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第1話

黄金の小麦に灰が降る。
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2026/02/13 13:30 更新
小麦畑は、視界いっぱいに広がっていた。風が吹くたび、黄金色の穂が同じ方向へ倒れ、同じ速さで起き上がる。その奥に工場がある。ここから見れば小さな影のようで、ただそこに在るだけなのに、なぜか近づけばとんでもない大きさになると分かってしまう。理由はない。ただ、そう感じた。足は止まらなかった。自分で動かしているのか、それとも動かされているのか、考える前に体は工場へ向かっていた。

門の前に、ひとりのロボットが立っていた。人間と同じくらいの背丈で、無駄のない形をしている。表情はないのに、こちらを正確に見ていた。「お疲れ様です。では、こちらへ」声は不思議なほどきれいで、角がなく、耳に残らない。その一言で、拒むという考えが消えた。気づけば、ロボットの後ろを歩いていた。

工場の中は、音で満ちていた。金属が触れ合う音、何かが落ちる音、規則正しい動作の繰り返し。ここがいい場所ではないことは、すぐに分かった。中では、僕と似た“ことども”が働いていた。誰も目を合わせず、言葉も交わさない。ただ決められた動きを続けている。何を作っているのかは明白だった。ロボットだ。門に立っていたあの存在と同じ、正しく、従順で、疑問を持たないもの。

僕の役目は雑用だった。壊れた部品を集め、決められた場所へ運ぶ。それだけだ。毎週金曜日、焼却炉の前までそれを持っていく。焼却炉が動くのは日曜日。その日まで、壊れたものはそこに積まれる。いつも通りの金曜日だった。同じ重さ、同じ距離、同じ匂い。けれど、ひとつだけ違うものがあった。部品の山の中に、それは横たわっていた。ロボットだった。いや、壊れかけのロボット。腕は途中で止まり、片方の目だけがかすかに光っている。完全に壊れてはいない。でも、正常でもない。

なぜだか分からない。ただ、視線が離れなかった。このまま日曜日が来れば、ここにあるものはすべて燃やされる。それが決まりで、誰も疑わない。ロボットの目が、ほんのわずかに動いた。こちらを見た気がした。その瞬間、胸の奥が静かになった。助けない、という選択肢は、最初から存在しなかった。僕はまだ何もしていない。ただ立ち尽くしているだけだ。それでも確かに、何かが始まってしまった気がした。

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