第21話

春には別れの女神が舞う
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2025/08/13 01:36 更新

SHOTA,W

「水の女神の清らかなる流れによって今年も冬は押し流された。雪解けに祝福を!」

 ……来てしまった。この季節が。

 雪が溶けて、暖かくなりはじめた今日この頃、ついに春を寿ぐ宴が行われ社交シーズンは終わりを告げた。今日は最後の宴。この宴が終われば、貴族たちはそれぞれの土地に帰っていく。

 今日も阿部は来ていない様子。……まぁ、これだけの貴族がいる場所には降りたくても降りてこれないか。

「翔太」
「……母上、何か御用ですか?」
「あなたに紹介したい娘がおりますの。相手方のご両親とは話がついているので、3日後の午後、時の女神の導きにより設けられる縁結びの女神の祝福の時を過ごしなさい」
「は、はぁ? 母上、あまりにも性急すぎます」

 俺の後ろに控える涼太も目を見開いて固まっている。これはいわゆる、勝手に決められていた婚約者との縁談を受け入れ見合いをしろ、という意味。当然ながら俺は知らされていないし納得も了承もしていない。

「海の女神の祝福が足りない様子ですね。わたくしは散々申し上げたはずですよ。花の一族の長に相応しい振る舞いをと」
「母上、恐れながら命の神に土の女神以外の女神を見ろというほどには私が縁結びの女神から祝福を得ることは難しいのです」

 頭を冷やせという母上に、俺は反論する。絶対に結婚も婚約もしないので諦めろと。しかし、母上は上品ながらに目を細め眉を潜めるばかり。

「翔太」
「……私は、導きの神の祝福ある場所へ向かいます。それでは失礼」

 唖然とする母上に踵を返し、呆然としていた涼太を引き連れて一度人気のない裏庭へと向かった。

「……はぁぁぁぁぁぁ」
「……翔太、大丈夫?」
「大丈夫……じゃない! もー、なんなんだよっ……」

 貴族らしく整えられた髪をガシガシ掻きながらその場に座り込む。
 家のため、一族のため。そんなことわかってる。俺がその義務から逃げていることも分かりきっている。だが……俺が、耐えられないんだよ。誰より愛おしい人の前で、母上から俺の婚約に関する話を持ちかけられるなんて。……誰が、心から縁結びの女神の持つ糸が結ばれるようにと望む人の前で……そんなことを聞かなければならない? 吐き気がする心地だ。俺は、もう……涼太に合わせる顔すらなくなってしまうじゃないか。

「……翔太」
「……お願いだから……名前を、呼ぶな」
「……ごめん……」
「あやまんな……」

 もう、自分でもどうしたらいいかわからない。涼太が俺の名前を呼ぶ度に、俺の心がきゅんと疼いて、お前のことを求めている自分に気がついて、それがとても……辛いんだよ。
 これから俺は他の誰かと結婚させられて、そしたら、もう二度と俺は涼太に顔向けできない。涼太と結婚でいなくてもいい、最高神からの祝福がなくたって構わない。ただ……離れるのは、無理だ。

「……翔太」
「だから、呼ぶなって言ってんだろ! お前は澄ました顔をして、俺の後をついてこれるだろうが、俺は無理なんだよ! お前を差し置いて誰かと結ばされる。……選択肢すらないんだよ! どうしたらいい? 導きの神の加護がほしい。叶うならば隠蔽の神の加護を得て消えてしまいたい……。お前に……この気持ちがわかるか?」

 心が、燃えて燃えて、燃え尽きて、灰になっていくような感覚……。恋の炎、焦燥感、災いの音……こんなのだいっきらい。

「……ごめんね、翔太」
「……いや、こっちこそ、ごめん……。宴に戻ろう」

 なにか言いたげな顔。お前はいつもこんな顔をする。……それがまた苦しくなる。

 俺はお前の主じゃないし、兄弟でもない。ただただ恋人でいたい。俺にとってお前は闇の神、お前にとって俺は光の女神。ただ、その繋がりだけで結ばれたらよかったのに。

 貴族の仮面を貼り付ける。俺の後ろにいるのは義理の弟。それが事実。現実。
 忘れよう、理想や夢なんてもの。照のような情熱はない。阿部のような強かさもない。ふっかのような純粋さもなければ、佐久間のような素直さもない。……"貴族"として生きる俺の中には一体何が残るのか。

「……翔太様。春の眷属が」
「……あぁ、ほんとだ。来てたのか」

 そう言えば、ふっかと照が再会したのも春を寿ぐ宴だったな。ふっかはあの時本当の意味で絶望したと言う。照は、形は違えど彼の傍にいられる幸福を実感したと言った。
 俺が絶望の淵に立った時、涼太は一体何を思うのか。

「阿部ちゃん」
「翔太、舘さん。……大丈夫?」
「ん? なんで」
「いや……翔太に、癒しの女神の祝福があらんことを」

 あぁ……さっき、泣いたから……それで……。母上に怒られそう……。まぁ……いいや。

「ふっかは?」
「なにもないよ。うん。なにもない」

 何か、隠してるな。コイツ。

「……嘘が下手だな」
「翔太こそ。何を考えているの?」
「……俺、もうすぐしたら結婚させられるらしいから」
「え……」

 あぁ……流石に、貴族の仮面も剥がれてく。貴族は人前で感情を出しちゃいけないのに……。

「……仕方ないことなんだよ。涼太が百合の剣で守られ、秋の眷属になったその時から、決まってたことなんだ。……多分、俺と涼太が交わったのは縁結びの女神の悪戯だったんだ」

 それならいっそのこと、別れの女神の祝福があればいいのに。なんて、そんな一欠片も思っていない嘘は、口に出てくるのを拒んでしまった。

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