猫の肉球は衝撃を吸収してくれるから忍び足に最適といわれている。
けれど飼い猫暮らしだったボクに、細心の注意をはらった忍び足は難しい。歩行の際、物音を立てないよう気を遣ったつもりだったけど、草地を踏むたびに微妙な音がする。
あのメス猫に、逃げられたりしないかな……。
メス猫はボクの動きを瞬時に察しているようだった。ピクリと耳を動かしたかと思うと、ついには前足をつき出すような姿勢で身構えはじめる。
とっさに謝ってはみたけれど、引き返すわけにもいかないので、ゆっくりとメス猫に近づいていった。
距離を縮めるにつれて、相手の姿がくっきりしてきた。
ぎこちなく挨拶をする。
ふと、ボクは違和感をおぼえて歩みを止めた。
やっぱり……!
このコは、妹じゃない……!
なんとなくわかっていたこととはいえ、驚かずにはいられない。
相変わらずフェロモンは刺激的だ。けれど近づいてニオイを嗅いでみると、よくわかった。
妹のニオイがなかった。
それは家族のボクだけがわかる、古くてなつかしい香りだ。家族間特有の〝家族臭〟みたいなものが、このメス猫からは感じられない。
姿形も似ているようで、さほど似てはいなかった。
全身の毛色は、ブラウンより薄いクリームカラー。瞳もグリーンではなくブルー。特徴的なシマシマ柄は、背中にはあるけれど顔にはない。長く見えたシッポは、じつは草の穂が影になっていただけのようで、彼女の尾についているのは丸みを帯びたボブテイル。ウサギのシッポみたいだといわれるやつだ。
メス猫が話しかけてきた。
その声も、妹のものとはまったく性質が違っている。妹のミネが発するような甲高さがない。
だけど……魅力的だ。
い、妹は、他の猫よりカワイイと思っていたけれど、他にもこんなにかわいいコがいたなんて……!
言葉にできない想いが胸をつく。
なんでこんなに胸がドキドキするんだろう……? 例のフェロモンのせいなのかな?
わからないけど、とにかく相手のなにもかもがステキに見えて仕方がない。
彼女の背に受ける西日の光がその身をあまさず輝かせて、神秘的な雰囲気を醸し出しているかのようだった。お日様を仰ぐよりも目に優しくて神々しい。そのまばゆさに、ボクは返事をするのも忘れて見とれてしまっていた。
どどど、どうしよう~!
緊張しすぎて、これ以上言葉が出てこないよぉ……っ!
相手を意識するあまり、体がガチガチに固まってしまう。するとボスが茂みから出てきて、落ち着きはらった口調で言った。
女の子の顔に衝撃が走る。
ボスが呆れ顔でぼやいていると、そのそばに女のコがダッと駆け寄った。
わけがわからず混乱しながら、ボクは大きな声を張りあげてしまっていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。