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第1話

STORY 1
131
2018/10/14 10:40
「…おい鷺島」
「はい、御用でしょうか志岐様」
「お前は何を隠している?」
「…?!」
胸を突かれる思いでした。私の目を透かす様に、全てを見通しているかの様に真っ直ぐな志岐様の瞳を、私は生涯忘れないでしょう。
「…何も隠してなどおりませんよ。おかしなことをおっしゃるのですね」
「…ふん、その強情な仮面の裏にどんな表情を浮かべているのだか」
「…」
何故私の主人がその様なことを言い出したのか、私には見当もつきません。ただ、犬並みだと思っていた主人の思わぬ鋭さに少なからず私は焦りを覚えました。
ずっとひたむきに隠して、粧して、葬った感情。今更晒すわけにはいきません。
「いつか吐かせてやるからな」
そう、悪戯に志岐様は微笑うのでした。
ずっと志岐様が好きだった。
歳下なのに、主人であるのに、男であるのに、私は志岐様にその様な感情を抱いてしまったのです。
そうそう歳も離れない主人に、幼い頃から奉公し続けて、もう15年にはなりますでしょうか。
私と志岐様は2歳という、兄弟でもおかしくない様な歳の差であります。志岐様のお父様が、一人っ子の志岐様に遊び相手とお世話役をと、その頃12歳という未熟だった私を雇ってくださいました。
学業は、本を読めば十分困りませんでした。お休みなど殆どありませんでしたが、私は志岐様のお側にいるだけで幸せでしたので何も不満はありませんでした。
いつからでしょう。主人として、殆ど兄弟の様にして見ていた志岐様への視線が、自分でも分かるほどに熱を帯びたのは。動作一つ一つを目で追ってしまうようになったのは。
柔らかな髪が揺れるたびに、睫毛がその瞳に陰を落とすたびに、唇を綻ばせて微笑むたびに、私は胸が締め付けられるほど苦しくなりました。
志岐様は私をお慕いしてくださりました。何処へ行くにも私の背に寄り添って、憎まれ口を叩きながらも私の上着の袖を握りしめてついてこられました。それが嬉しいようで、はたまた苦しかったのです。
私 は 欠 陥 品 で す 。
そ し て 、志 岐 様 に と っ て は 使 用 人 に 過 ぎ ま せ ん 。
身分違いの恋など、そのようなロマンスは本の中のお話でございます。私の恋は実ることなどありません。いっそ枯らした方が志岐様のためでもあります。
ずっと、10年以上もそんな感情を抱えて生きてきました。しかし、諦めようと思っても、枯らそうと思っても、朽ちることはなかったのです。

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