Tatsuya Side
綺麗に染められた赤い爪。
舘さんが好きー!とかじゃなくてね?
9人で写ってる写真見せたら、舘さん指さしてこの人かっこいいねって言ってたけど!
イケメン彼氏の隣で!!
そんなことも知らずに彼女は赤い爪を眺めながら、さっき俺がした質問の答えを探しているようだった。
それから、ずっと彼女の指先には赤がいるらしい。
あなたちゃんは、いわゆる夜の蝶ってやつ。
仕事の時間はいつも夜だし、それも結構いいお店のナンバーワンなんだって。
前に一回、行ってみたいっていうから場所を聞いたら、とても簡単に行けそうな場所ではなかった。
この時は、この言葉がはるか先の話だと、ずっと思っていた。
それでもいいと思ってたしね?
でも、きっとこれを言った時には、あなたちゃんの中で心が決まってたんだろうね。
そう言ったら、なんだそれって笑ってた。
でも、本気で思ってるんだよ?
なんて…、今はまだ言えないけど。
いいよ、そう言って笑ったあなたちゃんと一緒に笑う。
一日の中に二つの約束が増えた、そんな日になった。
未来の約束、でもきっと…そんなに遠くない未来になる約束。
Girl Side
別に好きでこの業界の中にずっといるわけじゃない。
辞める理由が見つからなくて、いろんなお客さんが私を応援してくれて、気が付いたらナンバーワンになっていた。
でも別に、ナンバーワンになったことにもこだわりはなくて、出勤日減らしたりしても、幻のナンバーワン嬢!なんて言われて、指名はずっと絶えなかった。
ありがたいことだと思う。
みんなその座を目指して、この世界に入っていて、誰もが憧れる場所だと思うから。
でも、銀座の高級クラブ、そのナンバーワンの嬢という肩書が重くて、逃げ出したかった。
ちょうどその頃に辰哉とは出会った。
彼は、私の職業がばれても何も言うことはなかったし、多少金遣いが荒くても、長い時間会えないことがあっても、怒ったりする人じゃなかった。
ナンバーワンなんだから。
ナンバーワンのくせに。
何度も投げかけられた羨望とやっかみの言葉。
自分が絡んでいるかどうかなんて関係なく、誰かと誰かが蹴落としあいをする世界。
見るのもうんざりだし、反吐がでそうなセリフ。
あらわになった背中に毛布をかけてから、辰哉はう~んと考えて、虚空を見つめた。
辰哉の愛に溺れてる時間だけが、今の私にとっては癒しだったし、ただの私に戻れる場所だった。
辰哉のどこが好きって、じゃあ自分が聞かれたらどうって、私も確かにだんまりしてしまうかもしれない。
確かに、相手の好きを言葉にするのが難しい、辰哉の言うことがよくわかる。
んっとねー、と考えながら、布団に潜り込んできて、辰哉はいろんな好きをくれた。
作る料理、優しい性格…脚が綺麗ってのだけはちょっと解せないから怒ったけど。
はた、と考えてみると、確かにどんな時だって手を抜いたことは一度もない。
お客さんに適当なこともしないし、お店にいても絶対に店の品格を下げることはしない。
私のなかでのプライドみたいなものだった。
だから、店を下げるような真似をする女の子は怒ったし、意味のない争いも嫌いだけどうだうだと言いながらも、仲裁に入ることもあった。
ほらね?そう言って笑う彼は、私の中にあるもやもやを全部吹き飛ばしてしまう、マジシャンか何かなんだと思う。
Tatsuya side
ピロートークって呼ばれる夜の語らいで、そんな話をした数週間後、彼女の引退セレモニーは決まった。
もう、聞いた時はビックリよ?
もっと先の話だと思ってたし!
長い間店を引っ張ってきた子だから、と随分盛大に開催されるらしいセレモニーは、業界関係者も多く、あなたちゃんいわく、俺一人くらい紛れ込んでもなんでもないだろう、との事だ。
夜の蝶、としてのあなたちゃんの表情は初めて見るものばかりで、きっと沢山傷ついたりもしたんだと思うけど、その全てを肯定できるくらいには楽しかったんだろうって事も分かる。
紫色のドレスに身を包んだ彼女は、とても美しくて見惚れてしまいそうだった。
とうの昔に惚れきってると思ってたけど、まだ惚れる要素ってあるのね。
たくさんの人に声をかけられて、笑って、お酒を飲んで…あなたちゃんの周りの人だかりは消えることがなくて、たくさんの人に愛されてきたんだねぇって心が暖かくなるけど、彼氏としては面白くないよねぇ。
何も聞かされていないみんなはザワザワするけど、それは俺も同じで。
すると、バチンと彼女と目が合って手招きされる。
いつもの数倍は妖艶で、可愛らしくて…そんな彼女の、彼女の赤が灯された爪先に導かれて、彼女の隣に立つとにっこり笑った彼女が、あろう事か、みんなの前で俺の唇を奪っていった。
びっくりしてる俺の前に出てきたのは、きっと彼女が準備したんだろうシンプルなシルバーリング。
うっそでしょ…???
プロポーズは俺からって思ってたのに!
衝撃の逆プロポーズから1夜、夕方に帰ってきた彼女の爪は本当に淡い紫色になった。
そして、左手の薬指には俺とお揃いの指輪。
ケラケラ笑う彼女は、もう俺だけのもの。
あんなに魅力的な表情も、自信の無いうちの中での顔も…何もかも全てが俺のもの。
プロポーズでは1本取られたけど。
他の男なんて、目に入らないくらい、
幸せにしてやるから…覚悟しててよ?
そう決意を込めて、俺色に染った爪先にキスをした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!