体育館を出る。
外の空気が、少しだけ冷たい。
中にいたときより静かだ。
それでも、
さっきの光景だけがやけに残っている。
ほんの一瞬。
視線が合ったわけじゃない。
でも、確かにこっちを捉えていた。
それだけで十分だった。
軽く首を振る。
考えても仕方ない。
やることは決まっている。
歩き出そうとして、足が止まる。
体育館の方を見ると、
まだ、明かりがついている。
戻る理由なんて、いくらでもある。
ボールの感触を確かめたいとか。
フォームを調整したいとか。
言い訳はいくらでも作れる。
そのまま引き返した。
体育館の扉を開ける。
さっきより、ずっと静かだ。
コートには、誰もいない。
ただ、ボールがいくつか、転がっている。
一つ拾う。軽く弾く。
乾いた音が、やけに響く。
自然と、さっきの動きが浮かぶ。
レシーブ。
体勢。
一歩目。
無駄がない。
だからこそ、余計なものが混ざらない。
選ばない、っていう意思も。
トスを上げる。
助走に入る。
踏み切る。
打つ。
ネットにかかる。
落ちる。
小さく息が漏れる。
分かっていたことだ。
さっき見たものと、自分の動きが違うなんて。
比べるまでもない。
もう一度、拾う。
同じようにやる。
また、ズレる。
タイミングが合わない。
打点も低い。
フォームも、どこか違う。
呟く。
納得したわけじゃない。
ただ、確認しただけだ。
今の位置を。
ふと、手が止まる。
さっきのラリー。
あの一本。
自分が繋いだボール。
あれは、悪くなかった。
むしろ、良かったはずだ。
誰が見ても。
それでも。
理由は、分かっている。
技術じゃない。
タイミングでもない。
もっと単純な話だ。
口にしてみる。
少しだけ笑える。
でも、すぐにどうでもよくなる。
そんなことは。重要じゃない。
ボールを回す。
指先に力を込める。
嫌われてようが、
避けられてようが、
選ばれないなら、
それだけだ。
じゃあ、どうするか。
答えは簡単。
小さく呟く。
誰もいない体育館に、落ちる。
そのまま、トスを上げる。
踏み込む。
打つ。
さっきより、少しだけいい音がした。
ボールを拾う。
呼吸を整える。
もう一度、構える。
コートの向こう側を、見る。
誰もいない。
当たり前だ。
それでも。
そこに立っている姿を、想像する。
レシーブの位置。
動き出し。
視線。
小さく吐き出す。
そのまま、踏み込んだ。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!