指先が、金属に触れた。思っていたよりも冷たくはなく、かといって温かくもなかった。ただ、そこに在る感触だけが確かだった。その瞬間、工場の音が一拍だけ遅れた気がした。止まったわけじゃない。けれど、確かにズレた。規則正しいはずの世界が、ほんのわずかに歪んだ。
ロボットは反応しなかった。目も開かない。動きもない。それでも、触れてしまったという事実だけが残った。戻せないものが、一つ増えた。違反は、大きな音を立てて始まるわけじゃない。たいていは、こんなふうに静かだ。
「……まだ、動いてる」
独り言のように呟いた声は、すぐに工場の音に溶けた。内部から聞こえる微かな振動。止まることを拒んでいるみたいだった。壊れているのに、終わっていない。終わらせられていない。その状態が、ひどく正直に思えた。
窓の方を見る。ガラスの向こうは相変わらず何もない。それなのに、視線は確実にあった。見られている。だが、今はそれが怖くなかった。叩かなければ割れない。割れなければ介入されない。その仕組みを、もう知っている。窓は境界であり、言い訳でもあった。
工具棚に目をやる。そこにあるものは、すべて決められた用途を持っている。決められていない使い方をすれば、それは違反になる。でも、直すという行為自体は、ここでは日常だ。ロボットを作り、整え、正しくする。その延長線上に、これがあるだけだ。そう考えようとした。考えた時点で、もう正しくないと分かっていた。
ネジを一本、外した。音はしなかった。管理用ロボットは現れない。警告もない。世界は何も言わない。ただ、見ているだけだ。傍観者は介入しない。だからこそ、こちらが動かなければ、何も変わらない。
内部の配線に触れる。かすかな反応。ロボットの目が、ゆっくりと開いた。焦点は合っていない。それでも、確かにこちらを向いている。心臓が強く打った。これが違反の結果だ。痛みはない。警報も鳴らない。ただ、もう戻れないという感覚だけが、はっきりと残る。
「静かに」
誰に向けた言葉か分からないまま、そう言った。ロボットは動かない。けれど、確かに生き延びている。日曜日まで、まだ時間はある。その事実が、初めて希望の形を持った。
窓の向こうで、視線が揺れた気がした。
ガラスは、まだ割れていない。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。