第17話

中島敦(夢小説)
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2026/04/21 08:31 更新
中島敦。
武装探偵社の新米社員で、白虎の異能を持つ異能力者。
性格は温厚だが生への執着が強く、また、嘗ては劣悪な環境に身を置いていたこともあり、苦痛に見舞われた人間への感情移入が激しい場面も多い。
そんな敦は白い散切りの髪の毛と白い肌、黒いベルトとネクタイ、ズボン、白いシャツを身に付けた出立ちで、幾度となく横浜の危機に対して立ち向かってきた青年だ。
然し前述した通り、敦は共感能力が高く、また非常に優しい。
弱っている、困っている、苦しんでいる、悲しんでいる、追われている、縋っている、追い詰められている、打ちのめされている、そういった人間が視界に入り込み、それは他人ではなく自分の血肉の一部になる。
血肉の一部である以上、傷めば共鳴し、その痛みは敦の痛みの何倍にも膨れ上がる。
それは長所でもあり非常に抗いようの無い、克服しようの無い短所でもある。
それを抱えて生きていかなければならないことは周知の事実なのだ。
その優しさが、敦と、そしてそんな敦の幼い、未だ存在すらも知らなかった恋心が、微弱ながら敦の方から動くのを自覚する、愛しい、そんな相手、あなたとの時間を築くのだ。
中島敦
君、何してるの?
敦は少女にも見えるような女性に声をかけた。
少女(この少女と描写される彼女は、決してそのような年齢ではないのだが、ここではそう書かせてもらう)は、ブランコに腰かけ、それをきぃきぃと小さく無心に漕ぎながら俯いていた。
時間は午後十時。
充分夜と呼べるような時間で、むしろ外見年齢を考慮すれば補導を受けていてもおかしくはなかった。
制服でも着ていれば完璧だったのだろうが、生憎少女は制服ではなく私服を着用していて、白いシャツに黒いスカートという、これまた制服のような、学生のような初々しさのある服装を以てして、その未熟さと可憐さを主張していた。
少女は敦に気が付き、その瞳を向ける。
敦はぞっとした。
背筋と、胸の側。
両方に固体ではない冷たい物、液体窒素か何かを入れられた、そのまま放置されて冷え切ってしまった器、それがまるまる敦の胸部に変わってしまったかのような寒気。
少女はそんな孤独と不幸を纏っていたのだ。
中島敦
・・・あの、僕、中島敦っていうんだけど、君は?
少女は黙る。
黙り続けている。
それでも敦は根気強く待ち続ける。
何秒、何十秒、敦も同じく黙っていると、根負けしたのだろう、少女は口を開いた。
あなた
私、あなた。・・・何か、用?
中島敦
え、何のって・・・えーっと・・・ほ、ほら、こんな時間でしょ?だから心配でね?
あなた
・・・心配?
中島敦
そう!心配!君は可愛いんだし、こんな時間に一人は一寸看過出来ないかなーって・・・。お家は何処?
その声は少しばかり硬度を帯びている。
緊張とも取れる憂えで、それはあなたの執拗な目線から生まれている。
何か間違えば、何かが如何にかなってしまう。
そういう確信に近い予感があった。
その確信は実際正しかった。
あなたはこの時、敦が一言一言を選びながら慎重にゆったりと話していなければ立って走って逃げていただろう。
足に力が入っていて、とてもリラックスしているとは云えないような状態だった。
中島敦
・・・あの、大丈夫かな?
敦は柔和な笑みを見せる。
あなたはその笑みに呆けたような表情を返した。
あなた
・・・だい、じょうぶ。心配かけてごめんなさい。大丈夫。
中島敦
そう?お家はどこ?送るよ?
敦はこの時点で嗅ぎ取っていた。
それは不幸の匂いだった。
日陰に住む人間の、その胸元まで陰惨な心境と残忍な環境に沈んだ、浸した、幸福を絵空事か何かと思い、それに慣れ親しんで麻痺してしまった、人間として当然の義務すらも放棄した人間の、鬱々とした、曇った匂いだった。
敦に、幼い敦に重なる姿。
敦は純粋に心配りの念を持って接していた。
だがこの時既に、この先に用意されている未来に近付いていたのかも知れない。
敦はそう思う。
あなた
えっと、住所覚えてない。道は覚えてるけど・・・。
中島敦
住所言えないの?まぁ僕も探偵社の住所曖昧だけど・・・。そう遠く無いんだよね?
あなた
うん。歩いて十分くらい。
中島敦
そっか。じゃあやっぱり付いて行こうか?男一人でも大分安全かどうかって変わってくると思うし。
善意による提案だった。
それを感じ取ったのか、あなたもすんなりと受け入れてくれた。
二人は並び立って公園を出た。
夜道は住宅街ということもありそこまで暗くはなかったが、生理的な恐怖の訪れる時間だとは思った。
人間は夜に対する警戒心が高いのだろう。
本能の裏側に隠れて、恐怖がひっそりと躰を操ろうとしてくる。
鳥肌が立ちそうになる。
それは敦の生い立ちも関係している所だろう。
敦はそっとあなたを見ると、あなたは俯いて引き摺るように足を動かしていた。
怪我をしている訳ではない。
ただ何となく、帰りたくないんだろうな、とぼんやりと知覚した。
中島敦
何か、好きな飲み物とかある?
あなた
・・・え?好きな飲み物?ん・・・コーンポタージュ?
中島敦
飲み物なんだね?あれ・・・。じゃあ、近くに自動販売機あったら買っちゃおうか。僕がお金出すよ。
あなた
?でも・・・。
中島敦
ほら、無理云って同行させて貰ってるし。そのお詫びだと思ってさ。
この時期ならば大抵の自販機にコーンポタージュが置いてあるだろう。
この程度の気遣いしか出来ないのは些か歯痒いが、これが今の所の精一杯なのだ。
あなた
・・・ありがとう。
中島敦
良いよ、全然。まだ買ってもいないんだし。
あなた
ふふ・・・それもそうね。ふふ。
不幸の塊は、未だその小さな躰にのしかかっていて、確りと離れずにしがみついていた。
大きな、大いなる不運だと感じられた。
自販機の商品程度ではどうにも出来ない。
あなた一人では到底、抗いようの無い環境に身を置いている気がした。
しかしその証拠も無く、単なる思いつきのような物で、意味無く誰かを糾弾することも、問いただすことも出来ない。
そう考えると、自然と歩みを進めるのが億劫になってきていた。
あなた
あ、自販機。
中島敦
えっ?あ、本当だ!コンポタある!えっと、一寸待っててね!
黙々と、随分進んでいたようだ。
敦は自販機に駆け寄り財布を出す。
コンポタはきちんと温度を帯びていた。
それを手渡す。
中島敦
はいっ!
あなた
・・・ありがとう。嬉しい。
あなたは両手で受け取る。
その顔に、柔和な、僅かな微笑みを浮かべて。
不運なんて、不幸なんて、忘れてしまったかのような、控えめで、優しげで、真っ黒な瞳の笑顔。
その笑顔に、敦は、胸の奥の拍動を大きく感じた。
中島敦
あ、あー・・・うん、こんなので、喜んで貰えて良かった。
あなた
ううん、すっごく嬉しい。それくらいなの。
あなたはその微笑みを絶やさずにコンポタを見ている。
それは園児が人形を眺める表情に似ている。
彼女は喜んでいるのだ。
敦が手渡した缶の飲み物一本で。
未だに、心臓は強く拍動を主張していた。
唐突に、敦は自分が男性だったことを自覚した。
あなた
・・・あのね?
中島敦
な、何!?
あなた
何でそんなに驚いて・・・?私、家に帰るの嫌いなんだ。
中島敦
・・・そうなんだ。どうして?
時折コンポタに口を付けながら、敦は両手をぶらぶらとさせながら、二人は歩く。
月夜に他に人影は無く、無粋な邪魔は無かった。
あなたは敦に対する警戒心はとうに失ったようだった。
信頼されるというのは天性の才で、その才を感じ取ったのがあなただった。
あなた
弟が居るんだ。弟。可愛いの。
中島敦
へぇ。僕は一人っ子だったけど、君は兄弟が居るんだね。どんな子なの?
あなた
・・・とっても、可愛い。それに優しい。こんな私にも良くしてくれる。
中島敦
こんな私にもって・・・そんな卑下しちゃ駄目だよ。
あなた
良いの。あの子は優しい。でも両親は優しくない。厳しいし、弟ばかり可愛がるし。でも何より。
あの子に辛そうな顔をさせてしまうのが、辛い。
そう云ったきり、あなたは口を噤んでしまった。
抱きしめてあげたくなった。
抱きしめられなかった。
この少女に、そんな手段は必要無いし、通用しないし、求められていないから。
事情は大方理解出来たけれど、この出立ちを見るに法的機関は介入が難しいだろう、敦一人では何も出来ない。
本当に、何も。
けれども、その思いよりも強い感情が、その胸中に静かに、劇的に芽生えてきていた。
今なら何でも出来る気がした。
あなた
・・・貴方は優しい。とっても。素敵だと思う。
中島敦
あ、ありがとう。
あなた
顔が真っ赤。コンポタも買ってくれたし、幸せ。
随分と、柔らかい雰囲気になったものだ。
最初とは大違いで、それ程この少女は人に何かしらの好意や気遣いを向けられないのだろうと容易に感じ取れる。
同時にそれは、敦以外でも、優しくさえされれば、このように心を開くのだろうということを意味するのだ。
あなた
私、学校でもあんまり友達いないから。
中島敦
そ、うなの?あんまり、そういう感じはしないけど。
あなた
お世辞が上手。私多分向いてないから。友達、居ないの。だーれも、隣には立ってくれない。
中島敦
向いてないって・・・何に?
あなたは敦に顔を向ける。
真っ黒な瞳だ。
同僚の太宰が時折見せる闇、あれに似ている。
神すら慄く無謬の闇。
それを宿している人間の思考も、境遇も、真の意味では理解出来ない。
その瞳のままに、一番と云える晴れやかな微笑みを向ける。
あなた
生きるのに。
悲しい笑顔だった。
敦は否定の材料が欲しくなった。
然しその微笑みは、敦の心に強く食い込んでいた黒い牙を取り出す何かを肯定している気がした。
あなた
・・・あ、そろそろ家。付いてきてくれて、ありがとうございました。もう大丈夫。
中島敦
え、もう?
あなた
うん。ありがとうね
家には仄かな灯りが灯っている。
その光は、あなたの帰宅を祝福していないように見えた。
冷たいのだ、そう、雰囲気というのか、拒絶の温度なのだ。
あなたはその場に居ることが許されていないのだと察せられた。
敦はあなたの顎にそっと手を伸ばした。
あなた
敦の唇が、無垢な少女の唇に触れた。
甘ったるい匂いがした。
数秒経つと自然に二人は離れる。
中島敦
・・・ごめん。
あなた
良いよ。それじゃあね。
中島敦
あ、否、あの・・・。
あなた
うん?
あなたはなんてこと無いという顔だ。
敦に唇を奪われようと特に感傷も反応も無い。
生活の一部を傍受している感覚になる。
このまま、きっと数秒後には忘れて帰ってしまうだろう。
信頼は毒だ。
彼女にとっては特に。
中島敦
・・・僕、あの・・・。君と・・・。
言葉の先が見つからなかった。
必死に掻き回し、無我夢中に探しても見当もつかない。
然しきっと、あなたは見付けたのだろう。
敦の言葉の先を。
優しい、慈悲の、それ故の狂気を感じさせる、酷い、とても強い笑顔を、敦だけに見せるような魔性を、これこそが、これこそが、彼女が排他される理由なのだ、そう思える表情。
あなたは嫌われている訳ではなく排斥されているだけで、周囲の人間は怯えているだけで、それはその魔性と謙虚を使いこなせない所以なのだ。
あなた
今日のことは、忘れておくからね。貴方も、忘れておいて欲しい。
中島敦
え、無理、だよ。厭だよ。忘れるのも、忘れられるのも。
つっかえつっかえ、喉の奥に実体の無い異物を感じた。
ぐ、と、喉が嗚咽の形を取っていた。
泣きそうになっていた。
この数分、数十分の内に、この、恐るべき少女に、およそ数時間前の自分では想像も付かないような激情を寄せていた。
それが本当に、たった数分の出来事となるのは拒否感を覚えた。
あなた
駄目よ、駄目。出来ない相談。私も出来れば、貴方みたいに優しい人に、共に居て欲しいけどね。
中島敦
じゃあ!僕じゃ駄目?何でかな。やましいことなんて無いとは言い切れないけど、少なくとも君に無体なことはしないと思うし、一般的に正義道徳観、一般的な人道は、持ち合わせていると思うんだけど。
あなた
うん、そう見える。でも駄目。それじゃ駄目なの。今は恋情でも、初めは駄目だもの。
中島敦
初めって・・・。
会った瞬間のことを指すのだろうと思った。
黒い感情が、再び顔を出した気がした。
敦は、その真っ直ぐ、凛とした陰鬱な瞳から目を離せなかった。
敦の胸、その中身、肋骨、心臓、背筋、しまいには背骨、荒々しく稜線を描くその内側、それを違えること無く躊躇い無く見つめるその視線。
縫い留められるようだった。
この視線で、道を間違わないように、不道徳など犯さぬように、正しくあれるように、何時迄も見ていて欲しい、そうとも思えた。
あなた
同情も、下を見て安心する感情も、それが庇護欲に変わるのも、自分しか愛せないような人間に恋するのも、素敵なことだと思う。でも私は、それじゃあ駄目だから。
同情はしていた。
下を見て安心するようなご立派な感性は持ち合わせていない。
庇護欲は確かにあった。
同時に、この、幼気な、折れてしまいそうな、弱々しく黒々とした少女を守れることに、愛情と恋情を感じたことは否定出来なかった。
敦も、あなたも、お互い恐らく、究極的に利害は一致していただろう。
愛したいし愛されたい。
互いの欲求は最大に近い形で噛み合っていた。
あなた
駄目なのよ。駄目になる。だからこそなの。恋はね、感情は噛み合っても、利害は噛み合っちゃいけないの。堕落して、くっ付いて、離れなくなって、そればっかりになって、個々として生きられなくなるから。
中島敦
・・・っ、何だか、よく知っているような云い方だね。
あなた
痛い位ね。
何度も何度も、そうやって切り離してきたのだろう。
結局それは、あなたの為にはならないというのに。
何ということは無いという顔をして、涼しい顔をして、相手への無制限の献身を繰り返して来たのだ。
その心情を思うだけで涙が出て来た。
最初から恋情を寄せられる人間が何処に居るものか。
一目惚れなんぞを信じているのだろうか。
その雰囲気で同情しない者は居ないし、愛し愛され、愛情だけで成立する情人なんて、未だ嘗て見た事が無い。
あなたはそうやって、血を流しながら、涙を呑んで、座り込んで自分の身を削り続けるのだ。
形は違えどそれは、敦の、無辜の民を守る正義と思いやりに通じるものがあった。
中島敦
僕じゃ、駄目かぁ。
あなた
うん。ごめんね。コンポタ、美味しかったよ。お金、やっぱり返すね。
差し出された小銭を受け取った。
掌の上の小銭は、何時迄も何処迄も冷たく、重たかった。
受け取るという行為は儀式であった。
互いに未練を断ち切る為の、その為のけじめのようなものだった。
それは二人の縁の切れ目を意味していた。
切られたのだ。
すっぱりと、敦を想って、だらだらとした生活を歩ませないように、その人生の弊害にならないように。
精々百円と少しの小銭。
それを見て、敦は立ち尽くしていた。
失恋にもなっていない。
恋情は成立していたし、多分、好き合っていた。
中島敦
君になら、君と行き着く先なら。
どんな場所に行き着こうと、何処に堕とされようと、構わなかった。
そんな言葉は口が裂けても云えなかった。
その言葉だけは、墓場まで持っていこうと思った。
それはあなたの過去を否定する言葉で、敦が好きになったあなたの輝く、神格のような場所を潰す言葉だと知っていたから。
何方にせよ、その気遣いは無用の物で、天が落ちるかもと心配するに等しいもので、それに敦が応えてしまった形だっただろう。
それは、傍観者、筆者、読者、傍聴者、視聴者、鑑賞者、誰が見ようと、あほらしく馬鹿らしいやりとりだったに違い無い。
然しそれはきっと、幼い、未成熟な心が触れ合った末の思い合い。
恋情と愛情の折り重なった一時間にも満たない愛し合い。
触れ合った結果の、掌の上の少ない小銭。
それが二人の、極めて大きな、曖昧な形の、愛の形だった。
最近暑いですね。
夏バテ気味で、随分食欲が無くなってきたような気がします。
今回は中島敦×夢主の二次創作の小説になります。
旧双黒や芥川君は書いたのに、敦君は書いてないな、と気が付いて書きました。
敦君は可愛いので可愛いふわふわとした夢小説を書こう!と気合を入れました。
こうなりました。
笑って下さい。
最近は暗いニュースも多いですし、私の小説が少しでも皆様も生活の彩りになれば幸いです。
リクエスト等あれば、お気軽にコメントして下さい。
シチュエーション、関係性、詳しい指定も受け付けております。
長々とお付き合い頂きありがとうございました。
また読んで頂けたら幸いです。

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