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第10話

私のしあわせ
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2019/02/28 08:16
ダヴィド
ダヴィド
お前のためにアンナが死んだことは!言ってなかったな!
アベル
アベル
否定はしない!だがアンナの心臓を斬ったのは!誰であったか忘れたか!
 ダヴィドは魔術で出した、黒い刀身に禍々しい赤目の意匠が施された剣を振るう。

 アベルは透き通るような青い刀身に月の満ち欠けの意匠が施された剣を魔法で出して受け止める。
アベル
アベル
他でもないその剣でな!
ダヴィド
ダヴィド
お前が!あいつを救えなかったんだろう!
アベル
アベル
どれほどべんろうしても!自分が犯した罪からは!逃れられない!
 流れるように剣を振るって、アベルが叫ぶ。殺し合いのさなかでも彼の舌は良く回る。
ダヴィド
ダヴィド
うるさい!お前さえいなければ!今頃アンナは俺の……!
アベル
アベル
僕は卑劣だがお前は卑怯だ!ダヴィド!アンナに告白しなかったお前が!
 力強く踏み込んだ一撃で、ダヴィドの剣が吹き飛び、私のかたわらに刺さった。
佳音
佳音
きゃっ!
アベル
アベル
佳音、重ね重ねすまない。これで終わりだ
 ダヴィドの剣が少しずつ分解され、黒い粒子になり消える。

 肝心のダヴィドは息を荒げてアベルの前に跪いていた。
ダヴィド
ダヴィド
昔は……兄貴分ぶってりゃよかったんだが……な。……クソッ!気分がわりぃ
ダヴィド
ダヴィド
早く、殺せよ
 アベルが魔法の剣を振り上げる。そして。

 私はアベルの前に立ちはだかった。
アベル
アベル
佳音、何をしている!
佳音
佳音
アベル、私を殺すのが目的だったでしょ……
 剣の切っ先がキラキラと輝いている。怖い。アベルがかかげているものは私の体を命ごと裂ける。

 それでも、私はアベルの前に立ちたかった。
佳音
佳音
罪悪感、ずっと持ってたんでしょ!こんな人でもアベルのお兄さん代わりだったなら……
佳音
佳音
殺してほしくない!
 悔しいけど、アベルにとっては私よりダヴィドのほうが、重要で大切かもしれないから。
アベル
アベル
一歩踏み込めば君ごとダヴィドを殺すこともできるんだぞ
佳音
佳音
それは!ダメ!
 私はアベルにきつく抱き着いてわんわん泣いた。ここから一歩も動かさない!
アベル
アベル
そう、か
 アベルはふうっと息を吐いて、剣を振り上げた腕を体の横におろした。
アベル
アベル
アンナと同じことをしたね、君は。まぁ、それをされたのはダヴィドなんだが
アベル
アベル
……佳音、帰ろう
 帰るって、どこへ?

 アベルは私を抱きしめて、甘い蜜で包んだ世界一罪深い言葉をささやいた。
アベル
アベル
僕の……僕らの家へ
佳音
佳音
それは、犯罪になるんだよね。私、異世界人だし……
 一緒にいたいけど、一緒にいたら重荷になるんだ。

 暗い気持ちに支配されそうになった時、背後から声が響いた。
ダヴィド
ダヴィド
あくどいことなら、俺は得意だぜ
アベル
アベル
ダヴィド……!
ダヴィド
ダヴィド
お前が捕まるのは勝手だが、そのお子様は俺の嫁候補だ。養ってやってもいい
ダヴィド
ダヴィド
それで俺も捕まったら……一緒に地獄に逝こうや、佳音ちゃん?
 アベルが空間を切り裂く。見えない壁が、私を通り過ぎる。
アベル
アベル
……幸せになる努力をしたって、罪にはならないと思うよ。じゃあね、ダヴィドお兄ちゃん
佳音
佳音
……えっと、その、お元気で
 私はアベルに支えられて、空間へと踏み出した。



 × × ×



 豪奢なフリルがあしらわれた、オーロラピンクのウェディングドレス。

 自室で、私がそれを着ている。肩とか思いっきり露出してて、恥ずかしい!けど、それよりも……。
佳音
佳音
いい、のかな……
 結婚指輪をつまんで、ぼんやりと考える。

 私がいるとアベルだけじゃない。セツさんやセトさん、ダヴィドさんにまで被害が及ぶ可能性がある。

 私自身が元の世界でうまくやっていけるように努力すべきなんじゃないかな?なんて、考えたりもしてしまう。
アベル
アベル
だめならその指輪を捨てればいいだけだよ
佳音
佳音
そんなこと!できるわけ、ないでしょ……
 惚れた弱みって、まだ優しかったころのお父さんが言ってたなって、思い出した。

 その言葉がぴったりだ。指輪を捨てるなんて、できない。
アベル
アベル
んー。……では、我が伴侶よ、僕が嵌めて差し上げよう
 アベルはレースのグローブをした私の左手を取って、薬指に結婚指輪をはめる。

 そうやって、アベルは私の王子様になる。ずるい。ずるい!

 うん、でも、大好きなんだ。そうしてくれるのが、すごく嬉しい。
セツ
セツ
お二方、準備はよろしいですか
セト
セト
ダヴィドのおっさんが白紙の伝書鳩よこしてきましたよ。なんなんですかアイツ
 カソックを着たセツさんとセトさんが、部屋のドアを開ける。

 間が悪い。

 私たち今、初めて、唇を重ねるキスをした、のに。






end.

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