目が覚めたとき、
最初に感じたのは、静けさだった。
音がない。
人の気配もない。
少し遅れて、
身体の重さに気づく。
「……ん」
声が、かすれる。
ゆっくり目を開ける。
見慣れた天井。
(……ここ)
事務所の仮眠室。
そこまで理解して、
少しだけ時間が止まる。
(なんでここに)
考えようとして、
やめる。
考えたくないわけじゃない。
でも、
思い出したくない部分があるのが分かる。
身体を少し動かす。
重い。
腕も、足も、
自分のものじゃないみたいに鈍い。
「……はぁ」
ゆっくり息を吐く。
その呼吸で、
少しずつ戻ってくる。
断片的に。
廊下。
白い光。
壁。
呼吸がうまくできなかったこと。
「……あ」
小さく声が出る。
思い出す。
全部じゃない。
でも、
一番見られたくなかったところだけ、
ちゃんと残っている。
(……最悪)
顔を手で覆う。
誰もいないのに、
隠すみたいに。
しばらく、そのまま動けない。
(見られた)
その事実だけが、
はっきりしている。
誰に?
考えなくても分かる。
(……リョウガ)
胸の奥が、
少しだけざわつく。
恥ずかしさとも違う。
気まずさとも違う。
もっと、
どうしていいか分からない感じ。
「……何話したっけ」
記憶を辿る。
でも、
はっきりしない。
声をかけられたこと。
呼吸を整えられたこと。
そこまではある。
その後が、
ぼやけている。
(なんか……言ってた気がする)
でも、
思い出せない。
それが、
少しだけ救いでもあって。
少しだけ、
怖い。
「……やば」
ぽつりと呟く。
こんな状態、
見せたくなかった。
ずっと、
ちゃんとやれてるつもりだったのに。
ちゃんと笑えてると思ってたのに。
全部、
崩れてた。
それを、
見られた。
「……はぁ」
もう一度、息を吐く。
でも、
昨日の苦しさはない。
呼吸は普通にできる。
頭も、
ちゃんと回る。
ただ、
少しだけ空っぽみたいな感覚が残っている。
ベッドの端に手をつく。
ゆっくり起き上がる。
少しだけふらつく。
でも、
立てる。
(……大丈夫)
そう思う。
本当に大丈夫かは分からない。
でも、
昨日よりは確実に。
部屋を見渡す。
誰もいない。
それに、
少しだけ安心する。
でも同時に、
少しだけ、
分かってしまう。
(あのまま、ここまで来たんだ)
自分じゃない。
運ばれた。
そこまで想像できる。
「……まじか」
小さく笑う。
力のない笑い。
そのとき。
ドアの外で、
足音が止まる。
一瞬だけ、
心臓が強く鳴る。
ノックはない。
でも、
気配だけで分かる。
(……いる)
扉が、少しだけ開く。
「起きてる?」
リョウガの声。
変わらない。
いつもと同じ。
それが、
逆に少しだけ救いになる。
アロハは、
少し間を置いてから答える。
「……起きてる」
声は、少しだけ弱い。
でも、
ちゃんと出た。
ドアが開く。
リョウガが入ってくる。
一瞬だけ目が合う。
すぐに逸らす。
どっちからともなく。
「……大丈夫か」
短い一言。
「……うん」
それも短く返す。
それ以上、
何も言わない。
言えない。
でも。
その沈黙は、
思ってたより重くない。
気まずいはずなのに、
どこか落ち着いている。
リョウガは、
それ以上深く聞かない。
ただ、
近くの机にペットボトルを置く。
「水、飲め」
それだけ。
アロハは、
少しだけ頷く。
「……ありがと」
ペットボトルを手に取る。
少し冷たい。
その感覚が、
妙にリアルで。
(ちゃんと、現実だ)
そう思う。
一口飲む。
身体に染みる。
「……昨日さ」
アロハが、ぽつりと言う。
でも、
続きが出てこない。
言葉にしようとして、
止まる。
リョウガは待たない。
でも急かさない。
ただ、
そこにいる。
その距離が、
ちょうどいい。
アロハは、
少しだけ笑う。
「……なんか、全部は覚えてない」
正直に言う。
リョウガも少しだけ頷く。
「だろうな」
軽く返す。
「でも」
少しだけ間。
「ちゃんと限界だったってのは、分かるだろ」
その言葉。
すっと入る。
否定しなくていい。
無理に整理しなくていい。
ただ、
そういう状態だったって、
認めればいい。
アロハは、
ゆっくり頷く。
「……うん」
それで、
少しだけ楽になる。
全部思い出さなくてもいい。
全部説明しなくてもいい。
ただ、
分かってくれてる人がいる。
それだけで、
十分だった。
「……今日さ」
アロハが言う。
「ちょっとだけ、ゆるくやるわ」
小さな宣言。
リョウガは、
少しだけ笑う。
「それでいい」
短い一言。
でも、
ちゃんと肯定されている。
アロハも、
少しだけ笑う。
昨日とは違う、
軽い笑い。
完璧じゃなくていい。
全部じゃなくていい。
少しだけでいい。
そう思えた朝だった。
END











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。