「あなたさん」
動いていいとの許しを得て、保健室前の庭で何度目かも解らない筋トレを繰り返していたあなたは、自分を呼んで立ち止まった影に顔を向けた。
『……ええと…すまない、顔は判るんですが』
「…逆にご存知でしたか。多分あの日一度一瞬お会いしただけだと思うんですが…あ、私は六年は組の食満留三郎です。用具委員長をしています」
『用具委員長…』
ふとあの善法寺もは組だと名乗っていたなと思い出し、あなたは頷いた。
『ああ…君が食満くんか。善法寺くんからよく』
「えっ!?アイツなんか言ってましたか!?」
変なことじゃないだろうな伊作…、と呟く留三郎にあなたは首を振る。
『君のことは後輩想いで学園一武闘派でよく善法寺を助けてくれるひとだと聞いています』
「ぇ、な、何だよ伊作のやつ…。あ、違います、こんな話をしにきたんじゃないんですよ!」
『はあ。何の用かな』
「そろそろあなたさんは医務室から長屋に移動出来ると伊作のやつに聞いて、あなたさんの部屋を準備しておきました。良ければ一度、見にきませんか?」
『私の部屋を?』
「はい。ちょっと部屋数の問題で、職員長屋とは別の長屋になっちゃったんですけど」
『それは構わないが…』
「何かそぐわないところがあれば私に言ってください。出来る限りお応えしますので」
『…私は雨風を少し凌げれば構わない。部屋も別に貰うつもりはなかったのだけれど…』
「へ?でもあなたさん学園で先生を…」
『…私は人様にものを教えることなんか出来ませんよ。怪我が治ったら、フリーとして稼いで恩返しをしようかと考えています』
もう、動けますし。
そう言って折れていた腕を太陽に翳しながらあなたが呟く。
「学園長がそんなこと許さないと思いますよ」
『何故?自分でいうのもなんですが、私は里では稼ぎ頭でしたよ』
「稼げる稼げないの問題ではなくて…。まあ、とりあえず見に来てくださいよ。実は、私の後輩たちが貴方に会いたがっているんです」
留三郎が少し困ったように眉尻を下げて笑う。
『私に?』
「はい。同じ一年の鶴町伏木蔵が保健委員だからって貴方に頻繁に会っている、とあいつらに話をしたらしくて」
『ああ、あの子か』
「ええ。良ければうちの奴らにも会ってやってくれませんか」
『…あまり、小さい子供は得意ではないから、遊んではあげられないと思うし、私と話しても何も楽しくないと思いますよ』
「そう言わずに。会うだけであいつらは喜びますから」
『……では少しだけ、見に行ってみようかな』
「ありがとうございます、こっちです!」
留三郎の隣を足音もなく歩くあなたは、保健室から離れたところで少しあたりに目を向けながら「あの周辺から離れるのは初めてだ」と口にした。
「え、今までずっとですか?」
『ああ…初めは動いてはいけないと言われていたし、最近は動いてもあの廊下や庭でことを済ませていたから』
「なんだ…そういう事ですか。てっきり軟禁か何かと勘違いなされているのかと驚きましたよ」
『軟禁か…学園からは出るなと言われていますが』
「それはまだ、いろいろと危ないですからね」
留三郎はちらりと隣のあなたを見た。
スタスタと歩くあなたはどこか身体を庇っている様子は少しもないし、その端整な顔立ちと、野村先生の私服のお古だという、感じの良い着物によって見た目こそただの小綺麗な青年のようだが、如何せん隙が無かった。
しかし彼をまだ捜している人達がいると先生方が話していたため、外に出るのはあまりに危険だ。
このままほとぼりが冷めるまで彼が学園から出ることは許されないだろう、と留三郎は思う。
「ここですよ、あなたさん」
『…ここは…生徒の長屋?』
庭の井戸や物干し竿を見て、あなたがそう留三郎に尋ねる。
「まあ、ハイ。位置的には、学園の長屋でも真ん中くらいでしょうかね…ええと、ここからだと正門は向こうの方になります。それからこちらに進めば上級生の四五六年の長屋、向こうに進めば下級生の三二一年の長屋になります」
『…つまり、私が住むところは丁度、境界というわけでしょうか』
「そうですね。三年生と四年生の長屋の間にこの建物は建っています。元々、まだ人数が多いときに生徒の長屋として使われていたそうなんですが、人数が減って丁度境だからと、ここが空けられていたんです」
おーい、と留三郎がいいながら、部屋の扉を開けた。
「「あ!食満せんぱーい!お帰りなさい!」」
「お、お帰りなさい…」
「食満先輩、丁度全部終わった所ですよ…あ!ももももしかして、貴方が新しい先生ですか…!?」
元気の良いピッタリに揃った挨拶をはじめ、えらくびびっている生徒と萌黄色の制服を着た生徒にあなたは目を瞬いた。
「こいつらが俺の後輩です」
なるほど、とあなたが頷く。
と、足元に駆け寄ってきた子供二人にあなたが思わず身構えた。
「おにーさんが新しい先生なんですかあ?」
「僕、山村喜三太でーす!」
「僕、福冨しんベヱでーす!」
「「僕たち一年は組のよい子でーす!!」」
『あ、ああ…』
「おにーさんナメクジさんは好きですかぁ?」
「お饅頭は!?」
訳のわからない勢いに顔が引き攣ったあなたを見て、慌てて萌黄色が二人の井桁模様を引き離した。
「こ、こら!お前ら!ゆっくり順番に喋れ!…ええと、あの、お…僕は三年ろ組の富松作兵衛と言います。こっちが……おい平太、出てこい」
「ひぃ…」
作兵衛の影に隠れていた井桁模様が前に押し出される。
「こいつが、平太です」
「は、はじめましてぇ……ぼぼ、ぼく一年ろ組下坂部平太ですぅ…」
『ろ組…斜堂先生の』
「は、はい…」
『なるほど…。……用具委員のみなさんですね。私は少し前からここでお世話になっているあなたと申します』
どうぞよろしく、と無表情に言うが、一年たちはさして気にしていないようで、「はーい!」と声をあげた。
「もういいかお前たち。あなたさんの部屋、ここになります」
部屋を見渡すと、日当たりもよく十分な広さのある所だった。
『…何だか、悪いな』
「この長屋の他の部屋は実習の道具や変装衣装の置き場や、罠やからくりの材料置き場…まあ一言で言えば物置になってしまっていますが、人は居ないので、他の場所よりは静かだと思いますよ」
『助かる。ありがとうございます』
「僕たちがお掃除しましたー!」
「先輩、お腹すいたよぅ」
「こ、こら」
「しんベヱさっき饅頭食っただろ」
『君たちもありがとうございます』
「「どういたしましてー!」」
ニコニコ笑うは組のふたりにあなたは少し居心地が悪そうに首をかいた。
「何か他にいるものはありますか?」
『十分だ』
あなたはそう言って肩をすくめた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。