第69話

🩵 終わり
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2026/03/29 15:09 更新
目が覚めたとき、

最初に感じたのは、静けさだった。



音がない。

人の気配もない。



少し遅れて、

身体の重さに気づく。



「……ん」



声が、かすれる。



ゆっくり目を開ける。



見慣れた天井。



(……ここ)



事務所の仮眠室。



そこまで理解して、

少しだけ時間が止まる。



(なんでここに)



考えようとして、

やめる。



考えたくないわけじゃない。



でも、

思い出したくない部分があるのが分かる。



身体を少し動かす。



重い。



腕も、足も、

自分のものじゃないみたいに鈍い。



「……はぁ」



ゆっくり息を吐く。



その呼吸で、

少しずつ戻ってくる。



断片的に。



廊下。

白い光。

壁。



呼吸がうまくできなかったこと。



「……あ」



小さく声が出る。



思い出す。



全部じゃない。



でも、

一番見られたくなかったところだけ、

ちゃんと残っている。



(……最悪)



顔を手で覆う。



誰もいないのに、

隠すみたいに。



しばらく、そのまま動けない。



(見られた)



その事実だけが、

はっきりしている。



誰に?



考えなくても分かる。



(……リョウガ)



胸の奥が、

少しだけざわつく。



恥ずかしさとも違う。



気まずさとも違う。



もっと、

どうしていいか分からない感じ。



「……何話したっけ」



記憶を辿る。



でも、

はっきりしない。



声をかけられたこと。

呼吸を整えられたこと。



そこまではある。



その後が、

ぼやけている。



(なんか……言ってた気がする)



でも、

思い出せない。



それが、

少しだけ救いでもあって。



少しだけ、

怖い。



「……やば」



ぽつりと呟く。



こんな状態、

見せたくなかった。



ずっと、

ちゃんとやれてるつもりだったのに。



ちゃんと笑えてると思ってたのに。



全部、

崩れてた。



それを、

見られた。



「……はぁ」



もう一度、息を吐く。



でも、

昨日の苦しさはない。



呼吸は普通にできる。



頭も、

ちゃんと回る。



ただ、

少しだけ空っぽみたいな感覚が残っている。



ベッドの端に手をつく。



ゆっくり起き上がる。



少しだけふらつく。



でも、

立てる。



(……大丈夫)



そう思う。



本当に大丈夫かは分からない。



でも、

昨日よりは確実に。



部屋を見渡す。



誰もいない。



それに、

少しだけ安心する。



でも同時に、

少しだけ、

分かってしまう。



(あのまま、ここまで来たんだ)



自分じゃない。



運ばれた。



そこまで想像できる。



「……まじか」



小さく笑う。



力のない笑い。



そのとき。



ドアの外で、

足音が止まる。



一瞬だけ、

心臓が強く鳴る。



ノックはない。



でも、

気配だけで分かる。



(……いる)



扉が、少しだけ開く。



「起きてる?」



リョウガの声。



変わらない。



いつもと同じ。



それが、

逆に少しだけ救いになる。



アロハは、

少し間を置いてから答える。



「……起きてる」



声は、少しだけ弱い。



でも、

ちゃんと出た。



ドアが開く。



リョウガが入ってくる。



一瞬だけ目が合う。



すぐに逸らす。



どっちからともなく。



「……大丈夫か」



短い一言。



「……うん」



それも短く返す。



それ以上、

何も言わない。



言えない。



でも。



その沈黙は、

思ってたより重くない。



気まずいはずなのに、

どこか落ち着いている。



リョウガは、

それ以上深く聞かない。



ただ、

近くの机にペットボトルを置く。



「水、飲め」



それだけ。



アロハは、

少しだけ頷く。



「……ありがと」



ペットボトルを手に取る。



少し冷たい。



その感覚が、

妙にリアルで。



(ちゃんと、現実だ)



そう思う。



一口飲む。



身体に染みる。



「……昨日さ」



アロハが、ぽつりと言う。



でも、

続きが出てこない。



言葉にしようとして、

止まる。



リョウガは待たない。



でも急かさない。



ただ、

そこにいる。



その距離が、

ちょうどいい。



アロハは、

少しだけ笑う。



「……なんか、全部は覚えてない」



正直に言う。



リョウガも少しだけ頷く。



「だろうな」



軽く返す。



「でも」



少しだけ間。



「ちゃんと限界だったってのは、分かるだろ」



その言葉。



すっと入る。



否定しなくていい。



無理に整理しなくていい。



ただ、

そういう状態だったって、

認めればいい。



アロハは、

ゆっくり頷く。



「……うん」



それで、

少しだけ楽になる。



全部思い出さなくてもいい。



全部説明しなくてもいい。



ただ、

分かってくれてる人がいる。



それだけで、

十分だった。



「……今日さ」



アロハが言う。



「ちょっとだけ、ゆるくやるわ」



小さな宣言。



リョウガは、

少しだけ笑う。



「それでいい」



短い一言。



でも、

ちゃんと肯定されている。



アロハも、

少しだけ笑う。



昨日とは違う、

軽い笑い。



完璧じゃなくていい。



全部じゃなくていい。



少しだけでいい。



そう思えた朝だった。



END

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