第2話

安心という規則より怖いものはない。
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2026/02/14 15:00 更新
焼却炉の前を離れても、あのロボットの目が頭から消えなかった。作業に戻れば、体は勝手に動いた。部品を運び、工具を渡し、指示された通りに歩く。ここでは考える必要がない。考えないことが、正しい。そう教えられてきた気がした。誰に、とは分からない。ただ、ずっと前から。

工場には窓が多かった。外が見えるわけでもない、光を通すだけの窓。厚いガラスの向こうには、何もない。それなのに、視線を感じることがあった。誰かが見ている。監視されている、というほど強くはない。ただ、そこに“在る”という感覚。見られているから、正しくいなければならない。間違えなければ、何も起きない。その安心感が、工場の空気には染み込んでいた。

「規則を守ってください」
通路の端で、別のロボットがそう言った。
「規則は、あなたを守ります」
声は穏やかで、疑いようがなかった。守られている、と感じてしまう。それが何より危険だと、思った。

作業場では、新しいロボットが組み立てられていた。整った形、迷いのない動き。完成したそれは、まるで最初から正しかったかのように立ち上がる。失敗は記録されず、壊れたものは回収され、なかったことにされる。焼却炉は、そのためにある。間違いを消すための装置だ。

昼休憩と呼ばれる時間があった。誰も話さない。ただ座り、同じ方向を見る。壁には大きな窓があり、ガラスの向こうには、やはり何もなかった。それでも、視線はそこから来る気がした。窓越しなら安全だ。触れられない。介入されない。ただ見られるだけ。その距離が、人を安心させる。

金曜日が近づいていた。日曜日も、同じ速さで近づいてくる。焼却炉の中で、あのロボットは消える。決まりだ。変えられない。そう思えば、胸の奥が少し軽くなる。でも、その軽さが、ひどく気持ち悪かった。

作業の帰り、僕は遠回りをした。誰にも指示されていない行動だった。焼却炉の前には、相変わらず壊れたものが積まれている。その中に、あのロボットはまだあった。目は閉じている。それでも、完全に止まってはいないと分かる。手を伸ばせば触れられる距離で、僕は立ち止まった。窓の向こうから、何かが見ている気がした。規則も、社会も、理由も、全部そこにある。ただ、ガラス一枚隔てて。

僕はまだ、叩いていない。
けれど、どこを叩けばいいのかは、もう分かっていた。

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