第14話

看病のお時間
348
2025/05/09 15:00 更新
授業が終わり、帰る支度をする。
滝沢うと
バイバイあなた!
姫川あなた
バイバイうとくん!
しのくんとりゅうがくんもまた明日っ。
天城しの
明日もお前の地味な顔を見なきゃいけないと思うと、ゆううつだわ……って、いてててっ……!!
天城りゅうが
お、おい、しのを離せ……!!
早乙女ゆき
お前ら双子は学習能力がねえなぁ。
いっぺん死ぬか?
姫川あなた
ゆ、ゆきちゃんやめてあげて、ほら、帰るよっ……!
しのくんの頭を掴んでいるゆきちゃんの背中を押して、教室から出る。
しのくんとりゅうがくんはfatal、うとくんはnobleの集まりがあるらしく、今日は教室でバイバイ。
早乙女ゆき
またな、あなた。
ゆきちゃんが女子寮の前まで送ってくれて、別れた後こっそりと裏口から自分の寮に入った。
毎回こっそり帰るの、心臓に悪いなっ……。
裏口は人目が少ないとはいえ、誰かが潜んでいるかもしれないし、気は抜けない。
ゆきちゃんに嘘をついていることにも後ろめたさがあるし……いつかちゃんと、謝ろうっ……。
寮に帰るだけでどっと疲れ、エレベーターに乗った瞬間「ふぅ……」と息を吐く。
こればっかりは仕方ない……あと半年の辛抱だよね。
最上階に着いて、エレベーターを降りた。
姫川あなた
……あれ?
私は目の前に広がる光景に、目を見開いた。
廊下の先で……人が、倒れていたから。
慌てて駆け寄ると、倒れている人が誰なのかすぐにわかった。
姫川あなた
生徒会長さんっ……!
しゃがみ込んで顔を覗き込むと、頬をこうようさせた、苦しそうな表情が目に入った。
姫川あなた
大丈夫ですか……!?
額に手を当てると、尋常ではない熱が伝わってくる。
熱いっ……すごい熱だ……!
朝比奈たろ
……っ、はぁ……
会長さんは苦しそうに呼吸をしていて、額には汗が滲んでいる。
姫川あなた
ど、どうしよう……
今すぐに助けを呼ばなきゃと思ったけど、そういうわけにはいかないことに気づいた。
私がこの寮で暮らしていることは極秘。
私が助けを呼んだら、不審がられるに決まってる……!
保健室の先生を呼びに行こうにも、どうして私がここに会長さんが倒れていたことを知っているのかと疑われるのは明白で……。
身動きが取れない状況に、途方に暮れてしまう。
あっ……さくら先輩がいれば……!
そう思って、すがりつく思いで家のインターホンを押したけど、応答はなし。
まだ帰ってきてない……。
いつ帰ってくるかも、わからないよねっ……。
このまま放っておくわけにもいかないしっ……。
……よし。
考えた末、私は自分の部屋に会長さんを運ぶことにした。
勝手に会長さんの部屋に入るわけにはいかないし、助けを呼ぶわけにもいかないなら、一旦私の部屋で看病して、さくら先輩が帰ってきたら保健室へ連絡してもらおう。
その場にしゃがみ込み、会長さんの肩を持ち上げる。
姫川あなた
……すみません、ちょっと移動しますね……!
意識がもうろうとしているのか、返事はなかった。
ただ、苦しそうな息づかいが聞こえるだけ。
ううっ、重いっ……。
必死に持ち上げようとするも、まったく上がらない。
申し訳ないと思いながら、引きずるようにしてなんとかベッドに運んだ。
はあっ……は、運べた……!
ひと仕事を終え、ふぅ……と息を吐く。
って、早く看病を……!
ひとまずできることをしようと、必要な物を用意する。
お母さんに言われて、こおりまくらとかを持ってきておいてよかった……!
まさか、こんなすぐに役に立つことになるなんてっ。
タオルで包んだ氷枕を会長さんの首の下に敷こうとした時、会長さんの目が薄っすらと開いた。
朝比奈たろ
……お、まえ……
私を見るなり、敵意を丸出しにする会長さん。
姫川あなた
大丈夫ですか?
どこか痛いところとかありますか?
その言葉に返事はなく、代わりに鋭い視線で睨まれた。
一瞬で、場の空気が変わった。
威嚇なんて可愛いものじゃない。

会長さんから出ているのは、殺意にも似たドス黒いオーラ。
女嫌いだって言ってたけど……想像以上に酷いのかもしれない。
こんな目ですごまれたら、普通の人なら腰を抜かしちゃうかも。
そう思うくらい、この人から出ているオーラは恐ろしいものだった。
私はある種〝慣れている〟というか……怖い人には耐性があるから平気だったけど。
というか、きっと辛くて意識を保っているのもやっとに見えるのに、こんなに恐ろしい雰囲気を出せるなんて……この人は精神的にも肉体的にも、かなり強い人なんだろうなと思った。
朝比奈たろ
……っ。
苦しそうに頭を押さえた会長さんに、「大丈夫ですか?」と手を伸ばす。
朝比奈たろ
……っ、触、るな……
すぐに振り払われたけど、その力は弱々しいものだった。
相当苦しいんだろうと、見ているだけで胸が痛くなる。
姫川あなた
さくら先輩が帰ってきたら、先生を呼んでもらうようにお願いするので、それまではここで我慢……
朝比奈たろ
帰、る……ほっと、け……っ。
私の言葉を無視して、起き上がろうとした会長さん。
けれど、そんな状態で建てるわけもなく、ふらりと体が傾いた。
姫川あなた
危ないっ……!
ギリギリのところで受け止め、ほっと息を吐く。
姫川あなた
無理しないでください……!
ゆっくりとベッドに座らせると、会長さんは弱々しい力で私の体を押しのけようとしてきた。
朝比奈たろ
さわ、るな……
もう体に力が入らないようで、座っているのもやっとなんだろう。
そんな目で睨まれても、全然怖くないですよ……。
私はやや強引に会長さんの体を押し返して、そのままベッドに寝かせた。
まだ抵抗しようとする会長さんに、少しだけ大きな声を出す。
姫川あなた
我慢してください!
病人は安静に、ですよ!
嫌いな女に触られるのは嫌かもしれないけど、こんな状態の人を放っておけるわけがない。
朝比奈たろ
……っ。
会長さんは、少し驚いたように目を見開いた後、観念したのかそれ以上抵抗してくることはなかった。
大人しくなった会長さんに安心して、看病を続行する。
タオルを氷水で冷やし、額に乗せる。
汗をいてあげた方がいいんだろうけど、さすがにそこまでされるのは嫌だろうし、最低限の接触で留めた。
嫌がることはしたくないし……。
目が覚めた時、すぐに飲めるように新品のお水を用意して、枕元に置いた。
もう少し暖かくした方がいいかもしれない……と、追加のとんを持ってきて、上に乗せる。
布団を首元までかぶせて、部屋の電気を消す。
今できることは、このくらいかな……。
会長さんを見ると、まだ苦しそうなことには変わりないけど、さっきのように呼吸を乱してはいない。
一度、さくら先輩が帰ってきていないかインターホンを押しに行ったけど、応答はなかった。
部屋に戻りベッド横のイスに座る。
会長さんは眠っているのか、少し苦しそうな呼吸が聞こえる。
熱が引くといいんだけど……。
そう思いながら、苦しそうな会長さんを見つめる。
ふと、自分が風邪を引いた時のことを思い出した。
お父さんとお母さんは共働きだったし、弟は保育園や学校に行っているから、風邪を引いた時は基本的に誰も家にはいない。
1人の部屋で、寂しい気持ちを紛らわせるように毛布にくるまっていた。
風邪を引くと、どうしてかいつも以上に人恋しくなる。
寂しさがいつも以上に膨らむ。
私はなぜか、眠る会長さんが寂しそうに見えて、布団越しに手を握った。
早くよくなりますように……と、願いを込めて。
ん……。
ゆっくりと広がっていく視界。
……あ、れ……?
ぼんやりと見えるのは、柔らかい毛布。
まだはっきりとしない意識の中、顔を上げると、視界に飛び込んできたのは横になりながらじっとこちらを見ている会長さんのキレイな顔だった。
姫川あなた
……っ!
自分の状況がわからず、慌てて体を起こし会長さんの方を見る。
朝比奈たろ
なんでお前が驚く?
会長さんは、私の反応に眉間にシワを寄せた。
あっ……そ、そっか、私、倒れていた会長さんを見つけて、部屋に連れてきて、看病をして……そのまま眠っちゃったんだっ……。
姫川あなた
あ、あのっ……すみません、私知らない間に眠っちゃったみたいで……!
謝って頭を下げると、会長さんは何も言わずこちらを見るだけ。
なんだかその視線に、いたたまれない気持ちになった。
姫川あなた
た、体調、どうですか?
沈黙に耐えきれず、口を開く。
会長さんはじっと私を見つめたまま、言葉を発した。
朝比奈たろ
……もう、平気だ。
その返事に、ほっと胸を撫で下ろす。
姫川あなた
そうですか、よかったです……
まだ辛そうだけど、少しでもマシになったのならよかった……。
朝比奈たろ
……
……し、視線が、痛い……。
再び無言でじっと見つめられ、私はどうしていいかわからず困り果てる。
な、なんの視線だろう……看病してる間に、なんで寝てるんだよって思われてるかな……そ、それとも、どうしてここにいるのか説明しろって視線かなっ……?
姫川あなた
えっと……すみません、保健の先生を呼ぼうと思ったんですけど、私がこの寮にいることは絶対に秘密だって言われているので、どうすればいいかわからなくって……勝手に会長さんの部屋に上がるわけにもいかないので、私の部屋に……
まるで言い訳のように長々と語る私を、会長さんは相変わらずじっと見ている。
姫川あなた
あっ、そうだ、さくら先輩がいるか確認してきますね……!
朝比奈たろ
いい。
……え?
いいって……。
でも、ここにはいたくないんじゃないかな……?
会長さん多分、私のこと嫌いだろうし……。
そう思ったけど、会長さんがいいと言うので呼びに行くのはやめておいた。
再び、シン……と静まる室内。
そうだ、一応謝っておかなきゃ……。
姫川あなた
あの……女嫌いって聞いていたのに、無理やり連れてきてすみませんでした……
他にどうすることもできない状態だったとはいえ、会長さんの嫌がることをしてしまったから……。
今だって、同じ空間に女の私がいること自体、不快だと思う。
姫川あなた
私、向こうの部屋に言っているので、体調がマシになるまで休んでいってください。
部屋を出ていこうと、立ち上がった。
姫川あなた
もし出ていきたかったら、いつでも出ていってくださって構わないので、それじゃ……
朝比奈たろ
……待て。
がしりと、手を掴まれる。
驚いて振り返ると、会長さんは変わらずじっと、私を見つめていた。
朝比奈たろ
俺が眠るまで、ここにいろ。
姫川あなた
え?
はっきりと告げられた言葉に、首をかしげる。
いても、平気なのかな……?
だって、相当の女嫌いのはず……加えて、私みたいな可愛くもなんともない女、関わりたくないだろうに……。
姫川あなた
私がいて、眠れるんですか?
そう聞き返すと、会長さんは私を見ながら眉間にシワを寄せた。
朝比奈たろ
お前がいたら……眠れた。
少し不満そうに言う会長さん。
私がいたら眠れたって……まるで、今までは眠れなかったみたいな言い方……。
よく、わからないけど……。
姫川あなた
はい、わかりました。
断る理由も見つからず、そう言って再びイスに座る。
もしかしたら、風邪で心細くなっているのかな?
体が弱っている時は寂しくなるし、誰でもいいからそばにいてほしいってことかもしれない。
私なんかでよければ、そばにいさせてもらおう。
会長さんは、私に背を向けるように寝返りを打った。
朝比奈たろ
……おい。
低い声が響いて、再び首をかしげる。
姫川あなた
はい?
背を向けている会長さんは、少しの間何も言わずに黙り込んだ後……。
朝比奈たろ
……助かった。
ぼそりと、呟いた。
顔が見えないから表情はわからないけど、その言葉に頬が緩む。
この人は、単に不器用な人なのかもしれない。
悪い人では……きっとない。
私はふふっと笑った後、会長さんの背中を見ながら口を開いた。
姫川あなた
早く元気になると、いいですね……
2人きりの室内にはずっと沈黙が流れていたけど、不思議と息苦しさはなかった。
むしろ、無言でも心地よく感じるような空気があって、私はいつのまにかまた、眠ってしまっていた。

プリ小説オーディオドラマ