外の音が、ふと近づいてきた。
最初は遠巻きの足音と、ラジオみたいな声。
窓越しに見える影が揺れて、胸の奥がざわつく。
あのニュースからずっと、いつか来るだろうとは思っていたけど、実際に来ると心臓が喉に浮く。
ドア越しの声は落ち着いていた。
だけど、そこに混ざるコートの擦れる音、無造作に鳴る金具の音が尋常じゃない緊張を運んでくる。
三人。近所の巡回とも違う、明らかに「仕事」の空気をまとった三人が玄関前に立っている。
「警察だ。お話を伺いたい。」
一人が、ざっくりとそう告げる。声は穏やかだが、目は冷たい。生ぬるい血でも見透かすような視線だった。
俺は肩が小さく震えるのを抑えながら
リビングの隅に寄った。
ymmtは何事もないようにゆっくりと立ち上がり、
辺りを見回してから、人を招くようにドアに歩み寄った。
昨日したのに随分と動けそう。
彼の表情はさっきまでの柔らかさのままだったけど、
その手の動きの静けさが、妙に計算されたものに見えた。
ymmt「どうぞ、上がってください」
ymmtは微笑んで言った。
声は優しく、けれどその目だけが少しだけ光っていた。
三人は躊躇いながらも家に上がり、
厨房の方へと誘導される。
俺はその間、膝から力が抜けて床に座り込んでしまった。
無理だろ、こんなの。
俺追ってきてるやつが、こんなに近くにいる。
心臓が口から出てきそうだわほんま。
最初のやりとりは形式的なものだった。
身分証の提示、近隣からの通報の詳細、
こちらに了承を求めるような言葉。
男たちの一人、頑丈そうな中年の男が
カメラで部屋を一瞥すると、眉間に皺を寄せた。
警戒は確実に上がっている。
その時だった。ymmtが、ぽつりと低く言った。
ymmt「外で話しませんか?この中はちょっと狭いですし」
提案は一見無害だった。
だが、男たちの足取りは心なしか軽く、
外に誘われるまますぐに玄関の外へ出ていく。
────空気が変わった瞬間を俺ははっきり感じた。
外は昼光ではなく午後の陰で、
近所の民家の合間に細い路地が伸びている。
そこへ彼らは歩いていった。三歩、四歩、そして──
遠くから、鈍い衝撃の音がした。
最初は小さく、それからどんどん大きくなる。
人の声が割れ、
奇妙な金属音が混じり、
続けざまに上がる悲鳴。
俺の耳は異常に敏感になって、
音の一つ一つが皮膚を剥がすように痛くて、
数分後、玄関を開けて戻ってきたymmt。
目の前の貴方が何も変わらず立っているのが不気味だった。
sgi「っ……!」
sgi「やまも、おまえ…なにして、」
俺は立ち上がろうとした。
けれどymmtが、静かに手のひらを伸ばして俺の腕を掴む。
その力は驚くほどに温かく、確かだった。
彼は目を細めて、
まるで遠くで散った鳥を眺めるように言った。
ymmt「想定通りです。須貝さん、来てください」
促されるまま外へ出ると、
そこにはもう三人の姿はなかった。
代わりに、音が描いた光景が存在していた。
破れた服の残骸、
散乱した書類の束、
そして地面に滲む黒い帯──血の匂いが、
風に乗って鼻腔を刺した。
視界の端に、人の形が折り重なるように横たわっている。
胸の奥が、バキッと割れるような硬い衝撃に襲われた。
────三人は、倒れていた。
一人が呻き声を上げ、二人目はまったく動かない。
三人目は目を見開いて、まだ声を出そうとしている。
だが血の流れはもう止まらない。
俺の世界は急速に色を失い、
時間だけが遅れて流れるように感じた。
足元の影が、俺の意識を引っ張る。
sgi「……どうして」
俺の声は、かすれて小さくなる。
嘔吐感が胃袋を逆撫でする。
目の前で起きていることが現実であることを
どうしても受け入れられないでいた。
ymmtは、膝をついて吐き捨てるように言った。
ymmt「必要だったんです。これ以上、情報が外に出られるわけにはいかない」
なあ。
怖い、よ。
その口調に、一瞬だけ恐怖にも似た冷たさが混ざった。
彼は手早くそして無駄のない動きで状況に対応していく。
俺はその手つきにただ呆然とするばかりで、
言葉が喉に引っかかる。
彼が何をしたのか、どうやってそうなったのか────
細かな部分は頭に入ってこない。
ただ一つ確かなのは、あの日、自分が踏み込んだ先の線を越えてしまったという事実だった。
sgi「あの人たちも、家族がいるかもしれない」
俺はそう言った。言葉の端に震えがあった。
だがymmtは首を振らない。
彼の顔は、祈りの場で見せる表情に似ていた。
何かに委ねられ、選ばれた者のように落ち着いている。
ymmt「分かってます。だから、これでいいんです。須貝さんがここにいることが、これで守られるなら、僕はやります。僕は、守ると誓ったんですから」
その言葉は正当化に聞こえた。
だが、同時にそこには救いを求める叫びも混じっていた。
感じてしまった。
俺は手を震わせながら、
遠くで警笛が歪んで聞こえるのを感じた。
外の世界は、まだ気づいていないだけで
確実に近づいてきている。
後始末は静かに、素早く行われた。
ymmtの動きは無駄がなく、俺はただ
その傍らで呆然と立ち尽くす。
触れた手の感覚、血の温度、金属の冷たさ──現実は容赦なく、細部で俺を締め付ける。
胸の中に渦巻くのは恐怖と、底なしの罪悪感。
その夜、布団に横になっても眠りは来なかった。
ymmtは隣で眠ったふりをして、時折俺の呼吸を確かめる。彼の囁きは低く、だが確信に満ちていた。
ymmt「ここなら大丈夫。僕がいるから、大丈夫だよ、須貝さん」
sgi「……おう」
その言葉は、まるで毒と薬が混じったように効いた。
安心の感触が胸に湧き上がる一方で、
俺は自分が消えかけていくのを感じた。
世界は静かに、だが確実に変わっていく。
守られるということは、同時に身を委ねることなのだろうか。あるいは、それは取り返しのつかない額に自分を差し出すことなのか。
窓の外を緊迫した夜風がすり抜ける。
遠くでサイレンが鳴るけれど、
それはまだこちらへ向かってはいなかった。
俺たちはその静けさの中で互いの息だけを頼りにしていた。
内側から広がる暗闇と、ymmtの穏やかな声が交差する。
どこまでが救いで、どこからが破滅なのか。
その境界線が、俺にはもう見えなくなっていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。