金曜日の終わりは、いつも静かだった。工場の音が一段落し、動きが鈍くなる。けれど完全に止まることはない。止まらないことが、この場所の正しさだった。僕は工具を戻し、手を拭き、決められた通路を歩いた。窓の横を通るたび、ガラスの向こうに何かがいる気がした。いないはずなのに、見られているという感覚だけが残る。視線は形を持たない。だからこそ、逃げ場がなかった。
焼却炉の前に行く理由はなかった。今日の作業は終わっている。それでも足は向きを変えた。誰にも指示されていない行動だった。規則に反している、というほど大きなことでもない。ただ、想定されていないだけ。想定されていない行動は、この工場では少しだけ危険だった。僕はその少しを、はっきりと感じながら歩いた。
壊れた部品の山は、昨日と同じ形をしていた。その中に、あのロボットがいる。目を閉じ、動かない。けれど完全な静止ではない。近づくと、微かな音がした。内部で、何かがまだ続いている音だ。止まっていない。止められていない。そう思った瞬間、胸の奥がひどく熱くなった。
「触れてはいけません」
背後から声がした。振り返ると、管理用のロボットが立っている。顔は整っていて、声も穏やかだ。
「それは廃棄予定です」
正しい言葉だった。間違いは一つもない。
「規則は、あなたを守ります」
守る、という言葉が、やけに重く響いた。何から守るのか。誰から守るのか。問いは浮かんだが、口には出なかった。出さない方が、安全だと知っていた。窓がある限り、ガラス越しに見られるだけで済む。叩かなければ、割れない。割れなければ、痛みはない。
ロボットの指先が、ほんの少し動いた。偶然かもしれない。それでも、確かに動いた。管理用ロボットは気づいていない。気づかないようにできているのかもしれなかった。完璧なものは、完璧でないものを見ない。
「……分かりました」
僕はそう答えた。正しい返事だった。管理用ロボットは満足そうにうなずき、去っていく。足音が遠ざかる。視線だけが、残った気がした。
僕は、もう一度ロボットを見た。助ける方法は、分からない。規則を破れば、どうなるのかも分からない。それでも、分かっていることが一つだけあった。日曜日は来る。焼却炉は動く。何もしなければ、すべては正しく終わる。正しさの中で、何かが消える。
僕は、そっと手を伸ばした。
窓の向こうで、何かが息をひそめた気がした。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。