第29話

ネコの集会 噂のおネコさん③
48
2023/01/10 10:52

 猫の肉球は衝撃を吸収してくれるから忍び足に最適といわれている。


 けれど飼い猫暮らしだったボクに、細心の注意をはらった忍び足は難しい。歩行の際、物音を立てないよう気を遣ったつもりだったけど、草地を踏むたびに微妙な音がする。


 あのメス猫に、逃げられたりしないかな……。



魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
……。

 メス猫はボクの動きを瞬時に察しているようだった。ピクリと耳を動かしたかと思うと、ついには前足をつき出すような姿勢で身構えはじめる。

新入り
新入り
……ごめんなさい。驚かせて

 とっさに謝ってはみたけれど、引き返すわけにもいかないので、ゆっくりとメス猫に近づいていった。
 距離を縮めるにつれて、相手の姿がくっきりしてきた。

新入り
新入り
こ、こんにちは……

 ぎこちなく挨拶をする。

 ふと、ボクは違和感をおぼえて歩みを止めた。



 やっぱり……!


 このコは、妹じゃない……!



 なんとなくわかっていたこととはいえ、驚かずにはいられない。


 相変わらずフェロモンは刺激的だ。けれど近づいてニオイを嗅いでみると、よくわかった。


 妹のニオイがなかった。


 それは家族のボクだけがわかる、古くてなつかしい香りだ。家族間特有の〝家族臭〟みたいなものが、このメス猫からは感じられない。


 姿形すがたかたちも似ているようで、さほど似てはいなかった。


 全身の毛色は、ブラウンより薄いクリームカラー。瞳もグリーンではなくブルー。特徴的なシマシマ柄は、背中にはあるけれど顔にはない。長く見えたシッポは、じつは草の穂が影になっていただけのようで、彼女の尾についているのは丸みを帯びたボブテイル。ウサギのシッポみたいだといわれるやつだ。

魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
誰?

 メス猫が話しかけてきた。


 その声も、妹のものとはまったく性質が違っている。妹のミネが発するような甲高さがない。



 だけど……魅力的だ。



 い、妹は、他の猫よりカワイイと思っていたけれど、他にもこんなにかわいいコがいたなんて……!

新入り
新入り
――!

 言葉にできない想いが胸をつく。


 なんでこんなに胸がドキドキするんだろう……? 例のフェロモンのせいなのかな? 


 わからないけど、とにかく相手のなにもかもがステキに見えて仕方がない。


 彼女の背に受ける西日の光がその身をあまさず輝かせて、神秘的な雰囲気をかもし出しているかのようだった。お日様を仰ぐよりも目に優しくて神々しい。そのまばゆさに、ボクは返事をするのも忘れて見とれてしまっていた。

魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
そこでなにしてるの?
新入り
新入り
え、えっと……
ボ、ッボボ……ボクは、コウっていいます
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
コウ……?
新入り
新入り
は、はい
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
誰に名づけられたの? 
ヒト?
新入り
新入り
は、はい
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
じゃあ、飼い猫なんだ?
新入り
新入り
いや、それが……先日、捨てられちゃって……
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
そうなんだ。かわいそう……
新入り
新入り
キ、キミは……?
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
あたしは、野良のらだから
新入り
新入り
そ、そうなんだ。
な……名前は?
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
ヨツバ
新入り
新入り
ヨツバ……?
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
そのへんに生えてる草だけど、見つけるとイイコトがあるんだって。
お母さんが教えてくれた
新入り
新入り
へ、へぇ……
新入り
新入り
………………………………………………………………
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
………………………………………………………………

 どどど、どうしよう~! 

 緊張しすぎて、これ以上言葉が出てこないよぉ……っ!


 相手を意識するあまり、体がガチガチに固まってしまう。するとボスが茂みから出てきて、落ち着きはらった口調で言った。

ボス
ボス
おいおい、ずいぶん話し込んでるじゃねぇか。
その様子だと、結局妹じゃなかったみてぇだな
新入り
新入り
あっ、ボス
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
ボス!?
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
あなたがジロリ町のボスなんですか!?
ボス
ボス
ん? 
ああ、そーだが

 女の子の顔に衝撃が走る。

魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
ジロリ町のボスにして最強を誇る、『疾風しっぷうの悪魔』……!
新入り
新入り
『疾風の悪魔』?
ボス
ボス
またたく間に相手を仕留めるっていうんで、世間のヤツらに妙な通り名をつけられちまったんだよ。
悪魔になったつもりはねぇんだがな

 ボスが呆れ顔でぼやいていると、そのそばに女のコがダッと駆け寄った。

魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
ボス!
お願いがありますっ!
ボス
ボス
あ?
魅惑のメス猫
魅惑のメス猫
あたしを……ボスの彼女にしてください……っ!
ボス
ボス
はぁっ!? 
なに言ってんだ、オメェ!?
 新入り
新入り
そっ、そんな……!
いきなりボスの彼女にだなんて……!?


 わけがわからず混乱しながら、ボクは大きな声を張りあげてしまっていた。






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