ジャケットのポケットから引っ張り出してテーブルに乗せた。
一気に脱力する感じ。
今日一番解れた顔で伸ばしたあなたの手。
覆うように掴まれた。
怖いくらい真剣な顔。
立ち上がる壱馬。
あなたの前にかしずく。
何事かとガタンと立ち上がるあなた。
小さな手。
そっと取った。
スーツのポケット。
突っ込んだ手を引っこ抜いた後。
細い左手の薬指におさめられたリング。
小ぶりのダイヤがおさまったもの。
あなたの表情が驚きで染まる。
顔を上げる壱馬。
あなたを見上げる。
指先を軽く引いて唇に押し当てた。
いつか話したよな…
アーティストとしての俺も…
男としての俺も…
何も変わらんって…
今…
ここにいるのは…
アーティストでもなんでもない…
ただの…
川村壱馬だ…
カッコつけることも…
装うことも…
偽ることも無い…
ランペとしての顔も…
役者としての顔も…
どんな顔も全部取る…
だから…
俺と行こう…
この世の全てが羨むほどの…
幸せな未来へ…
ホロッとこぼした小さな涙。
頬を伝って壱馬の手に落ちる。
なのに。
あなたは首を何度も横に振った。
グイッと引かれると強く抱きしめられた。
だけど…
もう無理や…
もう待てん…
お前を…
ちゃんと捕まえておきたい…
あなたじゃなきゃあかん…
あなたしかおらん…
あなたのいない人生なんか…
考えられん…
緩む腕の中で見つめ合う。
どうしてこの人は…
いつの間にかボロボロこぼれている涙。
少しのよそ見も…
させてくれない…
ホントは…
怖かったの…
置いてかないで…
一人で行かないでって…
見つからなかったリングが…
壱馬まで連れ去ってしまいそうで…
小さな手。
リングのおさまったあったかい手。
壱馬の頬を包んでくる。
細腕が首に巻きついて抱きついてくる身体を、しっかり抱きしめ返した。
耳元で囁かれる。
お互いの吐息が感じられる距離。
壱馬は頬の涙を拭ってあげた。
フッと緩む頬。
返事なんて…
ひとつしかない…
壱馬が傍にいる…
それだけが…
私の幸せ…
引き寄せられるように近付いていく唇。
触れ合わせた後。
キツく重ねた。
俺も…
愛してる…
あなたという女を…
愛してるよ…
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。