エスは紙袋を持って歩いていた。
中に入っているのは、ビニールの袋に入れてリボンで結んだチョコクッキー、11個。
ため息をつきながら、エスは囚人たちを探す。
きっかけは、昨日のジャッカロープの言葉だった。
それは、エスがその日の作業を終え、資料をジャッカロープに渡したときのこと。
ジャッカロープは呆れたように目を細める。
エスは机の上を簡単に片付けてキッチンへ向かい、前に取り寄せたレシピ本を開きつつ必要なものを確認した。
支給品は申請を出してから数時間で届く。そして今は夕方。急げば明日までには完成させられる。
エスは頷き、申請の用紙を取りに行った。
そして、昨晩完成したのがこのチョコクッキーだった。時間がないのであまり凝ったものはできなかったが、味見したところかなりいい出来だった。
それで、それを先程ラッピングして、こうして渡しに行こうと歩いているのだが。
存在は知っていたものの、バレンタインというものを初めて体験するエスには、渡し方もその意味もわからなかった。
それで、パノプティコンの前の廊下をうろうろと歩いていたのだが。
エスが言葉を発する前に、ミユリが手を差し出してきた。
そこには、薄桃色の小さな箱があった。
エスは紙袋から例のチョコクッキーを出し、ミユリに手渡した。するとミユリのその顔がぱっと明るくなる。
そう言ってミユリとチョコを交換し、その箱を少し開けてみる。中には高級そうなトリュフが入っていた。
それからほとんど間を空けず、レイナとノア、そしてムユが部屋から出てきて、エスに話しかけてきた。
いち早くレイナが渡してきたのは、袋に入れられたチョコマフィンだった。
そう言ってエスも袋を差し出し、それを交換する。
その後、段々とパノプティコン内に人が増えてきて、交換会が始まってしまった。
そう言ってマナから渡されたのは、紫色の箱に並んだマカロン。
エスが意外に思ったのは、リョウヤがチョコを手渡してきたことだ。
その後、参加せずに隠れていたアイトとザクロも見つけた。
ザクロにはそうやって無理矢理に押し付けた。
アイトにも少し遠慮されたが受け取って貰えた。
それで、残るはあと1人。いや1匹と言うべきか。
少し探すと、廊下にその姿を見つけた。
エスは、最後のチョコクッキーをジャッカロープに手渡した。ジャッカロープはそれを両手でしっかり掴み、嬉しそうにその長い耳を揺らした。
エスは、紙袋に満ちた、囚人たちからのチョコを見る。トリュフ、チョコマフィン、チョコクランチ、マカロン、そしてブラウニー。
廊下を去るジャッカロープの姿を、エスは小さく手を振って見送った。
自室に戻ったエスは、紙袋からもらったチョコを出し、机の上に並べる。そして、その中のひとつ──ミユリにもらったトリュフをひとつ、口へ運んだ。
甘いその風味に、つい頬が緩む。
エスが思い出すのは、交わした感謝の言葉、そして手に持ったチョコの重み。
そんな独り言を言って、エスはチョコの片付けをはじめた。これから、また仕事をしなければならないのだから。
まだ口の中に残るチョコを味わいつつ、エスは支給品の申請書の整理を始める。これが終わったら、次はレイナのチョコマフィンでも食べよう。
そう考えるだけで、少し仕事が楽しくなる気がした。























編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。