第3話

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2025/05/30 14:42 更新





目の前に広がる、鮮やかな緑色。




優しい風に撫でられふわりと靡いている





ほんの少し先には、僕の、愛おしくて、恋しくて、傍にいるだけじゃ足らない、




どこまでも僕を貪欲にしてしまう人




手を伸ばしても、届きはするものの




君の隣にはいつも、僕じゃなくてあいつが……っ









ガララッ




勢いよく戸が開かれる音で目が覚める。



あなた
っ…!



潮江 文次郎
ん?
なんだ、あなた起きてたのか
あなた
もんじろ…



こいつは同室の一人。潮江文次郎



忍術学園一ギンギンに忍者している、会計委員会委員長様だ




どうやら僕は授業終わりに疲れて眠っていたらしい




生憎、あまり気持の良いとは言えない夢だったから、起こされてよかったと思う


潮江 文次郎
どうした、ぼぅっとして
らしくねぇなぁ?



手に持っていた10㎏算盤を床に置くと、片足をつき、僕の前に跪くような形になると




じろじろと濃い隈を携えた目で、体調が悪いか観察される


あなた
し、しつこいな!
元気だよ
潮江 文次郎
そうか、それならいい



少しきつく当たってしまった。




昔の僕の行動を見守ってきた同室だからこそ心配になるのはわかるし、有難い事なのだか




どうにも優しくされるとむず痒い……。



立花 仙蔵
おい文次郎。
返ってあなたの気分を害してどうする。




スっと、文次郎の後ろから長く整えられた髪がさらりとなびく




こいつも、同室の一人。立花仙蔵





作法委員会委員長。いつどこでも完璧な男だ






仙蔵はそう言いながら、僕の肩に手を添え、




「言ってみろ、もんじならまだしも私なら怖くないだろう。」と





整った顔で言われるので無性に腹が立つ
あなた
二人は心配しすぎなんだ!
はぁ、湯浴み行くよ




照れ隠しに不貞腐れてみると、湯浴み着を準備し、速足で廊下に出る


潮江 文次郎
おう…俺は鍛錬の後入るから
先浴びててくれ





立花 仙蔵
そうか
ではあなた。私たちで行くとしよう





文次郎を遠目で見送ると、仙蔵と並び廊下を渡る。




同室だから、普段話すことは話し尽くしているため、ただ廊下のきしむ音だけが響く




別に気まずくなどない。沈黙の時間なんてこの六年間、何百回とあった




橙色に染まる空をただ意味もなく眺めていると、後ろから声が降ってくる



立花 仙蔵
奴のことか?
あなた
え?
立花 仙蔵
さっきの、寝起きのお前の取り乱し具合と言ったら…
はは、それ以外考えられるか





くつくつと笑う色白の男を前に、先ほどの自分をそんなに嘲笑われるなんて……と




顔がじんわりと熱くなっていくのを感じる




あなた
……いつもの、いやな夢。





あの人の隣で笑えるのは僕なんかじゃない。



そんな事実をことごとく突きつけられる




そんな思いをするたびに心臓が張り裂けそうになる。




あなた
この気持ちも、夢だったなら…
こんなにも辛くなかったのかなぁ……





歩む足を止め、月の見え隠れする夜空を見上げる。




あぁ、泣きそうだ。今が布団の中なら存分に泣き喚けたのに



頑張って上を向いて、溜まった涙が溢れないように、




頑張って、我慢して、気持ちを押し殺して。




そんな努力は水の泡で




いつにもなく優しい声色が、僕の心を撫でるように、毒の染みた傷口へと語りかけてくる



立花 仙蔵
そんな心痛いことを言うな。
立花 仙蔵
お前はそんな苦しい気持ちと
かれこれ六年間寄り添いあっている
立花 仙蔵
お前はずっと、奴の隣に立てないと理解していながらも
自分なりに努力していたはずだ
奴は見ていなくとも、同室の私と文次郎は見ていた。
立花 仙蔵
其れでも諦めがつくならば私は口を挟まんが、
私の知るあなたの名字あなたは、到底できるとは思えんがな?



この男はどこまで完璧なのだろうか。




決して今欲しい言葉がはっきりしていたわけではないが、




仙蔵のかけてくれる言葉は、どれも直に心に響いてくる気がする。不思議だ




あなた
そう、、だね。
僕も、諦めたくとも
取り返しのつかない所まで来てるかも
あなた
せめて、卒業まで頑張ってみる





あなた
ありがとう。仙蔵

立花 仙蔵
なに。私達同室だろう
あなた
なっ、その言葉を僕の前で言うな!!
立花 仙蔵
ははは!



表面では怒ってるものの、こうして悩みを暴露できる同室の存在に如何に助けられていることを実感する。



潮江 文次郎
ん…あなた、仙蔵
何だお前達、まだ湯浴み行ってなかったのか
立花 仙蔵
あぁ、少々話し込んでいてな。
文次郎も来たことだし、そろそろ行こう



あなた
うん…!







「同室だろう」




案外悪くない響きかもな…。


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