくれた。
逢坂の腕の中は温かかった。
私も、ゆっくりと逢坂を抱き返す。
「よしよし…。辛いね…。」
逢坂は私の辛さごと一緒に受け止めてくれる感じがしたから、泣く事に遠慮なんてなくなって行った。
清人先輩…本当に私、もう振られちゃったんだよね。
もし、あなたに彼女がいない時に私が告白していたとしたら…
あなたは私と付き合ってくれたの…?
私は清人先輩の彼女になれたのかな…?
これは…当分の間引きずるだろうなぁ…。
泣けば泣くほど、自分がどれだけ清人先輩の事が好きだったのかが身に染みて分かった。
私は寂しくて辛くて、もっと逢坂にしがみついた。逢坂は拒む事もなく、それどころか私を抱く腕に力が入り、そのままもう片方の手で頭を撫でてくれた。居心地が良くて、もう少しこのままでいたいと思ってしまった。
「ねぇ…?もう少しこのままでも良い…?」
「うん。純理ちゃんの気が済むまでずっとこうしててあげる。」
「ありがとう…。」
私はたくさん泣いた。
逢坂は黙ってずっとそのまま私をギュッと抱きしめる。
しばらくして私は逢坂の体から離れた。
「ごめんね逢坂…。もう8時過ぎなんだね。遅くまでごめん…。」
「ううん。大丈夫。純理ちゃんこそ時間平気?」
「いや…そろそろ…かな。」
時間的にそろそろ私も帰らないといけない。でも、こんなに逢坂に甘えさせてもらっていたから、ここで逢坂とバイバイするのは寂しいし、まだ心細かった。
すると逢坂は凄く優しくて、
「家、1人で帰れる?俺が家まで一緒に行こうか?」
と聞いてくれた。
「そ…そこまでさせられない。申し訳ないよ。」
本心は嬉しくて、そのまま一緒に来て欲しいって言いたい。でも、さすがに遠慮もする。
そんな私に逢坂が温かい笑顔を向けて、
「甘えていいんだよ。」
と言ってくれた。
そんな言葉にまた涙する私。
こんなにメンタルが弱くなってるなんて。
自分じゃないみたいだ。
「でも…財布とかは…?」
「財布はポッケにあるよ。だから全然送れるよ。純理ちゃんの家の最寄り駅はどこ?」
私が駅名を伝えると、逢坂が検索を始める。
「なんだ。すぐ行けるじゃん。」
という事で、私は逢坂に家まで送って貰うことになった。
ここまでしてもらえるなんて…頭が上がらなくなる。
逢坂はいつまた涙が零れてもおかしくない状態の私の手をキュッと握ってゆっくり歩いてくれたし、電車でも1席しか空いてない所に私を座らせてくれたし、何もかもが紳士だった。
それでいて、あえて何も話してこない。
何だか逢坂も辛そうな顔をしていた。もしかして私に感情移入してる…?なんて、そこまではさすがにしないか。
駅に着き、
「家はどっちだい?」
「…あっち。」
一緒にまた歩き出す私達。電車の中までずっと繋いでたその手は、今は離されている。
私は相当寂しかったのか、逢坂にもう一度繋いでもらいたくて、コートの袖を掴んだ。
逢坂は私の気持ちを察してくれたのか、優しく微笑み、再び手を繋いでくれた。
逢坂が居てくれたおかげで、心細さは軽減された状態で家に帰って来れた私。
逢坂とは家の扉の前で話す。
「ありがとね…。」
「ううん。とんでもない。ゆっくり休んでね。」
「うん…。あ…そうだ、あのさ……私がこんなに泣いた事は…誰にも言わないで欲しい。」
逢坂は私の頭を撫でて、
「大丈夫。言わないよ。…この事は2人のヒミツにしておく。」
と言ってくれた。
「うん。ありがとう。」
逢坂の胸で沢山泣かせてもらった私。
「お休み。」
とお互いに言葉を残し、玄関で別れる私達。
家に入りご飯を食べて、お風呂に入った後は、柚と長電話。悔しい気持ちをたくさん話した。
次の日学校で瑞乃と凛子、康作に会ってからも、ひたすら清人先輩の話を報告した。
応援してくれたみんなにはちゃんと言わないと。
でも、散々昨日泣かせてもらったから、涙は出なかった。
後はノブにも…!
そう思って昼休みに、ノブに教室まで会いに行った。自分の席に座るノブの前の席に今だけ座る私。ノブには一旦逢坂の経緯以外は全て話した。
ちなみにノブからはあの後LINEも入っていた。
「そうなんだ…。でも、ちゃんと想い伝えられてよかったよ。」
「うん。」
「いやー。清人くんに彼女ねぇ…いないもんだとてっきり…。純理の力になれず申し訳ない。」
「そんな!ノブが謝る事じゃないよ!逢坂も知らないみたいだったし。」
「え、雅も?本人がそう言ってた?」
「うん。昨日本人から聞いたよ。」
「そうなんだ…。…てか、昨日?電話でもしたの…?」
「あ、えっと…。」
自分が口を滑らせてしまったから、昨日の経緯をノブには話す事にした。
「そういう事だったんだ。でも、雅呼んで正解だよ。それでちゃんと辛さを吐き出せたんだったらさ。」
「…そうだね。」
実は私の手には今、チョコの入った紙袋がある。昨日ノブ達友達勢には配ったトリュフだ。昨日のお礼に逢坂にもあまりの分を配ろうと思って、小分けにして持ってきたのだ。お父さんや妹に全部食べられてなくて良かった。
「なるほどね。そのトリュフはお礼でって事ね。」
「うん。これ、良かったら渡しておいてもらえないかなぁ?逢坂、いなさそうだし。」
その時後ろから、
「え?いるよー?」
本人の声がした。
「お…!逢坂…!!」
と、驚いて即座に振り返る私。
「そんなに驚かなくても。どうしたの?」
逢坂は私の座る机に肘をついて私の顔を伺ってきた。
「渡したいものがあるってさ。」
と、私より先にノブがそう言う。
「ちょ!ノブ!」
どうせ私が恥ずかしがって素直に渡さなそうって思われたんだろうな。ノブに先読みされた私は、すぐさま渡さざるを得ない状況にさせられた。
「いや…昨日のお礼に…。」
「昨日?なんの事?」
あ、昨日のことは2人のヒミツだって話してたから、逢坂は約束を忠実に守ろうとしてくれてるのか。
「あ、ノブには昨日の事話したから良いの。大丈夫。」
「あ、そうなの?」
「うん。今聞いたばっかりだよ。」
「そうなんだ。」
「うん。それでね、逢坂にはお世話になったから、お礼にと思って。昨日みんなに配ってたトリュフの余りなんだけど、良かったら。」
「え?純理ちゃんの手作り?!貰っていいの?」
と言って立ち上がる逢坂。
「うん。」
「えぇ!!ありがとう!食べてみてもいい??」
逢坂は目を輝かせながらそう尋ねてきた。
「どうぞ。」
「じゃあ、頂きます。」
逢坂は袋から1粒取り出し、トリュフを口に入れる。嬉しそうに笑顔で味わってくれた。
「美味しいよ。ありがとう純理ちゃん。」
「それなら良かった。」
『雅が渡した本人の前でチョコ食べてる!!珍しい!!この子、貰ったチョコは持って帰って家で食べるような子なのに。』
「ノブも一つだけいる?美味しいよ?」
「いや、俺は昨日もらって食べてるよ。」
「え。先越されたー。なんてね。」
相変わらず今日も逢坂はニコニコだ。この人の辞書に泣くとか、ネガティブなんて文字は無いのかも…?!
「にしても、驚いたなぁ!純理ちゃんが俺にトリュフ持ってきてくれるなんて…!気を使わせてしまったかな?でも、ありがとう。純理ちゃんは優しいね…。」
「うるさいなぁ。優しくなんかないよ。ホントに迷惑かけちゃったから。」
逢坂は首を横に振ってから優しく返してきた。
「迷惑じゃないよ。むしろ頼ってくれてありがとう。ノブの代わりだったとはいえ、嬉しかったよ。」
「そんな…。」
でも逢坂は私にちょっといたずらっぽくこう言う。
「んー、でも足りないなぁ…。」
「え?」
逢坂は今度は私の座る机に手のひらをついては、じっと私の顔を覗き込んできた。か…顔が近い…!
そして、何を言うかと思えば…。
「俺へのお礼として、今日から“雅”って呼んで?」
「え?!」
まさかの名前で呼ぶように要求してきたのだ。
「ダメ?俺の事、もう嫌いじゃなさそうじゃん?」
と首を傾げてくる。
「そ…それは…。」
ーいっつもニコニコして、綺麗なことばっか言って、何考えてるか分からなくて、それなのに女子にキャーキャー騒がれて、しかも頭も良くて運動神経もいい??何なの?見てて腹立つ!!気に入らないの。あんたのこと。私はあんたみたいな人、嫌いなの!!
そう伝えてからもう4、5ヶ月も経っていた。
昨日だってわざわざ駆けつけてくれたし、何より優しくギュッてしながら、私の涙を受け止めてくれた。家まで送ってくれたりもした。
彼が本当は良い人だって事、もうとっくに気付いてた。
でも、素直になれない私はこう言い放って教室を出ることしかできなかった。
「…気が向いたらね。」
「やった!じゃあ俺たちもう友達って事で良いんだよね?…あれ?」
「雅、もう純理行っちゃったよ。って雅?!」
「純理ちゃーん。」
そしたらまさかの、逢坂は私の事を追いかけてきたのだ。
「ねぇ純理ちゃんてば!」
「ひぃ?!」
そして私のカーディガンの袖を掴んでくる。
「俺たち、友達って事で…良いの?」
逢坂はニコニコ嬉しそうにしている。彼は気付いて無いのかな?その笑顔が相手をある意味強制させる方向にしているってことに。押しつけだ、こんなの。しかもこんなかっこいい顔で。だから普通の女子はみんなコロッと行くんだね。
でも、今回ばかりは彼に貸しを作ってしまったから…さすがに人として肯定せざるを得なかった。
彼を見て、昨日のあの温かさを思い出した。
ねぇ私、もう彼の事毛嫌いしなくて良いんじゃ無いかな?
彼に、好きだって伝えてあげたらどうなの?
友達だよと言ってあげれば良いじゃん。
でも結局恥ずかしさもあって、素直になるのが苦手な私は、
「そういう事で良いよ。」
と返すので精一杯だった。
「…へっ!!?嬉しい!純理ちゃん、ありがとう!じゃあこれからもよろしくね!!!!」
逢坂は私の事を昨日以上に思いっ切り抱きしめて、クルッと1周回った。
それでいて、マイペースな彼は、
「あ、じゃあ授業だから戻るね!またねー!」
と言って逢坂は元気よく教室に戻って行った。
というこのやり取り、廊下でしたくなかった。
彼、目立つから廊下にいる人みんな見てる。
「井上さん、どうしたら雅くんにあんなに気に入ってもらえたの??教えて欲しい!」
派閥は無くなったけど、彼は相変わらずモテるからね。廊下にいて今のを見ていた彼のファンの女の子達は揃って私のところにそう聞きに来る。
そんなの、私が知りたいよ。
続く
アンケート
純理は清人に振られた事を引きずるか?
かなり引きずると思う…
37%
意外とあっさり吹っ切れるんじゃ?
63%
投票数: 83票
アンケート
🆕アンケート 何故雅は純理を送る時 無口だった?
そっとしてあげた方が良いと考えたから
71%
どう振る舞うのが正解か分からなかったから
17%
何か別で考え事をしていたから
12%
投票数: 52票
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。