第68話

🩵 続き
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2026/03/29 15:09 更新


廊下は静かだった。

人の気配もない。

照明の白さだけが、やけに残る。



足音がひとつ。

ゆっくり近づいてくる。

リョウガだった。

忘れ物を取りに戻ってきただけ。

それだけのはずだった。










角を曲がる。

その先に、

違和感。










「……え」





視界の端に、何かがある。

壁にもたれて、

崩れるように座っている人影。



一瞬で分かる。

「……アロハ?」

反応はない。



近づく。

呼吸が浅い。

顔色が悪い。





(やっぱり)

驚きより先に、

納得がくる。

 


「おいっ…」

しゃがむ。

肩に軽く触れる。

「アロハ、聞こえてるか」



少しだけ、反応。

でも意識は薄い。



「……っ、は……」

呼吸だけが荒い。







(これ、一人でやってたのか)

小さく息を吐く。



「いいから、ゆっくり」

低い声で言う。

「吸って……吐いて」



前にもあった。

似たようなこと。

だから分かる。



「ほら、大丈夫だから」

落ち着かせるように。



少しずつ、

呼吸が戻る。



でも。

完全じゃない。



「……立てるか」

声をかける。



アロハはわずかに首を振る。



(だよな)



無理に立たせない。

そのまま少しだけ待つ。



「……運ぶぞ」

静かに言う。



軽く身体を支える。

思ったより、軽い。



(ちゃんと食ってんのかよ)

そんなことを思いながら、

ゆっくり歩く。



誰にも見られないように。

静かに。








そのとき。



「……っ」



アロハの指が、

わずかにリョウガの服を掴む。



弱い力。

でも、

はっきりとした動き。



リョウガが一瞬だけ止まる。



「……大丈夫」


そう言う。

誰に向けてか分からないまま。



アロハの呼吸は、

さっきより落ち着いてきている。



でも。



身体の力が、

ほとんど残っていない。



支えていないと、

そのまま崩れそうなほどに。



「無理すんな」



小さく言う。



返事はない。



ただ、

呼吸だけが、

かすかに続いている。



数歩、進む。



その途中で。



アロハの身体が、

ふっと軽くなる。



力が抜ける。



「……おい!」



呼びかける。



反応はない。



目は閉じたまま。



呼吸はある。

でも、

完全に意識が落ちている。



「……はぁ」



小さく息を吐く。



(ここまでか)



どこか、

予想していたみたいに。



「ほんと、分かりやすいな」



ぼそっと呟く。



責めるでもなく、

呆れるでもなく。



ただ、

いつもの延長みたいに。



そのまま、

少しだけ抱え直す。



できるだけ揺らさないように。



廊下を進む。



足音だけが、

一定のリズムで響く。



遠くで、

誰かの話し声がする。



でも、

ここには届かない。



まるで、

切り離されたみたいに静かだった。



アロハの頭が、

わずかに肩にもたれる。



その重さを、

ちゃんと感じる。



(……一人で抱えすぎだろ)



思う。



でも、

口には出さない。



代わりに、

少しだけ腕に力を入れる。



落とさないように。



離さないように。



「……あとちょっと」



小さく声をかける。



届いてるかは分からない。



でも、

それでも言う。



静かな廊下を抜けて、

扉の前に立つ。



足で軽く開ける。



中は暗い。

仮眠室。



そっと中に入る。



ベッドに近づいて、

ゆっくりと下ろす。



できるだけ、

衝撃を与えないように。



「……」



少しだけ、

様子を見る。



呼吸は、

落ち着いている。



顔色も、

さっきよりはまし。



「……大丈夫かよ」



小さく呟く。



返事はない。



当たり前だけど。



少しだけ間。



その場から離れようとして、

やめる。



椅子を引いて、

ベッドの横に座る。



スマホを出す。



画面は開くけど、

何も見ていない。



ただ、

そこにいる。



それだけ。



しばらくして。



アロハの呼吸が、

さらにゆっくりになる。



完全に、

眠りに落ちたみたいに。



リョウガは、

小さく息を吐く。



「……まぁ」



ぽつりと。



「今回は、ちゃんと倒れたな」



少しだけ、

力の抜けた声。



それから、

ほんのわずかに笑う。



「その方がいいわ」



無理して立ってるより、

よっぽど。



部屋は静かだった。



でも、

さっきまでの苦しさは、

もうそこにはない。



ただ、

ゆっくりした時間だけが流れていた。



リョウガは、

背もたれに体を預ける。



視線は、

ベッドの方に向けたまま。



何も言わない。



でも、

ちゃんとそこにいる。



それだけで、

十分だった。

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