俺とりゅうがは、一心同体。
それは俺達にとっても__周りにとってもそうだった。
教室に着くと、鬱陶しい笑顔のうとがいつものように声をかけてきた。
こいつとは幼稚舎からこの学園に通う腐れ縁。
何かにつけて俺達に構ってくる男。
……まあ、俺達が孤立しないように気にかけてくれているということはわかる。
でも、そんなの別に……望んでない。
いつもまとめて〝双子〟と呼んでくるこいつは、俺とりゅうがの区別がつかないらしい。
まあ、当然だろうけど。
親戚も、親ですら俺達を見分けられないからな。
だから俺達は、いつも〝まとめて〟扱われていた。
別にそれが嫌だというわけではなかったけど、今なら思う。
……多分、諦めていただけなんだと。
……出た。
うとの言葉に、眉間にシワが寄る。
……ありえない。
りゅうがの方を見ると、俺と同じことを思っているのが伝わってきた。
あんな頭がおかしい試験に満点合格できる学力があるなら、高校に通わなくていいだろと思うくらい。
それに……そんな奴にクラスに入られたら面倒だ。
ただでさえ、得意ではない勉強を頑張ってトップ5を維持している。
このクラスは少数精鋭なのに、数が増えたら俺達が落とされかねない。
今の幹部が卒業した後……fatalトップになれるように、どうしても下クラスに落ちるわけにはいかない。
この学園では、族の頭や幹部クラスは全員Sクラスに入っている。
条件というわけではないが、暗黙の了解だった。
今の3年は、トップ3がnobleだ。
総長のえつやさんは最初の頃は2位だったものの、今は6位まで落ちている。
俺達はfatalに入っているからといって、えつやさんに憧れているわけじゃない。
むしろ、逆だ。
サラという最高の女がいながら……。
今や総長の風上にも置けないあの人の姿に、苛立っていた。
あの人がいなくなったら……俺達2人でfatalを変えるんだ。
今の〝ダラケきった〟fatalは、全然かっこよくない。
話がそれたが、そんな理由もあって、俺達はなんとしてでも上位を維持しなければいけない。
うとの言葉に、腹が立って舌打ちをした。
大して勉強もしてないくせに、常にトップ2にいるこいつは本当に目障り。
ケンカだって俺達よりも強いし、こいつには勝てる部分が1つもない。
それがわかっているからこそ、ムカついていた。
まぁどうせ、編入生なんか入ってこないから大丈夫だ。
そう、思っていたのに……。
嘘、だろ……。
編入生は、本当にやってきた。
いかにもガリ勉そうな見た目で、『勉強ができる』ということについては納得できたが、あの編入試験に受かったということは認められない。
りゅうがも同じ気持ちだったようで、俺達はあからさまに地味メガネに敵意を向けていた。
なんなんだ、こいつ……。
しかも、あの一匹狼と言われている早乙女をいとも簡単に手懐けている。
極めつけは、数学の授業だ。
あの性格の悪い教師の難題に答えられた奴なんて今まで見たことないのに、地味メガネは、簡単な問題を解くもたいにあっさりと解答した。
こいつの学力は本物だと、認めざるを得なかった。
地味メガネは、知れば知るほど変な女だった。
地味なくせにやけにコミュ力が高いし、底知れないくらい頭がいいのにそれを鼻にかけない。
俺達がどれだけ貶しても起こるどころか笑顔で許すし……まあ、代わりに早乙女に殴られるけど。
嫌でも、〝優しい奴だ〟と認識してしまっていた。
見た目は下の下だけど、他は文句のつけようがない。
でも、欠点がないことも逆に癇に障った。
敵わないと、思わされるから……。
そして、俺達は別の分野でも敗北を突きつけられた。
地味メガネはどうやら、運動神経も完璧らしい。
俺達と仲良くしているせいで、女子から嫌われている地味メガネ。
どんな鈍足で走るんだろうとわくわくしながら50m走をする地味メガネを見ていると、隣の女に足を引っかけられた。
誰もが転ぶと思ったのに、地味メガネはとっさに受け身を取り、軽い身のこなしでくるりと回転してみせた。
なんだあの動き……こいつ、マジで何者なんだ。
引っかけた女も、多分一緒に企んでいたんだろう女達も全員、呆然と地味メガネを見ていた。
女だけじゃない。
教師を含む、この場にいた人間全員だ。
その後、地味メガネは足を引っかけた女を責めるでもなく、もう一度50mのスタートを切った。
まさかこんな運動神経が悪そうな奴が、目を疑うほどのスピードで走るなんて誰も思わないだろ。
マジで何者だよ、こいつ……。
その後も地味メガネは活躍していたのか、体育の教師が終始騒いでいた。
部活の勧誘もされていたようで、体育館の隅っこでその姿を見つめる。
あいつに勝てるところなんて、顔面偏差値くらいしかないのか……。
そう思うと、ため息がこぼれた。
そう言って、りゅうがが誰にもバレないようにこっそりマスクを外した。
実は、今朝手首をひねって握力測定に不安があった。
りゅうがと俺はほとんど結果が一緒だから、代わりに測ってもらうことに。
こっそり入れ替わることは、よくある。
誰も俺達が入れ替わったことなんか、気づかないからバレることはない。
ただの一度もバレたことはないから、自信があった。
案の定、今日もバレずにすんだ。
俺達のグループは運よく早々に終わり、先に体育館を出て着替える。
はぁ、りゅうがはほんと、着替えるの遅いな……。
更衣室はむさ苦しいから、さっさと外に出てりゅうがが着替え終わるのを待つ。
すると、女子更衣室の方から地味メガネが駆け寄ってきた。
素っ気なく言って、顔を背ける。
お前と仲良くするつもりないんだから、馴れ馴れしく話しかけてくんな。
そこまで言って、俺は気づいた。
……こいつ……どうして俺がしのだって気づいたんだ?
さっき入れ替わった時のまま、マスクを外し忘れていた。
俺達を見分ける術であるマスクをつけているというのに……なんで俺の名前を呼んだ?
意味がわからず、一瞬体が動かなくなる。
まさか、俺達の見分けがついてる……とか?
……いや、そんなわけない。
そんなわけ……あるわけない。
俺は地味メガネの手を掴んで、物陰に連れてきた。
逃げられないように壁に押しつけて、問い詰める。
俺の質問に、きょとんとした表情の地味メガネ。
もしかしたら、入れ替わるところをたまたま見ていたのかもしれない……。
絶対そうだ。
そうに違いない。
俺達を見分けられる奴なんて、いるわけがない。
こいつ……何言ってんの?
声と喋り方が……俺?
いや、俺とりゅうがの声の違いなんか、自分でもよくわからない。
喋り方は、違うけど……会ってまだ1週間くらいしか経ってないこいつがわかるのか?
俺達の見分けが……つくっていうのか?
いや、ありえないだろ……。
まるで当たり前のことだと言わんばかりの表情をしている地味メガネに、思わずごくりと息をのんだ。
違う、騙されるな。
絶対に何かある。
こいつは、俺達に気に入られようと嘘をついているだけだ。
地味メガネが俺達に媚びる理由なんてあるわけないのに、そんなことを思いながら更衣室に戻り、りゅうがを探す。
ちょうど着替え終わったらしい、りゅうがの元に駆け寄った。
りゅうがは俺の顔を見ながら、きょとんとしている。
俺と、まったく同じ反応。
そうだよな。
ありえないって思う、よな……。
とにかく、確認しないと……。
俺に言われるがまま、りゅうがは制服のポケットからマスクを取り出した。
逆に、俺はマスクを外してポケットにしまう。
心臓が、異様なくらいドキドキと脈打っていた。
りゅうがを連れて再び地味メガネの前まで来た俺は、意を決して口を開いた。
できるだけ、りゅうがのふりをして問いかける。
地味メガネは……悩む素振りも見せず、指をさしながらあっさりと答えた。
ひゅっと息をのむ。
こいつ、本気で……俺達の区別がついてる。
隣にいるりゅうがも、言葉を失っていた。
そう質問した俺の声は、情けなく震えている。
地味メガネは本気で不思議そうにしていて、その反応にますます意味がわからなくなった。
まだ小学生の頃だった。
両親を笑わせようと、りゅうがと入れ替わったことがある。
その時__両親は俺とりゅうがが入れ替わっていることに、気づいてはくれなかった。
俺達はショックすぎて、ネタバラシすることもできずに、その日は1日中お互いのふりをし続けた。
寄る、部屋で2人になって、身を寄せて一緒に泣いたことを、今でも覚えている。
きっと俺達のどちらが死んでも、それほど悲しむ人はいないだろう。
だって、似たような奴がもう1人いるんだから。
俺達は、替えの利く人間。
……ずっとずっと、そう思って生きてきた。
それなのに……もう諦めていたのに、どうしてこいつはこんないとも簡単に、俺達を見分けてくれたんだろう。
とっくに諦めていた感情の蓋をこじ開けようとしてくるんだろう。
地味メガネは、俺達を見つめて微笑んだ。
雰囲気……空気?
本当に……?
俺達は、ちゃんと唯一の存在か……?
替えの利かない、誰かの、たった1人になれる存在……?
即答した地味メガネに、ごくりと息をのんだ。
地味メガネの言葉に、俺は初めて誰かに__〝しの〟として、見てもらえた気がした。
誰とも違う、1人の存在。
周りにとって当たり前のことが、俺達にとっては当たり前じゃなかったもの。
心のどこかでずっと憧れていた。
りゅうがと俺を、一括りにしないで、ただの俺自身を見てもらうことを。
双子じゃなければ……と、思ったことも何度かある。
きっと、りゅうがも考えたことはあるんだろう。
けど、お互いに口にしたことはなかった。
それを口にするということは、お互いの存在を否定することになるから。
俺はりゅうがを嫌いなわけじゃないし、りゅうがは俺にとって必要な存在。
別に、りゅうがさえいてくれればいい。
俺のことはなんでもわかってくれるし、気をつかわないし。
俺とりゅうがは一心同体なのだと、いつしか自分自身に言い聞かせるようになった。
諦めていたんだ。
仕方ないんだと。
俺達は、生まれた時からそういう運命なんだって……。
それなのに__。
呆然としている俺達を、心配そうに見てくる地味メガネ。
……ううん、違う。
__あなた。
離れた所から、邪魔者の声がした。
激怒している早乙女を、いつものようにあなたが必死になだめている。
早乙女に手を引かれ、先に体育館へ戻っていったあなた。
俺達は少しの間、ぼうっとその後ろ姿を見つめた。
俺が考えてること、お前ならわかるよな?
そう言うと、りゅうがは俺とそっくりな顔で、嬉しそうに微笑んだ。
……へへっ、さすが双子。
誰かに見てもらえることが、こんなに嬉しいことなんて知らなかった。
それを教えてくれたのは、紛れもなくあなただ。
そんな存在に出会ってしまったら、手に入れずにはいられない。
早乙女も露骨にあなたが好きみたいだから、奪うのは難しそうだけど……絶対諦めない。
他の何を譲っても、あなただけは譲りたくないと思った。
俺達に〝唯一〟が見つかった瞬間だった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。