目を細め、貴方は静かにそっと微笑んだ。
その表情からはあの時の陽気さは一切感じられず、私は顔をうつむかせながら押し黙った。
私の心にはまだ迷いがある。
身体を重ねてしまった癖に今更酷すぎだ、と叱られる所かもしれないが、これは自分だけでなく彼の為でもあるのだ。
もしもここで私が踏みとどまれば。
彼も私も、きっと元の生活で幸せに暮らしていられるはずだ。このまま背徳の道を進んで行くよりかはずっと。ずっと……。
胸の奥に疼くこのモヤモヤとした想いの塊は、きっと貴方への“恋心”だと私はとっくに自覚していた。彼からの連絡をただじっと待っていたあの時から。
でも、その気持ちに気付いてはいけない私はわざと気付かぬ振りをして逃げていたのだ。
貴方を泥沼な地獄に巻き込みたくはなかった。もちろん、そのきっかけを与えたのは彼自身だけど。でも、それでも私は貴方を――………。
膝の上で拳を握る私の手が小さく震え出す。本当は貴方が大好き。とても……とても。
出来ることなら……もし許されるというのならこのまま、貴方の愛に溺れていたい。それが私の本音だった。
でも私がそれを望むことで、貴方はどん底へと私に引きずられ堕ちて行く事になる。たくさんの罪を私と共に犯す事になる。
彼が今手にしている住まいや、仕事……人間関係どころか彼の全てが跡形もなく崩れ落ちてしまうのだ。
しばしば沈黙を続けていた慧くんがようやく口を開いた。儚く微笑みながら、私の仕掛けた甘く背徳で狂った“罠”に自ら溺れようと手を伸ばしてきた。
思わず目に熱いものが込み上げてきた。
本当ならその言葉……光が私に掛けてくれるはずだというのに。
恋愛の神様というのは、時に酷い仕打ちを私達人間に与えてはその行く末をワクワクとさせながら眺めているものだ。
きっと、今もそう。こうして私達2人に偽りの赤い糸を掛けては楽しんでいるに違いない。
私の頬をつたった一粒の涙を拭い取りながら彼は優しく呟いた。
ずっとせき止めていた彼への“恋心”が、一気に溢れ出した瞬間だった。
――――もう、きっと誰にだって止められない。
そう……私自身であっても。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。