第21話

君の爪先が俺色に変わる時
344
2024/03/01 15:20
Tatsuya Side
深澤辰哉
ねぇ、あなたちゃん?
あなた

うん?

深澤辰哉
いっつも思うんだけどさ、
なんで赤なの?
あなた

うーん…何でだろうね。

綺麗に染められた赤い爪。
舘さんが好きー!とかじゃなくてね?
9人で写ってる写真見せたら、舘さん指さしてこの人かっこいいねって言ってたけど!
イケメン彼氏の隣で!!

そんなことも知らずに彼女は赤い爪を眺めながら、さっき俺がした質問の答えを探しているようだった。
あなた

んー、多分、もう癖みたいなもんかな。
ないと落ち着かないの。

深澤辰哉
なぁるほどねぇ?
あなた

前に、ほかの色に変えたら売上落ちたし。

深澤辰哉
それは戻すわ!
あなた

でしょ?

それから、ずっと彼女の指先には赤がいるらしい。

あなたちゃんは、いわゆる夜の蝶ってやつ。
仕事の時間はいつも夜だし、それも結構いいお店のナンバーワンなんだって。

前に一回、行ってみたいっていうから場所を聞いたら、とても簡単に行けそうな場所ではなかった。

あなた

まぁ、辞めたら紫でもいいよ?

深澤辰哉
おぉん、言ったかんね?
あなた

うん。

この時は、この言葉がはるか先の話だと、ずっと思っていた。
それでもいいと思ってたしね?
でも、きっとこれを言った時には、あなたちゃんの中で心が決まってたんだろうね。

あなた

ちなみに、
辰哉は私が今の仕事辞めたら、
どうする?

深澤辰哉
おーん、そうねぇ…。
俺んとこ来たらいいんじゃない?
そう言ったら、なんだそれって笑ってた。
でも、本気で思ってるんだよ?
なんて…、今はまだ言えないけど。
あなた

じゃあさ、そん時になったら
引退セレモニーには、辰哉呼んであげるよ。

深澤辰哉
約束だかんね?
あなた

うん。


いいよ、そう言って笑ったあなたちゃんと一緒に笑う。
一日の中に二つの約束が増えた、そんな日になった。


未来の約束、でもきっと…そんなに遠くない未来になる約束。
Girl Side


別に好きでこの業界の中にずっといるわけじゃない。
辞める理由が見つからなくて、いろんなお客さんが私を応援してくれて、気が付いたらナンバーワンになっていた。

でも別に、ナンバーワンになったことにもこだわりはなくて、出勤日減らしたりしても、幻のナンバーワン嬢!なんて言われて、指名はずっと絶えなかった。

ありがたいことだと思う。
みんなその座を目指して、この世界に入っていて、誰もが憧れる場所だと思うから。


でも、銀座の高級クラブ、そのナンバーワンの嬢という肩書が重くて、逃げ出したかった。

ちょうどその頃に辰哉とは出会った。
彼は、私の職業がばれても何も言うことはなかったし、多少金遣いが荒くても、長い時間会えないことがあっても、怒ったりする人じゃなかった。
あなた

辰哉はさ、
なんで私のことなんか好きになったの。

深澤辰哉
なんかって…。
どうしたの、自信ないね?
あなた

ナンバーワンのくせにって、辰哉も言う?

深澤辰哉
いや、そうじゃねえけどさ?
ナンバーワンなんだから。
ナンバーワンのくせに。


何度も投げかけられた羨望とやっかみの言葉。
自分が絡んでいるかどうかなんて関係なく、誰かと誰かが蹴落としあいをする世界。
見るのもうんざりだし、反吐がでそうなセリフ。


あらわになった背中に毛布をかけてから、辰哉はう~んと考えて、虚空を見つめた。
辰哉の愛に溺れてる時間だけが、今の私にとっては癒しだったし、ただの私に戻れる場所だった。
あなた

そんな考えること?

深澤辰哉
だって、全部!
とか言っても納得しないっしょ?
あなた

そうだけど…。

深澤辰哉
でも、ちゃんと言葉にしてって
難しいじゃん?
あなた

そっか…

辰哉のどこが好きって、じゃあ自分が聞かれたらどうって、私も確かにだんまりしてしまうかもしれない。
確かに、相手の好きを言葉にするのが難しい、辰哉の言うことがよくわかる。
あなた

ごめん、難しいこと聞いて。

深澤辰哉
なぁんで謝るの、
それが今のあなたちゃんに
必要なことでしょ?

んっとねー、と考えながら、布団に潜り込んできて、辰哉はいろんな好きをくれた。
作る料理、優しい性格…脚が綺麗ってのだけはちょっと解せないから怒ったけど。
深澤辰哉
でもさぁ、一番はやっぱ
負けず嫌いなとこだよね。
あなた

負けず嫌い?

深澤辰哉
そう、あなたちゃんさ、
やる気ないって言いながら
ずっと一番キープする努力は
ちゃぁんとしてるっしょ?
はた、と考えてみると、確かにどんな時だって手を抜いたことは一度もない。
お客さんに適当なこともしないし、お店にいても絶対に店の品格を下げることはしない。

私のなかでのプライドみたいなものだった。
だから、店を下げるような真似をする女の子は怒ったし、意味のない争いも嫌いだけどうだうだと言いながらも、仲裁に入ることもあった。

深澤辰哉
あなたちゃんのさ、そういうとこ見てると
あぁ、この仕事割と好きなのかな〜
って思ったのよ。
あなた

しんどいけどね。

深澤辰哉
でも、辞めないのは、
そういうことっしょ?
あなた

そう、なのかも。

ほらね?そう言って笑う彼は、私の中にあるもやもやを全部吹き飛ばしてしまう、マジシャンか何かなんだと思う。

Tatsuya side


ピロートークって呼ばれる夜の語らいで、そんな話をした数週間後、彼女の引退セレモニーは決まった。

もう、聞いた時はビックリよ?
もっと先の話だと思ってたし!


長い間店を引っ張ってきた子だから、と随分盛大に開催されるらしいセレモニーは、業界関係者も多く、あなたちゃんいわく、俺一人くらい紛れ込んでもなんでもないだろう、との事だ。
深澤辰哉
うっわ…すっげぇ人。
夜の蝶、としてのあなたちゃんの表情は初めて見るものばかりで、きっと沢山傷ついたりもしたんだと思うけど、その全てを肯定できるくらいには楽しかったんだろうって事も分かる。
深澤辰哉
あなたちゃん
あなた

あ、ありがとう!

紫色のドレスに身を包んだ彼女は、とても美しくて見惚れてしまいそうだった。
とうの昔に惚れきってると思ってたけど、まだ惚れる要素ってあるのね。

たくさんの人に声をかけられて、笑って、お酒を飲んで…あなたちゃんの周りの人だかりは消えることがなくて、たくさんの人に愛されてきたんだねぇって心が暖かくなるけど、彼氏としては面白くないよねぇ。
あなた

皆さん!たくさんの餞別ありがとう!
私からもひとつ、皆さんに報告があります!

何も聞かされていないみんなはザワザワするけど、それは俺も同じで。

すると、バチンと彼女と目が合って手招きされる。
いつもの数倍は妖艶で、可愛らしくて…そんな彼女の、彼女の赤が灯された爪先に導かれて、彼女の隣に立つとにっこり笑った彼女が、あろう事か、みんなの前で俺の唇を奪っていった。
深澤辰哉
………は?
あなた

結婚します♡

深澤辰哉
はぁっ!?!?
びっくりしてる俺の前に出てきたのは、きっと彼女が準備したんだろうシンプルなシルバーリング。


うっそでしょ…???
プロポーズは俺からって思ってたのに!
衝撃の逆プロポーズから1夜、夕方に帰ってきた彼女の爪は本当に淡い紫色になった。
そして、左手の薬指には俺とお揃いの指輪。
深澤辰哉
ほんっと…
あなたちゃんさぁ…
あなた

ふふ、びっくりしたでしょ?

深澤辰哉
びっくりなんてもんじゃねぇわ!
あなた

いい反応だったぁ〜!

ケラケラ笑う彼女は、もう俺だけのもの。
あんなに魅力的な表情も、自信の無いうちの中での顔も…何もかも全てが俺のもの。
あなた

今日からはさ、辰哉しか見ないからね。

深澤辰哉
おぉん、そうしてよ?
プロポーズでは1本取られたけど。

他の男なんて、目に入らないくらい、
幸せにしてやるから…覚悟しててよ?

そう決意を込めて、俺色に染った爪先にキスをした。

プリ小説オーディオドラマ