第3話

言わせたい男 ✘ kne
1,985
2025/04/11 08:00 更新
「本社から出向して来ました、叶です」

そう自己紹介したのは、同期のエース、叶くん。

「3ヶ月という短い期間ですが、結果を残せるよう
頑張りますので、よろしくお願いします」

天使の微笑みと名高い営業スマイルで、
私の所属する地方の支店でも、
そのファンを増やしていくようだ。

「では、サポートは、同期らしいし、
あなたの名字、頼んだ」

上司にそう指名されては、断る術はない。

「承知しました」

改めて私を見て、目が合った叶くんは、
より一層輝く笑顔で笑って見せてきた。

はい、解散。
と朝礼が終わると、
叶くんに近付こうする女性社員も見受けられる中、

「あなたの名字さんにサポートしてもらえるなんて、
早速ここに来てよかったって思ったよ。よろしくね」

と、周りに見向きもせず私の前に進んできた。

「こちらこそ、本社のエースをサポート出来る機会なんて
そうないことだから。頑張ります」

こちらも必死で営業スマイルを貼り付けて、
差し出された握手の手を取った。


「まずは軽く、社内の案内しとく?」
「いいね。お願いしたい」

連れ立って社内を周る。
ついでに、会議室の使い方や、
外回りに出る時のルールなども教えた。

ここまでは、普通の同期。
新入社員の頃に1年間一緒に働いただけの関係だ。

あれから5年。
叶くんはすっかり営業のエースになり、
本社勤務でバリバリ働いていた。

私は、営業サポートとして、
地方の支店に異動しまくっていて、
年一で開催されている同期会にも、
3年目に1度だけ出られた以降、出席出来ずにいた。

それでも、同期の話は耳に入ってくるのだ。
叶くんは間違いなく、
同期の中で1番の出世頭だ。


そんなすごい人が身近にいたら、
憧れてしまうものだと思う。

ご多分に漏れず、もちろん、私も。

仕事で忙しいから、というのも嘘では無い。
が、それ以上に、「叶くんより素敵に思える人」
に出会えていないのだ。

だから、……社会人になってから
恋人のひとりも出来ていない。

……付き合える、なんて思ってはいない。
ただ、……好きだなって思ってしまうのを
やめられないだけで……。

不毛な片想いをしている自覚はある。
良い歳してなにしてんだって気持ちになる時も、
……ないわけじゃない。

本社と支店じゃ、会うこともままならなかった。
その間に……忘れることも出来ると思ってたのに。

というか、自覚としては、忘れてると思っていた。


なのにね。


目の前に立たれて、
そこに存在していることを自覚させられたら、

あっ、という間に、
ふっ、と気持ちが、

戻ってしまったのだ。


案内しながら、どんどん心臓の鼓動が激しくなる。
そこにいることが、嬉しくて、
私の声に応えてもらえることが、嬉しくて。

仕事中なのに、
なんだか泣きそうになってしまう。


好きだと自覚している場合では無いのに。


だって私の失恋は、
既に決まっているのだから。



給湯室の案内の為、
狭い簡易キッチンのある部屋に2人で入った。

思いの外近付いた距離に、
顔が熱くなったのを感じた。

(意識してるの、バレませんように)

「給湯室は、叶くんは使うことないかもね」
「そうかな? お気に入りのカップとか持ってきて
ここに置いてもいいってことかな?」
「うん、それはそう! 叶くんの分は、きっと誰かが
率先して淹れてくれると思う」

すでに、幾人かの女性社員から狙われているのは、
叶くん自身も気付いていることだろう。

「うーん、僕、人の淹れてくれたの、怖くて飲めないや」

そう困ったように零した叶くん。

「あー……、なら、カップは置かない方がいいかもね」
「……だよね。でもなぁ、自分で淹れたい時に困るよね?」
「そういう時は、味気ないかもしれないけど、これ……」

と、紙コップの置いてある場所を開けて、

「使うしか、ないかも」

そう伝えると、少し苦しそうな笑顔で「そうだよね」
と叶くんは言った。

モテる人は、……もとい、
モテすぎる人は、それはそれで大変なのだろう。

きっと、……出された飲み物になにか入れられていた、
なんていう経験が、彼に警戒心を植え付けたのだろう。

「あなたの名字さんが淹れてくれるのなら、
僕、安心して飲むのになぁ」

なんて、叶くんが嬉しいことを言ってくれるけど、
きっと、私が淹れたら他の子も淹れたがるから。
そういう時は“誰からのものも飲まない”に限るのを、
叶くんもきっと分かっているのだろう。

「一緒に淹れに来ることは出来るだろうから、
その時はお供するね」
「助かるよ」

私は無事、叶くんの望みを汲み取れたようだ。

さて、次はどこを案内しようかな、って考えていたら、
突然、目の前に影が出来た。


「あなたの名字さんは、彼氏いるの?」

ただでさえ近かった叶くんとの距離が、
さらに縮まっている。

「え……、っと、その……」

私が言い淀む間に、ジリジリと壁へ追いやられていく。

(何してるの、叶くん?)

スッと私の右手を掴み、
目線の高さまで持ち上げられた。

「……指輪の跡は、なさそうだね」

瞳をすっと細めて、叶くんは言った。

「あ、……うん。……いない、から」

私が答えると、右手はすぅっと離された。


指輪の跡、か。


今のやりとりで、失恋の理由を思い出した。

「叶くんは、……結婚するんでしょ?」

噂で流れてきたのだ。
今回の出向を最後に、本社で昇進して結婚する、って。

「……そうだよ」

噂は……、本当だったんだ。
……もしかしたらただの噂かもしれない。
そう思いたがっていた自分に気付く。

失恋した気になっていて、
でもどこかで“もしかしたら”があった。


「おめでとう」

本人の口から真実が聞けたのだ。
噂じゃなくて、聞けたのだ。

それで失恋できたのなら、良い方なんじゃないかな。
人伝で聞いてたら、もっと……、
納得に時間がかかってたかもしれないし。


「泣いてるよ、あなたの名字さん」

あれ。
笑顔で言えたと思ってたのに。

こんな所で泣いたりしたら……、
叶くんの迷惑になってしまうのに。

「ご、ごめん、なんでもないから気に……っ?!」

しないで、と続くはずの言葉は、

目尻にされたキスに驚いて、言えなかった。

「な、なにし……っ」

そして、突然発生したびっくりへの抗議の言葉は、
口封じされた。

その言葉どおり、



────叶くんの、唇で。


「な、……んっ」

唇が離れたタイミングで文句を言おうとしては、
また塞がれる。

それを何度か繰り返され、

私は文句を言うのを諦めた。



「涙は止まったね」

少し意地悪な顔で叶くんは笑って言った。

迷惑をかけたのは、悪いと思ってる。
だからってこんな……泣き止ませ方は、良くない。

ずるい。
文句を言う隙が……、あるようで、ない。

言えなくて、……悔しくて。
睨むように叶くんを見つめるけれど、
……効果はなさそうだ。

(なんでキスなんて……)

泣いたから同情して?
とか、キスをされた理由を考えてしまうのは、

……そこに理由が欲しいからだ。


私が何も言えずにいると、
叶くんは、今度は私の左手を取って持ち上げた。

「帰る時はキミを連れていくから、そのつもりで」

そう言って、薬指にキスを落とした。

予約したからね?
と、にっこりされて、私の頭は大混乱。


「僕のこと、好きでしょ?」


上目遣いでそう聞かれたら、
素直に頷く以外、私に出来ることは無かった。


「出向先ここにしたの、キミにプロポーズするためだから」

頷いた私に、
機嫌良さそうに暴露して、

「僕のこと、好きって言っていいんだよ?」

って抱き締められた。



__𝐹𝑖𝑛.





【あとがき】

とてもとてもありがたいことに、
私の書く叶くんが好き、
と言ってくださる方がいるんですよ!

そんなこと言われたら、
嬉しくって書いちゃうよね(単純)

学パロとはまた違う、
大人で少し強引な叶くん。
いかがでしたでしょうか?

どうにも私の中の叶くんは、
「付き合うとかいいから結婚しよ」って
言うんですよねぇ。

きっとこの叶くんも、いずれは夢主と結婚するつもりで
勝手にずっと過ごしてると思う。
時期が来たから迎えに来たよ、くらいの感覚。
その間別に繋いでおかなきゃとか思ってない。
みたいなね。


リクエストもらって、すぐに話が思いつくと
書くのは早いかもしれないです。

ただね、勉強不足のライバーさんだと、それが無理で。
申し訳ないことに後回しになってしまうのは
お許し頂きたい。
勉強頑張りますけどね!


タイトルを、やしきずと対になる感じに付けたのは
少しだけ意識しました。
基本的に、○○男シリーズでいくつか書きたいなとは
薄ら思ってますが……
いつまで続くかは私にもわかりません(笑)

タイトル案だけでのリクエストも面白そうなので、
くださってもいいんですよ?
(リクエストチャプターはいつでもウェルカムです😉)


【最後に】

読んでもらえるかわからないけれど、
受験のためにプリ小から1年間離れると宣言した
はなびちゃんへ
私の書く叶くんが大好きだと言ってくれた貴方へ
少しでも応援になればいいなと思って、
叶くん書きました!
いつでもふらっと戻ってきていいんだからね、
と追加で伝えておきます。
受験頑張れー!

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