第5話

許せない
12
2025/11/01 10:31 更新
谷地「きゃっ、雨?」

ザァッと音を立てる雨は、けして小雨ではない量だ。
仕事で東京に来ていた谷地は土地勘のなさに困り、あわてて近くの公園に駆け込んだ。
公園に設置されたトイレに入り、雨で濡れた髪を絞る。

谷地「あれ?」

そんな雨の中、手の甲を抑えて砂場でうずくまる女の子を見つけた。
谷地はあわてて駆け寄り、声を掛ける。

谷地「ど、どうしたの?大丈夫?」
女の子「絵が消えちゃう…っ」

女の子が手を抑えているのは
手の甲に描いた絵が雨で消えてしまうからであった。

谷地「あ〜っ、な、なら!私がまだ描いてあげるよ!それに、ここにいたら濡れちゃうよ?トイレの方に行こう?」
女の子「だめ!お母さんに怒られちゃう!」

女の子は頑なに動かない。
谷地はう〜、と困り果てた。
自分が風邪を引くのは仕方がない。
でも、こんな小さな女の子が風邪を引いたらどんなことになってしまうのか、谷地にその知識はない。
悩んだ末、その母親に頼むしかないと、辺りを見渡すが、そのようなかげはない。
不審に思い、女の子にきく。

谷地「お父さんやお母さんは?」
女の子「お父さんはいない。お母さんは、おうちで寝てる。夜にお仕事に行くの」

谷地は更に深まった不審感に、嫌な予感をかき消す。

女の子「あっ」

と、女の子が声を上げた。
見やると、手の甲に描かれていたぞうの笑が消えていた。

谷地「!」

その下には、あざがあった。

谷地「…袖をめくってもいいかな?」
女の子「え?う、うん…」

谷地がそっと袖をめくると、出てきたのはたくさんのあざ。
高校時代、レシーブによるあざを見てきて、知っている。
これは最近のものだ。

谷地「…これ、どうしたの?」
女の子「…わたしが、ちゃんと待ってなかったから、うるさいって、お母さんに」

あぁ、やっぱりだ。
この子は虐待を受けている。
こういうときは、警察に言うのが先決だ。
しかし、体のあざと、子供一人の証言では、やはり警察も注意喚起くらいしかできない。

谷地「ごめんね、お姉ちゃんに、おうちを教えてもらえるかな?ちょっとお母さんとお話しなくちゃいけないことができたみたい。」
女の子「うん」


そうしてついていったところは古びた一軒家。
谷地は息をつくと、インターホンを押した。
女の子の手をしっかりと握って。

母親「はい?」

中から苛ついた様子の女性が出てきた。
他人の家庭事情に首を突っ込むのはためらわれる。
でも、流石に見つけてしまった以上、放っておくことはできなかった。

谷地「すみません、娘さんにおうちを教えていただきました。」
母親「はぁ?」

母親が苛ついたように女の子を睨んだ。
女の子はひっ、と声をもらして、谷地の後ろに隠れた。

谷地「人様の家庭事情に首を突っ込む気はあまりないのですが、見てしまった以上、少しお話したいと思いまして、」
母親「はぁ?なんであんたなんかと話さないといけないのよ」

母親は心底苛ついたように谷地の後ろにいる女の子を奪い返そうと、手を伸ばす。

谷地「怖がってます」
母親「チッ」

母親は舌打ちを隠す気もないようだ。

母親「返してくれる?それ。」
谷地「この子はものじゃありません」
母親「うるさい!!誘拐で警察呼ぶわよ!」

母親に睨まれる。怯みそうになる。
それでも、もうネガティブにはならない。高校で、教えてもらった。

谷地「この子に、あざがありました。明らかに、人がつけたあざがたくさん。」
母親「!!このガキ…!!」
女の子「ひっ」

母親が鬼の形相で女の子に手をあげる。
谷地は咄嗟に庇った。
谷地の頬を母親の手が思い切りぶつ。
谷地はいまこの母親に話は通じないと気づき、女の子を腕に抱えた。

母親「待て…!!」

追いかけてくる母親をかわし、谷地は走り出した。
まるきり誘拐犯だが、今の状態の母親に女の子を渡すのは危険だ。

母親「あああぁぁぁあぁ!」

母親は奇声を発しながら石を投げてくる。

女の子「お母さん!やめて!」
母親「うるさぁぁぁぁいい!!!!」

母親は更に怒って、スピードをあげる。
谷地の足はものすごい速くはない。普通の速さだ。
その上、女の子を1人抱えている。
嫌でも足は遅くなる。

谷地「はぁっ、はぁっ、!」

足がもつれた。
ズシャ、とコケるも走って逃げる。


谷地「っしまった…!」

慌てて入った路地は、行き止まりだった。
母親が入ってくる。

母親「ブツブツ…」

何かをつぶやいている。腕に抱えた女の子がぎゅう、とし
がみついてくれたから、谷地の疲れ果てた足に少しだけ力が戻った。

谷地「大丈夫…!」
女の子「?」

谷地も、ギュッ、と女の子を抱きしめた。

谷地「絶対に、守るよ。」

谷地は、かすかな隙をついて逃げ出した。
後ろから追ってくる母親の気配を感じながら、再び走る。

谷地「はぁっはぁっ、!」

そのときだ。前に人が立ちはだかった。

谷地「うえっ!?」

突然のことに思い切りぶつかってしまう。

谷地「す、すみません!!」

すると、ちょちょちょ、落ち着いて、と聞き慣れた声が頭の上から降ってくる。

黒尾「どしたの?やっちゃんでしょ?」
谷地「く、黒尾さん…?」
黒尾「黒尾さんですヨー」

谷地は咄嗟に口を開いた。

谷地「た、助けてください!!」
黒尾「え」
谷地「この子、虐待受けてて!そのお母さんからいま逃げてて、!」
黒尾「!」

一瞬で情報を把握したのだろう。黒尾は素早く辺りを見回すと、谷地の手を引いて走り出した。




研磨「……で、おれんちきたわけ?」
黒尾「わりー、緊急事態なんだわ」
谷地「す、すみませ、わたしの、体力が、ないばっかりにげえっほ」
研磨「いいよ、子供一人抱えて十分以上逃げたんでしょ」

黒尾が、咄嗟に逃げ込んだのは研磨の家だった。
ほんの少し濡れて入るものの、あまり濡れていたり幼馴染に、息をきらし、水がポタポタと滴り落ちるほどに濡れた谷地、あまり濡れていない女の子。
その他多くの情報から、谷地が走り回ったことをすぐに理解して入れてくれたのだ。

谷地「はぁぁぁぁぁぁぁ……疲れだぁ…」
黒尾「お疲れw」
研磨「いま警察呼んだ。」
谷地「はっっっっ!!!ももももももし、研磨くんの家から子供が出てきたら、スキャンダルになりかねない!?!?あわわわわわわ、いいいいい、いますぐ出ていきますっっっ!!!」
研磨「いいから。疲れてるでしょ?いつまでも玄関にいないで、上がりなよ。」

すすめられるまま中に入る。
体をふき、部屋着を貸すという2人の誘いを全力で断り、女の子と絵を描いて待っているうちに、眠ってしまったらしい。
起きた時には、田中潔子がいて、着替えさせてもらったあとだった。
警察として来てくれたのは、先月異動になった澤村大地だったらしい。
「うちの大事なやっちゃんにてぇだそうとしたな、あのクソアマ…!」
「澤村、私にも殺らせて」
なんて会話があったことを知るのは、黒尾と研磨だけだ。

          (終)

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