「にぃ、母さんって今日夜勤だっけ?」
「そうだよ。今日の晩飯は…おっ、カレーだ」
「まじ!?やったね」
「今日は俺が準備する」
「お〜、珍しいこともあるもんだね……んじゃ、お言葉に甘えて〜」
部活帰りの妹、彩花は部活着から着替えようともせずにソファに寝転ぶ。
ソファ汚すなよ、と声はかけつつ、とはいえ注意したりはしない。必要ないからだ。
彩花は俺と違って成績優秀、容姿端麗、オマケにバスケ部のエースと、まさに完璧美人といったやつだ。まだ中学生だからバイトはしてないが、『母さんとにぃをラクさせるために、高校上がったらバイトする』と口癖のように言う、性格もよく出来た自慢の妹。
出来損ないの兄が立派な妹を恨んだりしていないのも、俺が出来た性格なんじゃなくて彩花が立派なだけだ。俺の事をよく見ていて、もう恨みようもないくらい完璧。母さんが俺と彩花を比べて育てなかったのも大きいかもしれない。
「にぃ、今日良いことでもあった?」
食事中。母さんの美味しいカレーを向かい合って食べながら、普段から俺をよく見ている妹は、今日の俺を見てそう声をかけた。
「なんでそう思った?」
「最近元気なかったのに、活き活きしてるからさ。どしたん?」
「…ひみつ。」
「えぇ〜? いいことは家族で共有すべきですぞ兄者ぁ〜?」
「なんだよ、その喋り方。」
「かわいーでしょ?」
「はいはい、何やっても可愛いよ」
「んふふ〜」
優等生には優等生の悩みがあるのか、学校の鬱憤を晴らすように家では甘えたがりなところがある。
「…………」
この妹は、自分の兄が人を殺したと知ればどうするのだろうか。
「今日、学校どうだった?」
不意に、思った。
「それがさぁ!部活の話なんだけどね〜?」
正しく罰そうとするだろうか。
「私は真剣に練習して欲しいのに、後輩が最近やる気ないみたいでさ」
それとも、家族の情がそれを妨げるだろうか。
「私はみんなで大会行きたいのに、『先輩みたいにスタメン確定って訳じゃないんで。』って」
いずれにしろ、
「スタメンになるには頑張るしかないのにさ、頑張ろうともしないで、そんなことばっか言うの」
俺はもう人が死ぬ、その最期を求めてやまない身体になっているみたいだから。
「まぁ…エースに言われたらムカツク!って思う気持ちもあるのかもしれないけど、さぁ…」
仕方がない
「言わせとけ、そんな奴に構わなくていい」
仕方がないのだから。
「言い訳しか出来ない奴ってのは、世の中一定数居るもんだ」
俺は、人殺しじゃない。
「そいつらは頑張った結果振るわれない、無意味な努力が怖いんだよ」
ただの仕事。
「頑張らなきゃ始まらないのに?」
あの患者を殺したのはあの女だ。
「まぁ、あれだ……」
俺じゃない。
「何もみんながみんな、お前みたいに出来がいいわけじゃない。頑張っても出来ない、もっと言えば…頑張りようが無い奴だって居るんだよ」
ただの、仕事だから。
「頑張りようがない?」
給料は、1万円札。
「そ。だから言い訳するしかないんだ」
そう、そうだ。1万円、
「それは……悪いこと?」
1万円が簡単に稼げれば、きっと母さんも楽できる。夜勤も、なくなるかもしれない。
「…………あぁ、悪いことだよ。」
ちょっとラクな、割のいい仕事だ。
「そういう奴らはみんな、社会に出た時苦労する。」
ちょうどその時、垂れ流していたニュース番組に速報が入って、アナウンサーが話し始めた。
東京の某所、女が患者として入院していた自分の父親をナイフで刺し殺した。女はその場で現行犯逮捕。警察は経緯を調べているという。
「物騒な話……怖いね」
「そうだな」
明日にでもテレビが、狂気の沙汰で何度も何度も腹を刺していたと報道したら、きっとまた嫌そうな顔をして「怖いね」と俺に話すのだろう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。