「・・・失礼します。」
三階の突き当たりの病室を軽くノックして、ドアノブを捻った。
ドアを開けた途端に、初夏の熱気が頬を火照らせた。
病室はとても質素で、ベッドと小さなテーブル、小さめのテレビ以外に、特に目立つものは無かった。
・・・前田はベッドに座り、すぐ横の窓を眺めていた。
逆行で、顔が全く見えない。
「・・・やぁ、はじめまして。君が桜井巴さん?」
年齢に似合わぬ高くて滑らかな声が彼の喉から漏れ出た。
「・・・ええ、はじめまして。私が生徒会長の桜井よ。」
「・・・そっか。」
彼は何となく感情の読めない声のトーンだった。
「知ってると思うけど、僕は前田翔。3年前からここの病院にお世話になってるんだ。」
前田がこちらを振り返った。
少し長めの前髪がふわりとなびいて、彼の切れ長の瞳が鋭く光った。
こいつが・・・前田。
「突然押し掛けたりなんてしてしまってごめんなさいね。時期も時期だから顔を見ておこうと思って。」
私は挨拶もそこそこに荷物を整えた。
土産の品は、妥当な物をと思い、クチナシの花を買ってきた。
「それは・・・クチナシ?」
前田が軽く体を持ち上げて興味を示した。
「えぇ、あなたの好みの花なんて知らなかったからね。花言葉は【幸せを運ぶ】なんですって。」
「幸せか・・・」
それから花だけでは足りないと思い、涼しげな水羊羹、レモンティー、金平糖を用意した。
・・・完全に、私の趣味になってしまった。
「随分お菓子を用意したんだね。」
前田は軽く笑いながら乱れた髪をとかしていた。
「二つ買ってきたの。とりあえず、お近づきの印に。一緒にどう?」
「・・・頂くよ。」
小さなテーブルをベッドに寄せて。
まだどんな相手かも分からない前田だけれど、お菓子の前だと優しそうな顔をしていた。
触れただけですっと消えてしまいそうな透明の羊羮をそっと口に運ぶ。
外から流れる熱気と、口の中の一瞬の冷涼が織り混ざった。
甘いお菓子には、甘さ控えめなレモンティーが良く合う。
口に含んだレモンティーが、口内に残ったふわふわした甘さを溶かしていった。
「美味しかったよ、ありがとう。」
先程まで表情筋が無いのかと思うほどに固かった顔は、大分柔らかくなっていた。
「ほんとは許可なしで病院食以外の物食べるのは駄目なんだけど。」
「え。」
規律を完璧に守るタイプの私には大分衝撃的なカミングアウトだった。
「でも、こういうこっそり食べるおやつは格別だね。また持ってきてよ。」
悪戯っぽく笑う顔を見ると、彼もまた私と同じ中学生なのだと実感する。
「・・・ねぇ、前田。本題なんだけど、前田の病っていったいなんなの?」
和やかだった空気に亀裂が入った気がした。
「・・・3年間も、私達に隠し通さないといけないぐらいとんでもない病気なの?」
「・・・いいよ、お菓子美味しかったから、教えてあげる。」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。