第20話

戎狄の烙印を押された一族
911
2025/08/11 04:30 更新

HIKARU,I
 初めて彼を見た時、この子は俺が守らなければと思った。我ら雪の一族の国王である父上のように、たくさんの民を守る父上のように、俺は彼の命を守ろうと誓ったのだ。

「ひかる兄上」

 まだ舌っ足らずだった康二。異母兄弟なので、幼いころから知っていたわけではない。同母兄弟でも5歳になるまでは存在は知っていても会うことは許されない。俺には同母の兄弟はいなくて、だから康二が7歳になったと同時に俺に異母弟の存在が知らされて弟ができたのが嬉しかった。

「ひかる兄上、一緒に鍛錬してもいいですか?」

 そう言って後をついてきてくれる康二が可愛くて可愛くて仕方がなかった。

「兄上なんて固い呼び方しなくていいぞ!」
「えー、えっと、じゃあ……てるにい! てるにいってよんでもええですか?」
「もちろんだ!」

 照兄。俺だけの呼び名。兄上なんて貴族ならば誰もが使う敬称じゃない。それが嬉しかった。

 雪の一族は、所謂少数民族で、我らには我らの王がいた。王がいるところに国があった。旅をする一族として、外では名が知られていたようだ。そんな中で辿り着いたとある国。そこで俺達は移民だと蔑まれ、そして初めて奪われた。
 初めて奪われたものが、家族であり、国であり、王だった。

「てるにい!」

 俺は王族であり、次期国王。まず自分の命を守りなさい、と父上からの教えにより俺達の国が奪われようとしたその時、俺は真っ先に逃げようとした。でも、後ろから泣き叫ぶ可愛い弟の声がして、足を止めた。

「さぁ、康二! 立て! 逃げよう!」
「てるにぃっ……」

 涙でぐしょぐしょになった康二を背負って、なんとか国を出て、ただただひたすら走った。途中で旅商人と出会って馬を譲ってもらって、それからはひたすら新しい国を目指した。

「……なぁ、照兄。なんで俺らは嫌われるんやろう」

 行く先々で蔑まれ、追い出される生活が2年ほど続いた時、康二は俺に問いかけた。

「……移民だからだよ。今の俺たちには富も権力も、国も民もない。だから、父上のように、過去のようにはいかないんだよ」
「……前みたいには戻られへんのかな」
「……必ず前の生活に戻してやるよ。俺たち王族のあるところに都はある」

 元気づけてみたけど、康二にはあんまり効果がなかったらしい。


 この王都に来てからしばらく経った頃、康二が恐怖に怯えたように森の、俺達の家に帰ってきた。バタンッと大きな音を立てて扉を閉めてその瞬間、気が緩んだようにずるずると座り込んだのだ。
 ここまで気が動転しているなんて何かあったに違いないと思ってしゃがみ込む康二に声をかけた。

「康二? どうした? 何があった?」
「……照兄……この国を出よう」
「は?」
「あかん、もうここにおったら……また、殺される!」

 そうして見せてきたのは一枚の紙。そこには、戎狄と記されていて、その下段に俺達の名前が書かれていたのだ。

「……現国王に、バレたのか。俺達の存在が。……それで、俺達を戎狄と」
「……俺達、何にもしてないのに!」
「俺達が敵国の王族だと思えば、変な話ではない」
「……なぁ、照兄! また旅をしよう! もうここにはおられへん。最高神のお導きで大切な人たちの弔いの歌を聞くんはいやや……」

 ごめん、康二。それでも俺はここに留まりたい。

 その時既にふっかに巡り合っていた俺は、ふっかを置いて国を出ていくという選択肢はなかった。それで誰かの心が犠牲になるとして、それが康二でも、康二以上に守りたいと思える存在ができてしまったから。

「……ごめん、康二。それは……できない」

 絞り出すような低い声に、康二は困り顔で答えた。

「せやんね、わかってたよ。……でも、俺も、一人では外には行かれへん。……照兄の傍におってもええかなぁ?」

 震える声で言う康二の手を取って、控えめに頷いた。


「どぉしたのぉ。今日もテンションひっくいなぁ」
「……ちょっと、思い出してたんだよ」
「なにをぉ」

 今日も変わらず芝居小屋。あの頃とは変わった日常。国は変わらないのに、取り巻く状況は随分変わった。

「ほら、自分のルーツって時々思い出すことあるだろ?」
「るーつ?」
「そう。どんなところで生まれて、どんな環境で育って、どんな人の影響を受けてきたかってこと」
「……はぁ。俺、とーちゃんとかーちゃんのことあんまし覚えてねぇし、生まれたところがどこかも知らねぇしぃ……今の俺作ったのは間違いなく阿部ちゃんだかんなぁ……」

 あんまりピンとこないらしい。そうか、佐久間は両親のことも覚えてないのか。平民はあんまり長くは生きられない。貴族より平民の方がずっと寿命が短いと聞く。だから、佐久間の両親ももう亡くなっていてもおかしくない。

「舞姫やめて就職したっしょ? だから、とーちゃんとかーちゃんと別れたの」
「あ、そっちね」
「ま、もうどっかで死んじゃってるかもだけどねぇ」
「……悲しくないのか?」
「えぇ、悲しいとは思わないなぁ。俺の年齢なら親が死んじゃった人もたくさんいるだろうし、いずれくることだし?」

 こいつは、時々本当に強いんだと思う時がある。いや、あっけらかんとしてるだけなのか。

「……あの時、康二を引き止めてよかった……なんて思うのは罰当たりかな」
「んぅ?」
「ううん。なんでもない」

 そうでなければ、康二はめめには出会わなかったわけで、そしたら康二は縁結びの女神の祝福を得ることもできなかったんじゃないだろうか。と思う。

 ほんと、何があるかわからない人生だ。

プリ小説オーディオドラマ