第5話

4話
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2024/03/22 00:00
「にぃ、母さんって今日夜勤だっけ?」

「そうだよ。今日の晩飯は…おっ、カレーだ」

「まじ!?やったね」

「今日は俺が準備する」

「お〜、珍しいこともあるもんだね……んじゃ、お言葉に甘えて〜」

 部活帰りの妹、彩花は部活着から着替えようともせずにソファに寝転ぶ。
 ソファ汚すなよ、と声はかけつつ、とはいえ注意したりはしない。必要ないからだ。

 彩花は俺と違って成績優秀、容姿端麗、オマケにバスケ部のエースと、まさに完璧美人といったやつだ。まだ中学生だからバイトはしてないが、『母さんとにぃをラクさせるために、高校上がったらバイトする』と口癖のように言う、性格もよく出来た自慢の妹。

 出来損ないの兄が立派な妹を恨んだりしていないのも、俺が出来た性格なんじゃなくて彩花が立派なだけだ。俺の事をよく見ていて、もう恨みようもないくらい完璧。母さんが俺と彩花を比べて育てなかったのも大きいかもしれない。

「にぃ、今日良いことでもあった?」

 食事中。母さんの美味しいカレーを向かい合って食べながら、普段から俺をよく見ている妹は、今日の俺を見てそう声をかけた。

「なんでそう思った?」

「最近元気なかったのに、活き活きしてるからさ。どしたん?」

「…ひみつ。」

「えぇ〜? いいことは家族で共有すべきですぞ兄者ぁ〜?」

「なんだよ、その喋り方。」

「かわいーでしょ?」

「はいはい、何やっても可愛いよ」

「んふふ〜」

 優等生には優等生の悩みがあるのか、学校の鬱憤を晴らすように家では甘えたがりなところがある。

「…………」

 この妹は、自分の兄が人を殺したと知ればどうするのだろうか。

「今日、学校どうだった?」

 不意に、思った。

「それがさぁ!部活の話なんだけどね〜?」

 正しく罰そうとするだろうか。

「私は真剣に練習して欲しいのに、後輩が最近やる気ないみたいでさ」

 それとも、家族の情がそれを妨げるだろうか。

「私はみんなで大会行きたいのに、『先輩みたいにスタメン確定って訳じゃないんで。』って」

 いずれにしろ、

「スタメンになるには頑張るしかないのにさ、頑張ろうともしないで、そんなことばっか言うの」

 俺はもう人が死ぬ、その最期を求めてやまない身体になっているみたいだから。

「まぁ…エースに言われたらムカツク!って思う気持ちもあるのかもしれないけど、さぁ…」

 仕方がない

「言わせとけ、そんな奴に構わなくていい」

 仕方がないのだから。

「言い訳しか出来ない奴ってのは、世の中一定数居るもんだ」

 俺は、人殺しじゃない。

「そいつらは頑張った結果振るわれない、無意味な努力が怖いんだよ」

 ただの仕事。

「頑張らなきゃ始まらないのに?」

 あの患者を殺したのはあの女だ。

「まぁ、あれだ……」

 俺じゃない。

「何もみんながみんな、お前みたいに出来がいいわけじゃない。頑張っても出来ない、もっと言えば…頑張りようが無い奴だって居るんだよ」

 ただの、仕事だから。

「頑張りようがない?」

 給料は、1万円札。

「そ。だから言い訳するしかないんだ」

 そう、そうだ。1万円、

「それは……悪いこと?」

 1万円が簡単に稼げれば、きっと母さんも楽できる。夜勤も、なくなるかもしれない。

「…………あぁ、悪いことだよ。」

 ちょっとラクな、割のいい仕事だ。

「そういう奴らはみんな、社会に出た時苦労する。」

 ちょうどその時、垂れ流していたニュース番組に速報が入って、アナウンサーが話し始めた。

 東京の某所、女が患者として入院していた自分の父親をナイフで刺し殺した。女はその場で現行犯逮捕。警察は経緯を調べているという。

「物騒な話……怖いね」

「そうだな」

 明日にでもテレビが、狂気の沙汰で何度も何度も腹を刺していたと報道したら、きっとまた嫌そうな顔をして「怖いね」と俺に話すのだろう。

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