第24話

〖Story〗バレンタイン/チョコクッキー/意味
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2026/02/16 12:10 更新
エスは紙袋を持って歩いていた。
中に入っているのは、ビニールの袋に入れてリボンで結んだチョコクッキー、11個。
エス
エス
はあ……
ため息をつきながら、エスは囚人たちを探す。
きっかけは、昨日のジャッカロープの言葉だった。
それは、エスがその日の作業を終え、資料をジャッカロープに渡したときのこと。
ジャッカロープ
そういえばエス、明日はバレンタインよね?
エス
エス
バレンタイン……
エス
エス
って、あの、カップルがチョコを渡す儀式?
ジャッカロープ
うーん、言い方がちょっとあれだけど、そういうものね。あなたはチョコとか作らないの?
エス
エス
え? 誰にあげるの?
ジャッカロープ
もちろん私と、あとは囚人達でしょ
エス
エス
ウサギってチョコ食べれるのかな……
エス
エス
っていうか、バレンタインってカップルの儀式でしょ? あたしには関係ないから
ジャッカロープ
ほんとに世間知らずよね……。
ジャッカロープは呆れたように目を細める。
ジャッカロープ
家族とか友達とか、彼氏じゃなくても大切な人にあげていいのよ。そういうものなの。
エス
エス
ふーん……
なんの意味があるの?
ジャッカロープ
それは……
まあ手作りのお菓子をもらって嬉しくない人なんていないでしょ? 私、最近甘いもの食べてないのよ
エス
エス
はー、仕方ないな……
エスは机の上を簡単に片付けてキッチンへ向かい、前に取り寄せたレシピ本を開きつつ必要なものを確認した。
支給品は申請を出してから数時間で届く。そして今は夕方。急げば明日までには完成させられる。
エスは頷き、申請の用紙を取りに行った。
そして、昨晩完成したのがこのチョコクッキーだった。時間がないのであまり凝ったものはできなかったが、味見したところかなりいい出来だった。
それで、それを先程ラッピングして、こうして渡しに行こうと歩いているのだが。
エス
エス
……どうやって渡そう
存在は知っていたものの、バレンタインというものを初めて体験するエスには、渡し方もその意味もわからなかった。
それで、パノプティコンの前の廊下をうろうろと歩いていたのだが。
010 ミユリ
010 ミユリ
あっ、看守さん、おはようございます
エス
エス
おはよう、ミユリ。…あの
エスが言葉を発する前に、ミユリが手を差し出してきた。
そこには、薄桃色の小さな箱があった。
010 ミユリ
010 ミユリ
あの、ハッピーバレンタイン、です
010 ミユリ
010 ミユリ
ごめんなさい、手作りはやっぱり難しくて諦めちゃったんですけど……
エス
エス
いや、全然大丈夫だよ。ありがとう
エス
エス
……あの、あたしも……
エスは紙袋から例のチョコクッキーを出し、ミユリに手渡した。するとミユリのその顔がぱっと明るくなる。
010 ミユリ
010 ミユリ
これ、看守さんが作ったんですか? すごく美味しそう……
010 ミユリ
010 ミユリ
ふふ、ありがとうございます。大事に食べますね
エス
エス
うん、あたしもそうするよ
そう言ってミユリとチョコを交換し、その箱を少し開けてみる。中には高級そうなトリュフが入っていた。
それからほとんど間を空けず、レイナとノア、そしてムユが部屋から出てきて、エスに話しかけてきた。
002 レイナ
002 レイナ
おはよう、エスちゃん!
002 レイナ
002 レイナ
はいっ、いつもありがとう!
いち早くレイナが渡してきたのは、袋に入れられたチョコマフィンだった。
エス
エス
ありがと、えっと、あたしも……
そう言ってエスも袋を差し出し、それを交換する。
008 ノア
008 ノア
私も私も!
今年はチョコクランチにしてみたんだ〜!
006 ムユ
006 ムユ
……どうぞ。すみません、私のはレイナさんと同じものなんですが……
エス
エス
ありがとう、2人とも。
えっと、ちょっと待って……
その後、段々とパノプティコン内に人が増えてきて、交換会が始まってしまった。
004 マナ
004 マナ
はい、エスちゃん。
ごめんね、支給品なんだけど
そう言ってマナから渡されたのは、紫色の箱に並んだマカロン。
エス
エス
ありがとう。大事に食べるよ
あたしからも、はい
003 ジン
003 ジン
看守さん看守さん、俺には!? 俺には無いの!?
005 ナツメ
005 ナツメ
おい待て馬鹿……
あっ、こいつは無視していいからな
エス
エス
ちゃんと2人にもあるよ。はい
003 ジン
003 ジン
え、嬉しいんだけど! ありがと!
005 ナツメ
005 ナツメ
……ホワイトデーになんか返すよ
エスが意外に思ったのは、リョウヤがチョコを手渡してきたことだ。
001 リョウヤ
001 リョウヤ
ブラウニーなんだけど、食べられるかい?
エス
エス
うん、多分。
……えっと、これ作ったの?
001 リョウヤ
001 リョウヤ
一応ね。夜中にキッチンを借りさせてもらって作ってみたんだよ
001 リョウヤ
001 リョウヤ
ブラウニーは初めてだったから、口に合わなかったらごめんね
エス
エス
へえ、そうなんだ……。
あたしからも、はい
001 リョウヤ
001 リョウヤ
ありがとう。美味しそうだね
エス
エス
あんたのもね。
その後、参加せずに隠れていたアイトとザクロも見つけた。
009 ザクロ
009 ザクロ
はあ……。貰っても返せねえぞ
エス
エス
別にいいよ、受け取って
ザクロにはそうやって無理矢理に押し付けた。
007 アイト
007 アイト
……僕が貰ってしまっていいんですか?
エス
エス
いいよ、あげるために作ったんだし。
007 アイト
007 アイト
……また何か返しますね
アイトにも少し遠慮されたが受け取って貰えた。
それで、残るはあと1人。いや1匹と言うべきか。
少し探すと、廊下にその姿を見つけた。
エス
エス
ジャッカロープ、いた
ジャッカロープ
あら、渡しに来てくれたの?
エス
エス
……調べたら、ウサギはチョコは食べれないってあったんだけど、大丈夫なの?
ジャッカロープ
ウサギじゃないって言ってるでしょ!
エス
エス
それならいいけど……
エスは、最後のチョコクッキーをジャッカロープに手渡した。ジャッカロープはそれを両手でしっかり掴み、嬉しそうにその長い耳を揺らした。
ジャッカロープ
そうだ、意味、見つかった?
エス
エス
意味? ……ああ
エスは、紙袋に満ちた、囚人たちからのチョコを見る。トリュフ、チョコマフィン、チョコクランチ、マカロン、そしてブラウニー。
エス
エス
なんとなく、ね。わかった気がする
ジャッカロープ
へえ、よかったじゃない。
それじゃ、私はもう行くわね
ジャッカロープ
チョコ、ありがとう
エス
エス
うん、どういたしまして
廊下を去るジャッカロープの姿を、エスは小さく手を振って見送った。
自室に戻ったエスは、紙袋からもらったチョコを出し、机の上に並べる。そして、その中のひとつ──ミユリにもらったトリュフをひとつ、口へ運んだ。
エス
エス
──おいしい
甘いその風味に、つい頬が緩む。
エスが思い出すのは、交わした感謝の言葉、そして手に持ったチョコの重み。
エス
エス
バレンタイン、悪くないかも
そんな独り言を言って、エスはチョコの片付けをはじめた。これから、また仕事をしなければならないのだから。
まだ口の中に残るチョコを味わいつつ、エスは支給品の申請書の整理を始める。これが終わったら、次はレイナのチョコマフィンでも食べよう。
そう考えるだけで、少し仕事が楽しくなる気がした。

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