第31話

甘えてもいい香り
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2026/02/05 05:46 更新



目が覚めると、時計は正午を回っていた。



——リハーサル、9時から。



焦って体を起こそうとするが、
体中が鉛みたいに重くて動かない。




喉は痛く、頭はぼんやり。
全身のだるさが、無言で俺を押さえつけている。



そのとき、部屋のドアが静かに開いた。



「……あ、起きたんだ」



声を聞くだけで、胸の奥が少し緩む。




振り返ると、そこにはあなたが立っていた。



「……あなた……?」



彼女は笑っている。
けれど、その瞳には心配の色が濃く映っていた。



「……あっきぃさんの公式からDMきて焦ってみたら、
りゅうきくんが風邪引いてるって聞いて……」



俺は、言葉が出なかった。
こんな距離で、こんなに気にしてくれているのか。



彼女は少し歩み寄り、
机の上に置いてあったコートを手に取る。



「合鍵、返し忘れてたし、これで入った」



——合鍵



一瞬、言葉に詰まる。
彼女が、俺の生活に、そっと入り込んでいることに、
心の奥がざわついた。



「今日は、看病してあげるから、休んで。
ほんと、相変わらず……」



懐かしむように小さく笑う。




少しだけ肩の力を抜いた表情で、




「がむしゃらな頑張り屋さんなんだから」



俺は、言葉を飲み込む。




——昔から変わらないな、彼女は。




心配してくれるその顔も、
淡々とした口調も、
全部が、安心と焦りを同時に運んでくる。



「……ありがとう、あなた」



声は弱々しいけれど、
本心がそこにある。



彼女は、そっとベッドの横に座ると、
毛布を整えながら、手際よく熱を測ったり、

水やスポーツドリンクを差し出したりする。



「……無理しても仕方ないから。
 今日は、リハーサルは置いといて」



その目は、厳しさと優しさが混ざっていて、




昔、泣きそうになりながら香水作りに没頭していたときの、
あの優しい眼差しを思い出させる。



「……でも、俺……」



「知ってるよ。脳筋バカなんだから」



また笑う。




でもその笑顔の裏には、
「ちゃんと見てるから」っていう静かな強さがある。



俺は目を閉じ、深く息を吐いた。




——なんで、こんなに落ち着くんだろう。
体はだるいのに、心だけが少し軽くなる。



「……ありがとう」



小さく、繰り返す。




——来週、絶対にステージで見せる。




絶対に、ここで立てなくても、
来週には、あの光の中に立つ。



あなたは、肩をすくめて、微笑む。



「じゃ、今日は私が全部やるから。
ちゃんと寝ててね。」



言葉の一つ一つが、
まるで魔法みたいに、俺の重く沈んだ体を温める。



そして、俺は深く布団に潜り込み、
目を閉じた。



久しぶりに、
何も考えず、甘えてもいい夜だった。




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